表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本当にあった異世界の怖い話  作者: ぽてと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/16

【File.02】人喰い宿の帳簿(4/5)

「アァァァッ! 腕が、俺の腕がァァァッ!!」


老主人の絶叫が、血生臭い地下室にこだました。

縦に裂けた巨大なあごを持つ怪異が、老主人の両腕を拘束していた『黒い泥』を無造作に引きちぎる。

凍傷で完全に壊死していた彼の両腕は、いとも容易く肩から『ボキリ』と嫌な音を立てて千切れ落ちた。


「ひぎぃぃぃっ!!」

「お爺さんッ!!」


両腕を失い、血だまりの中にのたうち回る夫を見て、階段にへばりついていた老婆が悲鳴を上げる。


『あら、ごめんなさい。ちょっと力加減を間違えちゃったわ。でも、ちょうどいいかしら』


怪異は、裂けた顔の奥底でチロチロと長い舌を揺らしながら、老主人が落とした『巨大な肉切り包丁』を拾い上げた。

その漆黒の虚ろな瞳が、三日月のように細められる。


『あなたたち、この宿の「料理人」なんでしょう? だったら、あなたたちのレシピ通りに調理してあげるのが礼儀よね』


怪異はゆっくりと、血の海で痙攣する老主人の足元に歩み寄った。


『ええと、さっきなんて言ってたかしら? ……そうそう。「まずは血抜きからだ。上等な服が汚れたら売値が下がる」だったわね』

「やめ……やめろ……ッ!!」

『いいえ、やめないわ。あなたたちも、旅人が泣いて命乞いするのを、笑って聞き流しながら切り刻んできたんでしょう?』


振り上げられた肉切り包丁が、迷いなく老主人の両足の腱を叩き切った。


「ギャアアアアァァァァッ!!」


『あははっ! いい悲鳴! 鮮度抜群ね! 次は皮剥ぎかしら? それとも、骨を砕くのが先?』


「やめて! お願い、助けて!!」

階段の上から老婆が泣き叫ぶ。しかし、怪異は泥のように変化した自らの『影』を伸ばし、老婆の足首に絡みつかせた。


「ヒッ!?」

『どこへ行くの? あなたも立派な「メインディッシュ」よ。逃がすわけないじゃない』


ズルズルと、老婆の体が容赦なく階段から引きずり下ろされる。

そして、無造作に『解体台』の上へと放り投げられた。今まで、彼女自身が何十人もの旅人の持ち物を漁り、死体を転がしてきた、あの血塗られた台の上に。


「い、嫌だ……! 嫌だぁぁぁっ!!」


『ふふっ。自分がまな板に乗る気分はどう? 最高でしょう?』


怪異が老婆の顔を覗き込んだ、その瞬間。

老婆の視界の端で、部屋の隅に積まれた『旅人たちの骨の山』が、カタカタ、カタカタと不気味な音を立てて震え始めた。


「……え?」


見間違いではない。

骨の山から、青白い燐光のようなものが立ち上り、次々と『人間の形』を成していく。

毒を盛られて死んだ若い商人。

身ぐるみを剥がされた吟遊詩人。

そして、つい数日前、名物のシチューを美味しそうに食べていたはずの、幼い子供を連れた家族連れ……。


彼らの亡霊が、虚ろな目で、解体台に乗せられた老婆をぐるりと取り囲んでいた。


『……あ、あつい……』

『……いたい、いたいよぉ……』

『……なんで、こんなこと……』


「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!! 来ないで! あっちへ行って!!」


老婆が狂ったように手足をバタつかせるが、亡霊たちは無表情のまま、彼女の体を冷たい手で押さえつけた。

何十人もの怨念が、彼女の手首を、足首を、首筋を、万力のように締め上げ、解体台に完全に縫い付ける。


『ほら、あなたたちが食べてきた「食材」たちも、調理の手伝いをしてくれるってさ』


怪異は裂けた顎から涎を滴らせながら、老婆の腹の上にドスンと馬乗りになった。


「や、やめ……アァァァァァッ!!」

「ばあさん! ばあさぁぁぁんッ!!」


両腕両足を失い、床で血だるまになった老主人の目の前で。

怪異による、生きたままの凄惨な『解体ショー』が始まった。

肉切り包丁が骨を断つ音。肉が引き裂かれる音。そして、老夫婦の絶望に満ちた絶叫が、地下室に響き渡る。


『あははははっ! 最高よ! やっぱり、他人の痛みで太った悪人の肉は、脂が乗ってて最ッ高に美味しそうね!!』


しばらくして。

完全に声帯が潰れ、ピクピクと痙攣するだけの「肉塊」になり果てた二人の前に、塞がっていたはずの地下室の扉が、ギィィィ……と重い音を立てて開いた。


『さあ、下ごしらえはバッチリね。あとは、あなたたちの一番の得意料理にするだけよ』


怪異は、まだ微かに意識のある老夫婦の「肉塊」を両手にぶら下げ、階段をゆっくりと上っていく。


行き先は、厨房。

彼らが今日のためにグツグツと煮込んでおいた、燃え盛る暖炉の上の『特製肉シチューの鍋』の中だった——。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ