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第7話「標的は、同じ?」

第1幕「蘇(よみがえ)った巨悪」

「黙れ」


『お前は

 知っているはずだ。

 法が届かない場所がある。

 法を守る者が、

 法を利用する悪党を

 守っている場所がある。』


紀藤の指が、

資料の端を強く押さえた。


鬼は、

彼の怒りを知っていた。


警察官として

積み重ねた年月。


法に従っても

救われなかった被害者。


逮捕しても、

裁判にかけても、

何事もなかったように

戻ってくる犯罪者たち。


鬼は、

その記憶を1つずつ撫(な)でた。


そして、

紀藤自身の考え

であるかのように囁(ささや)いた。


『お前なら、止められる。』


紀藤は立ち上がった。


「藤原 龍治だ」


報告書の隅に記(しる)された

名前を見つめる。


「死んだはずの男が

 生きている。

 あいつが

 動き始めているなら、

 3件とも無関係ではない。」


紀藤はまだ知らなかった。


自分の推理が、

どこから始まったのかを。


     *


村上彰は、

藤原の検査結果を見ていた。


薬の作用は、

予想どおりだった。


細胞の修復は

異常な速度で進んでいる。


神経系にも変化が見られる。


だが、その変化は

永久に続くものではない。


数値の一部は、

すでに下降を始めていた。


「あと、どれくらいだ?」


誰に向けるでもなく、

村上は尋(たず)ねた。


『長くはない』


死神が答えた。


『お前が与えた時間は、

 尽き始めている。』


「3人は死んだ」


『ああ』


「これで、

 藤原の組織は、

 さらに大きな犯罪者たちを

 排除するための道具になる。

 警察が

 手を出せなかった

 人間にも、手が届く。」


『そして、

 最後に藤原自身が死ぬ。』


「予定どおりだ」


村上は

検査結果を封筒に戻した。


「藤原は、

 自分が何のために

 生かされたのか、

 最後まで知らないだろう。」


『知る必要はない』


「そうだな」


村上は立ち上がり、

診察室の明かりを消した。


その瞬間、

部屋の隅で

黒い影が膨(ふく)れ上がった。


影の中に、

無数の顔が浮かんだ。


藤原に殺された者たち。


藤原が壊した人生。


そして、村上が

死ぬべきだと判断した者たち。


死神は、

それらを一つずつ見下ろした。


『命は、等しくない』


その声は、

地の底から響いていた。


『誰を生かし、

 誰を死なせるか。

 それを決める者が必要なのだ。』


村上は振り返らなかった。


その言葉が、

自分の信念そのものだと

思っていたからだ。


     *


その夜、紀藤は夢を見た。


暗闇の中に、

巨大な門が立っていた。


門の向こうには、

赤い空が広がっている。


地面は黒く、

無数の骨が散らばっていた。


紀藤は

一人で立っていたはずだった。


だが、頭上から声がした。


『ここまで来たか?』


振り向くと、

巨大な鬼がいた。


角は天を突き、

皮膚は焼けた岩のように

ひび割れている。


目は2つの燃える穴だった。


紀藤は逃げようとした。


足が動かない。


鬼が笑った。


『恐れるな。

 お前は私を知らない。

 だが、私はお前を知っている。』


「誰だ、お前は?」


『お前が正義と呼ぶものだ』


鬼が手を伸ばした。


その指先が、

紀藤の額に触れる。


世界が反転した。


次の瞬間、

紀藤は暗闇の中で目を覚ました。


汗でシャツが濡れていた。


時計は午前3時17分。


紀藤はしばらく

天井を見つめていたが、

やがて起き上がり、

机の上の携帯電話を手に取った。


藤原 龍治。


その名前が、

頭から離れなかった。


一方、

別の場所では、

村上彰もまた眠っていた。


夢の中で、彼は

黒い川のほとりに立っていた。


向こう岸には、

白い服を着た人々が並んでいる。


一人ずつ、川の中へ歩いていく。


誰も抵抗しない。


村上は、その光景を見ていた。


「次は誰だ?」


彼が尋ねると、

背後から死神が答えた。


『お前が決める』


村上は振り向いた。


「私が?」


『そうだ。お前は、私の手だ。』


死神の顔が近づいた。


『お前が選び、私が刈り取る。』


村上は笑った。


それが恐ろしいことだとは、

少しも思わなかった。


「ならば、次の標的を決めよう」


その言葉と同時に、

夢の空が裂けた。


2つの世界の狭間(はざま)で、

鬼と死神が向き合っていた。


鬼の手には、

燃える鎖が巻きついている。


死神の手には、

終わりのない黒い糸が

握られている。


『お前は

 人間を道具にしている。』


鬼が唸(うな)った。


『お前こそ、

 人間の怒りを利用している。』


死神は静かに返した。


『お前の紀藤は、

 いずれ自分の判断で

 人を殺す。

 私の村上も、

 自分の判断で人を死なせる。

 どちらも、

 自分が選んだと信じている。』


鬼の目が燃え上がった。


『私のものに手を出すな。』


『お前のもの?』


死神が笑った。


『人間を

 所有物だと思っているのか?』


次の瞬間、空間が砕(くだ)けた。


燃える鎖が

黒い糸を引き裂き、

黒い糸が

鬼の腕に巻きついた。


2つの影が激突する。


その衝撃は、

人間の世界には届かない。


紀藤は、

翌朝になれば

自分の意思で

捜査を始めるだろう。


村上は、

自分の意思で

藤原を

次の標的へ向かわせるだろう。


そして藤原は、

自分の意思で

悪党を殺し続ける。


誰も知らない。


自分たちの頭上で、

何が争われているのかを。


     *


藤原 龍治の

指先が震えたのは、

翌週のことだった。


グラスを

持ち上げようとした瞬間、

手の感覚が消えた。


グラスが床に落ち、砕けた。


「……何だ?」


藤原は

自分の手を見つめた。


指先が冷たい。


胸の奥で、

心臓が一度、大きく跳ねた。


そして、

何事もなかったかのように

戻った。


藤原は舌打ちした。


「疲れているのか。……」


だが、身体は知っていた。


借りた時間が、

少しずつ返され始めて

いることを。


村上は、

その報告を受けたとき、

わずかに微笑んだ。


「そうか。始まったか。……」


死神が囁いた。


『残された時間は少ない』


「十分だ」


村上は、

次の資料を手に取った。


そこには、

紀藤吾六の名前があった。


「藤原を使い切る前に、

 もう一人、

 見ておきたい人間がいる。」


『紀藤か?』


「彼は、

 藤原を追うだろう。

 いずれ、

 藤原を殺すかもしれない。」


『それを望むのか?』


村上は資料を机に置いた。


「まだ分からない」


その声に、

初めて迷いが混じった。


だが、それは一瞬だった。


「藤原が

 最後の仕事を終えたとき、

 私はあいつを死なせる。

 薬が切れれば、

 身体は持たない。

 延命するつもりはない。」


『鬼は、それを許すか?』


村上は窓の外を見た。


「許しを得る必要はない。

 あいつが

 何を考えていようと、

 藤原の命は終わる。」


その言葉を聞いた死神は、

ゆっくりと目を閉じた。


『ならば、最後まで見届けよう』


村上は知らない。


死神が、

藤原の命を刈り取る瞬間だけを

待っているのではないことを。


藤原が死ぬとき、

鬼が何をするのか。


紀藤が

その死を知ったとき、

何を選ぶのか。


死神は、

その先まで見ようとしていた。


鬼もまた、同じだった。


人間の世界では、

藤原 龍治が

新たな標的の資料を

受け取っていた。


次の相手は、

法の外側にいるだけの

悪党ではない。


法そのものを利用し、

人間を殺しながら

社会の中枢に

居座っている男だった。


藤原は資料を読み、笑った。


「面白いじゃないか」


その背後で、

見えない死神が微笑む。


そして、

遠く離れた場所で、

紀藤吾六が

同じ男の名前を目にしていた。


鬼が、紀藤の耳元で囁く。


『今度こそ、逃がすな』


二人の男は、まだ知らない。


同じ標的へ向かって

歩き始めたことを。


第1幕(完)

読んでくださってます方々に

篤くお礼申し上げます。

ありがとうございます。

評価ポイントをつけて下さりまして

誠に、ありがとうございます。


10/29 18:40 に投稿します。

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