表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本当にあった異世界の怖い話  作者: ぽてと
新しい旅

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
51/53

【File.10】微笑む黄金都と、命をすり減らす不労所得(2/4)

大通りの不自然な熱気から少し距離を置くため、トマたちは馬車を大衆向けの手頃な宿屋に預け、歩いて街の探索に出ることにした。


「まずは、この街の『金銭感覚』を確かめてみるか」


トマはルミの手を引き、通りに面した一軒の菓子屋へと向かった。ショーケースには、王都でも滅多にお目にかかれないような色鮮やかな砂糖菓子や、フルーツをふんだんに使ったタルトが山のように並べられている。


「いらっしゃいませ。今日もエルドラドは素晴らしい日ですね。甘くて美味しいお菓子はいかがですか?」


エプロン姿の店主が、口角を完璧な角度に引き上げた笑顔で出迎えた。その声は明るくハキハキとしているが、どこかオルゴールの音色のように単調だった。


「おう、美味そうだな。ルミ、どれが食べたい?」

「んーっとね、あの赤いイチゴのタルトがいい!」

「よしきた。おやっさん、このタルトを三つだ。……ただ、俺たちも旅の商人でね。同業者よしみってことで、三つまとめ買いするから少しオマケしてくれねぇか?」


トマはニカッと人懐っこい笑みを浮かべ、商人特有の『値切り交渉』のジャブを打った。

普通なら、ここで「勘弁してくれよ」「じゃあ銅貨一枚だけ引いてやる」といった、商売人同士の人間臭い駆け引きが始まるはずだ。


しかし、店主の顔に張り付いた笑顔は、ピクリとも動かなかった。


「タルト三つですね。代金は銀貨一枚と銅貨五枚です。……エルドラドは完璧な都市です。大銀行様から十分な『配当金』が支払われていますので、価格を変動させる必要も、利益を競い合う必要もありません。定価でお買い求めください。あなたは幸せですか?」


「……あ、ああ。そうかい」


トマは薄気味悪さを覚え、それ以上食い下がるのをやめて代金を支払った。

ジャラリ、と受け取った釣り銭の硬貨が、トマの手のひらでやけに冷たく、そして重く感じられた。


タルトを受け取り、少し人通りの少ない路地のベンチに腰を下ろす。


「はい、お兄ちゃん、猫さん! いただきまーす!」

ルミは嬉しそうにタルトを頬張ったが、数秒後、不思議そうに首を傾げた。


「どうしたルミ、不味かったか?」

「ううん、甘くて美味しいんだけど……なんかね、味がしないの」

「味がしない?」


トマもタルトを口に運ぶ。

確かに、強烈な砂糖の甘みとイチゴの酸味は舌に伝わってくる。だが、ルミの言う通り、それはひどく平坦で『空虚な味』だった。職人が魂を込めて作ったという熱気や、美味しいものを食べてほしいという作り手の愛情――そういった目に見えない「心の栄養」が、すっぽりと抜け落ちているような感覚。


「……フン。見た目だけを取り繕った、ただの甘い泥を食っている気分だニャ」

猫の姿のゼルギウスも、一口舐めただけでタルトから顔を背けてしまった。


「やっぱりおかしいぜ、この街。活気はあるのに、人間の『欲』も『感情』も全然感じられねぇ。まるで街全体が、あらかじめ決められた劇の台本をなぞってるだけの……」


トマが言いかけた、その時だった。


「……ッ!! お兄ちゃん、耳塞いで!!」


タルトを持ったまま、ルミが突然悲鳴のような声を上げ、両手で自分の耳を強く塞いだ。その顔は青ざめ、ガタガタと震えている。


「ルミ!? どうした!」

「からっぽの音が……パリン、パリンって、壊れる音がする……! すっごく痛そうなのに、誰も泣いてないの……あそこ!!」


ルミが目を固く閉じたまま指差したのは、大通りから一本外れた、薄暗い裏路地の奥だった。

トマとゼルギウスが弾かれたように視線を向けると、そこには、豪奢な絹の服を着た中年の男が、レンガの壁に背中を預けて座り込んでいた。


「おい、あんた! 大丈夫か!?」


トマが駆け寄り、男の肩に手を伸ばした瞬間。

「ヒッ……!」

トマは思わず息を呑み、手を引っ込めた。


男の身体が――物理的に『崩壊』していたのだ。

足の先から、指先から。男の肉体が乾燥した灰色の「砂」のようにサラサラと崩れ落ち、路地の石畳に積もっていく。

だが、それほどのおぞましい死の淵にありながら、男は苦しむ様子など微塵も見せず、顔には大通りの店主たちと全く同じ『完璧な笑顔』を貼り付けていたのだ。


「あ、ああ……旅のお方。こんにちは。今日もエルドラドは素晴らしい日ですね」


男は、自分の腕が砂になって消えていくのを見つめながら、恍惚とした声で呟いた。


「おい、しっかりしろ! 血が出てねぇぞ、どうなってんだあんたの身体! 今すぐ治癒院へ……!」


「治癒など必要ありませんよ。……ああ、私はなんて幸せなんだ。毎日毎日、大銀行様から配当金が振り込まれ、労働の苦しみから解放され、好きなものを買い、ただ笑って過ごすだけの人生。……私の口座の残高は、もう十分だ。あとはこのまま、満ち足りて眠るだけ……」


「正気かよ! 自分が死にかけてるのが分かんねぇのか! 痛くねぇのかよッ!」

トマが叫ぶが、男の耳には届いていないようだった。


「痛みなど、とうの昔に口座へ預けました。悲しみも、怒りも、すべて……。不労所得は、最高ですね……」


サラァァァ……ッ。


男が最期の言葉を紡ぎ終えた瞬間、その首から上の肉体までもが完全に灰色の砂となって崩れ落ちた。

後には、豪奢な服と、砂の山。そして、男が握りしめていた数枚の銀貨だけが、カランと虚しい音を立てて路地に転がった。


「……」

トマは信じられないものを見る目で、その砂の山を見下ろした。

呪いによる死や怪異の惨殺なら、これまでの旅で何度も見てきた。だが、これほどまでに静かで、狂気に満ちた『無痛の死』は初めてだった。


その時、路地の入り口を通りかかった別の住人――若い女性の二人組が、砂の山に気づいて足を止めた。


「あら。あの方、ついに配当金いのちを使い切ったのね」

「ふふっ、最後まで笑顔で、とっても幸せそう。羨ましいわね。私たちも早くああなりたいわ」


彼女たちは、目の前で人が灰になって死んだというのに、一切の恐怖も悲しみも見せず、まるで美しい花壇でも褒めるかのようにクスクスと笑い合い、そのまま大通りへと消えていった。


「……狂ってやがる」


トマの全身に、ざわざわと鳥肌が立った。


「誰も悲しまねぇ。死ぬ本人すら、笑ってやがる。……人間の『生きる意志』すらも、何かに麻痺させられてるんだ」


「トマ、ルミから離れるなニャ」


ゼルギウスが、トマの足元で低い唸り声を上げた。その金色の縦瞳孔は、砂の山から転がり落ちた『銀貨』を鋭く睨みつけていた。


「この街の異常性の正体が、少し見えたサ。……あの男が死んだのは病気じゃない。魂そのものを、限界まで『すり減らされた』結果だニャ」


ゼルギウスは、尻尾をパタンと叩きつけ、静かな怒りを込めて言った。


「誰も働かず、無限に金が湧き出してくるシステムなんてあるはずがないサ。……この街の連中が受け取っている『不労所得』。それは……自分たちの『未来の寿命』と『感情(魂)』を担保にして、無理やり金銭に変換する、悪魔の借金ローンだニャ」


「命を、前借りして金に変えてる……ってのか?」

トマは息を呑んだ。


「その通りサ。だから誰も怒らないし、悲しまない。感情という魂のエネルギーを既に銀行に吸い取られているからニャ。そして、担保として預ける未来の命が尽きた時……あのように、何一つ感情を残さずにただの砂となって消滅するんだサ」


欲望のままに他人の命を買っていた王都の貴族たちとは違う。

このエルドラドの住人たちは、自らの意志で、自らの命と心を切り売りして、偽りの『幸福な日常』を買っているのだ。


「……ふざけんな。そんなもん、ただの緩やかな自殺じゃねぇか」


トマはギリッと奥歯を噛み締めた。

商人にとって、金とは「生きた人間が未来を切り開くための道具」だ。命をすり減らし、感情を殺してまで得る金に、何の価値もない。


「こんなイカれたシステムを作り上げた『大銀行』とやら……。とんでもない悪食の怪異が元締めをしているか、よっぽどの外道な人間が裏で糸を引いてるに違いねぇ」


トマが路地の奥、街の中心にそびえ立つ一際巨大なドーム型の建物――大銀行の本店を睨みつけた、その時だった。


チャリン。


トマのズボンのポケットの中で、先ほど菓子屋で受け取った『釣り銭の硬貨』が、氷のように冷たく、ひやりとした感覚を放った。


「……ッ!?」

トマは咄嗟にポケットに手を入れたが、遅かった。

硬貨から染み出した目に見えない微弱な魔力が、トマの皮膚を通して、ジワリと血管へと侵入していく感覚。


「お兄ちゃん……! お兄ちゃんからも、からっぽの音が鳴り始めてるっ!」

ルミが泣きそうな声で、トマの服を強く握りしめた。


街に流通する硬貨そのものが、この呪いのシステムの『契約書』。

この街で金を受け取り、消費のサイクルに組み込まれた瞬間、トマたちもまた、命をすり減らす不労所得の罠に足を踏み入れてしまったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ