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第3話「交錯する狂気」

第1幕「蘇よみがえった巨悪」

村上は答えなかった。


藤原は、

医師の目を見つめ続けた。


やがて、口元が歪んだ。


「なるほどな。

 あんた、俺が

 何をするか見たいんだろう?」


「……」


「だったら、見せてやるよ」


藤原の目に、暗い光が宿った。


「俺を

 殺そうとした奴がいる。

 そいつを見つけ出して、

 今度こそ俺の手で殺す。」


村上は、

静かに藤原を見つめていた。


その背後で、

死神が目を伏せる。


そして、

遥か上の見えない空間で、

鬼が笑った。


『始まったな』


鬼の声に、

死神は答えなかった。


藤原龍治は生き返った。


紀藤吾六は、

まだその事実を知らない。


村上彰は、

自分が何を始めたのか、

すべてを理解している

わけではない。


そして、

鬼と死神の争いは、

人間たちの運命を

巻き込みながら、

静かに深まっていく。



東京の夜が、

再び訪れようとしていた。


   *


人間は、

死の淵から戻ってきたとき、

何を見るのだろう。


神の姿か。


亡くなった家族か。


それとも、

自分が犯してきた罪の数々か。


藤原龍治が見たのは、

白い天井だった。


病院のベッド。


消毒液の臭い。


規則正しく鳴る電子音。


そして、

自分の胸の上に置かれた右手。


生きている。


その事実を理解した瞬間、

藤原は笑った。


声は出なかった。


喉に管が入っていたからだ。


それでも、口元が歪んだ。


笑わずにはいられなかった。


死んだと思った。


確かに死んだはずだった。


意識が途切れる直前、

トラックの巨大な車体が

迫ってくるのを見た。


衝撃。


砕けるガラス。


折れる骨。


身体の中で何かが潰(つぶ)れる感覚。


そのあと、何もなかった。


暗闇さえなかった。


ただ、すべてが消えた。


それなのに、今、

自分はここにいる。


藤原は目を閉じた。


死ぬとは、

こういうことだったのか。


何もない。


恐怖も、後悔も、苦痛もない。


ならば。


生きている人間が、

なぜ死を恐れる必要がある。


藤原の胸の奥で、何かが壊れた。


いや、違う。


壊れたのではない。


今まで自分を縛(しば)っていた

最後の鎖が、外れたのだ。


     *


病院の地下には、

一般の患者が立ち入らない

管理区域があった。


村上彰は、

その一室で

血液検査の結果を確認していた。


藤原龍治の血液。


心停止からの蘇生後、

異常な変化が起きていた。


通常ならば、

長時間の循環停止によって

脳や臓器に

深刻な損傷が残る。


ところが藤原には、

予測された障害が

ほとんど見られない。


損傷した組織の修復が

始まっている。


炎症反応は

異常な速度で変化し、

一部の生体指標は、

既知の回復過程から

大きく外れていた。


村上は数値を見つめた。


「素晴らしい」


声に出した途端、

自分でも奇妙な気分になった。


患者が回復した。


医師なら喜ぶべきことだ。


だが、

村上が見ているのは、

回復した患者ではなかった。


死の境界を越えた人間が、

こちら側へ戻ったとき、

何が変わるのか。


その一点だった。

村上は机の引き出しを開けた。


中には、

小さな金属容器が

3つ並んでいた。


いずれも同じ形をしている。


そのうち一つは空だった。


藤原に使ったものだ。


残る2つを見つめながら、

村上は考えた。


命を救うことと、

人間を元の状態に戻すことは

同じではない。


蘇生とは、

単純に時計の針を

戻す行為ではない。


死の淵を通過した人間は、

戻ってきた後も、

以前と同じ人間で

あり続けるのだろうか。


肉体は修復される。


脳は活動を再開する。


記憶も、人格も、

失われずに残る。


では、

死を経験したという事実は、

何も残さないのか。


村上は椅子に腰を下ろした。


「君は、何を

 持ち帰ってきたんだろうな?」


その問いは、

藤原に向けたものだった。


だが、答えは

村上自身の中から返ってきた。


『お前は、

 何を持ち帰らせたかったのだ?』


村上の指が止まった。


死神だった。


白い霧の中に立つ、

あの異形の存在。


村上の意識の奥に、

いつからいたのか分からない。


死神は、

村上が人の命を救うたび、

あるいは

救わないと決めるたび、

そこにいた。


『お前は

 命を救ったのではない。

 死ぬはずだった男に、

 もう一度生きる時間を与えた。』


「違いがあるのか?」


『ある』


「説明してくれ」


『お前が、

 自分で説明できないことを、

 私に尋ねるのか? …… 』


 村上は笑った。


「あんたは、意外と不親切だな。」


『私は医師ではない。』


「そうだったな」


村上は

金属容器を引き出しに戻した。


「ならば、結果を見よう。

 生き返った人間が

 何をするのか。

 私はそれを知りたい。」


『結果によっては、

 何万人もの命が

 失われるかもしれない。』


「その可能性も

 含めて、観察する。」


『それを狂気と呼ぶのだ。』


村上は、静かに頷いた。


「そうかもしれない」


その返答に、死神は黙り込んだ。


村上は、

自分が狂っていることを

否定しなかった。


むしろ、

狂気と呼ばれる場所にこそ、

自分の知りたいことがあると

考えていた。


正気の人間は、結果を恐れる。


だから、

結果が分かっている行為を選ぶ。


だが、

村上が知りたいのは、

誰も結果を知らない領域だった。


命を救うことが、

世界を救うとは限らない。


命を奪うことが、

世界を救うとも限らない。


ならば、

誰がその判断を下すのか。


医師か。


警察官か。


法律か。


神か。


村上は、

そのどれも信用していなかった。


「私は、私の判断で決める。」


死神が、

白い霧の奥で顔を上げた。


『お前は、私の器だ。』


「あんたが

 私を動かしているのか?」

明日 18:40 に投稿します。

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