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第1話「鬼と死神の邂逅(かいこう)」

第1幕「蘇(よみがえ)った巨悪」

東京の夜には、二つの顔がある。


表の顔は、

法律と秩序に守られた街。


警察が犯罪者を追い、

裁判所が罪を裁き、

人々は

明日も変わらぬ日常が続くと

信じて眠りにつく。


もう一つの顔は、闇の中にある。


法の網をすり抜ける悪党。


金と権力で罪を消す者。


弱者を食い物にしながら、

善良な市民の顔をして生きる者。


そして、

そんな闇の奥底にさえ、

踏み込んではならない場所がある。


人間の目には見えない場所。


時間も、空間も、

生と死の境界さえも、

意味を失う場所。


そこに、2つの影があった。


一つは、

燃え盛る炎のような姿をした異形(いぎょう)。


額(ひたい)には2本の角(つの)。


鋭い牙。


全身を覆(おお)う黒い甲冑(かっちゅう)の隙間から、

赤い光が漏れている。


鬼だった。


もう一つは、

白い霧の中に立つ、痩(や)せた人影。


顔は深いフードに隠され、

手には

長い柄の鎌が握られている。


死神だった。


鬼が、

眼下に広がる

東京の街を見下ろした。


無数の光が瞬(またた)いている。


その一つ一つに、人間の命がある。


欲望があり、憎しみがあり、

愛があり、絶望がある。


そして、ときには、

他人の命を奪うことを

何とも思わない者たちがいる。


『また、あの男か。……』


鬼の声が、空間を震わせた。


視線の先には、一人の男がいた。


警視庁の刑事、紀藤吾六。


年齢は40代。


鋭い目つきと

無駄のない身のこなし。


口数は少なく、

感情を表に出すことも

ほとんどない。


警察官としての能力は高い。


だが、

彼を突き動かしているものは、

正義感だけではなかった。


紀藤の胸の奥には、鬼がいる。


鬼は紀藤に命令しない。


耳元で囁(ささや)くこともない。


ただ、紀藤の中に存在している。


悪を見れば怒りが湧(わ)く。


法が悪を裁けなければ、

己(おのれ)の手で裁きたくなる。


罪を犯した者が

平然と笑っているのを見ると、

どうしても許せなくなる。


それらは紀藤自身の感情なのか。


それとも、鬼の感情なのか。


紀藤にも、分からなかった。


いや、

疑問に思ったことさえなかった。


『あの男には、

 私の血が流れている』


鬼が言った。


死神は、ゆっくりと顔を向けた。


『人間だ。

 お前の所有物ではない』


『人間は弱い。

 欲望に負け、恐怖に負け、

 己の罪から逃げる。

 法という檻(おり)を作り、

 その檻の隙間から

 逃げ出す者を見ても、

 何もできぬ者がいる。』


『だから、お前が裁くのか?』


『そうだ』


鬼の目が赤く燃えた。


『悪を

 放置することもまた、悪だ。』


死神は答えなかった。


その視線は、

別の場所に向けられていた。


都内の大学病院。


白衣を着た医師が、

一人の患者の前に立っている。


村上(むらかみ)彰(あきら)。


年齢は40代。


物腰は穏やかで、

患者にも看護師にも

丁寧に接する。


医学的な知識と技術に優れ、

医師としての評判も悪くない。


しかし、

その内側には、死神がいた。


人間の命が

尽きる瞬間を見つめ、

何千、何万という死を

数えてきた存在。


死神は、

命を奪うことだけを

目的としているわけではない。


命を終わらせるべきときに

終わらせ、

終わってはならない命を

見定める。


それが死神の役目だった。


そして村上は、

その役目を

自分自身の判断として

受け入れていた。


『お前も、

 あの男に執着しているな』


鬼が言った。


死神は、

病院の一室を見下ろしたまま

答えた。


『執着ではない。選別だ』


『何を選ぶ!?』


『生かす価値のある

 命と、死なせるべき命。』


鬼が笑った。


『人間の裁判官と

 同じことを言うではないか。』


『お前こそ、

 己の判断を正義と呼んでいる。』


2つの影の間に、沈黙が落ちた。


その沈黙の下で、

東京の夜は動いていた。


     *


午前0時40分。


都内の

高級住宅街にある邸宅で、

男が一人、

椅子に縛(しば)りつけられていた。


藤原 龍治。


指定暴力団・麒麟(きりん)会を

背後から操り、

匿名・流動型犯罪グループ、

いわゆるトクリュウを使って、

強盗、詐欺、恐喝、

違法な資金洗浄を

指揮してきた男だった。


自分の手を汚すことはない。


実行犯を使い、資金を流し、

証拠を消す。


逮捕された者には

弁護士を用意し、

口を割りそうな者には

家族の危険をちらつかせる。


藤原の犯罪を

立証するための証拠は、

何度も警察の手に渡った。


そのたびに、

決定的な証拠だけが消えた。


証人が姿を消し、

関係者が証言を翻(ひるがえ)し、

捜査情報が漏れた。


藤原は、

警察を恐れていなかった。


恐れる理由がなかった。


「刑事さんよ」


藤原が、

目の前の男に笑いかけた。


「俺を捕まえたいんだろ? 

 だったら、証拠を持ってこい。

 法律ってのは、そういうもんだ。」


男は答えなかった。


紀藤(きとう)吾六(ごろく)だった。


藤原の前に立つ紀藤の顔には、

怒りも憎しみも浮かんでいない。


ただ、冷たい判断だけがあった。


「お前は何人殺した?」


「証拠があるのか?」


「何人の人生を壊した?」


「それも証拠があるのか?」


藤原は笑い声を上げた。


「お前、警察官だろう。

 感情で人を裁くなよ。」


紀藤は、藤原の目を見つめた。


「感情ではない」


「じゃあ、何だ!」


「判決だ」


藤原の笑みが、一瞬だけ消えた。


その瞬間、

紀藤の胸の奥で、何かが動いた。


黒い炎。


人間の理屈を焼き尽くし、

善悪の境界を赤く染める炎。


鬼が、紀藤の中で目を開いた。


『裁け』


声は聞こえなかった。


それでも、紀藤の中に、

その言葉が生まれた。


藤原を

法廷に立たせることはできない。


これまで何度も試みた。


証拠を集め、関係者を追い、

組織の全容を暴(あば)こうとした。


結果は、いつも同じだった。


藤原は逃げ切る。


そして次の被害者が生まれる。


紀藤は、

もう一つの道を選んでいた。


藤原が起こした事件の

一つを追う中で、

紀藤は

事故に見せかけて

藤原の命を奪う計画を

立てていた。


直接手を下すのではなく、

藤原自身が築いた

犯罪の仕組みを利用する。


その計画は、

すでに動き始めていた。


藤原は、

紀藤の沈黙を見て、再び笑った。


「お前、俺を殺すつもりか?」


紀藤は答えない。


「やめとけよ。

 俺が死んだら、

 困る人間が

 大勢いるんだ。警察の中にもな。」


「そうか」


「お前も、その一人だろ?」


「違う」


紀藤は背を向けた。


「俺は、

 お前がいなくなって

 困る人間を、知らない。」


その言葉を聞いた藤原の目に、

初めて本物の怒りが浮かんだ。


紀藤は部屋を出た。


その背中を、鬼が見つめていた。


『よい』


鬼の声に、満足がにじんだ。


『ようやく、迷いが消えた』


だが、死神は笑わなかった。


『お前は、

 あの男が死ねば

 終わると思っているのか?』

読んでくださってます方々に

篤くお礼申し上げます。

ありがとうございます。

評価ポイントをつけて下さりまして

誠に、ありがとうございます。


明日 18:40 に投稿します。

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