表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本当にあった異世界の怖い話  作者: ぽてと
商人と猫

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
47/53

【File.09】魂の競売人と、名もなき猫の精算(7/8)

「対価は、俺の【全寿命】と【魂の所有権】。……そして、俺が未来永劫稼ぎ出すはずだった『すべての財産』を担保としてお前に預ける!!」


血に塗れた三流商人の、あまりにも常軌を逸した大博打。

水を打ったように静まり返った地下空洞に、やがて、ザガンの低く歪んだ笑い声が響き始めた。


『……ふ、ふふふっ。アハハハハハッ!!』


ザガンは腹を抱え、狂ったように笑い声を上げた。その漆黒の瞳には、底知れない強欲と、最高の玩具を見つけた子供のような残酷な歓喜が渦巻いている。


『素晴らしい! なんという身の程知らず! だが、嫌いではありませんよ。底辺を這いずる野心家の魂ほど、私のコレクションとして極上の輝きを放つものはない。……いいでしょう、その商談ゲーム、乗ってあげますよ』


ザガンが指を鳴らすと、彼の足元から影が這い出し、空中で一枚の古びた『羊皮紙』と、一つの『空の水晶』を形作った。

羊皮紙には、禍々しい魔力で【真理の天秤・ゼルギウス】という名が刻まれている。あれこそが、猫人の魂を縛り付けている呪いの契約書そのものだ。


『あなたの全寿命と魂をこの水晶に担保として収めれば、この契約書と聖女の水晶、二つまとめて譲渡してあげましょう。……さあ、こちらへ来なさい、勇敢な商人よ』


ザガンの甘く、死を孕んだ声。

トマは折れそうな足に力を込め、真っ直ぐにステージへと歩みを進めた。

トマの足元に寄り添う猫人が、「やめろ、トマ……ッ!」と必死に声を絞り出すが、トマは止まらない。


「お兄ちゃん、だめぇッ!!」

封印水晶の中からルミが泣き叫ぶ声が響く中、トマはザガンの目の前まで辿り着いた。


『では、商談成立ディールです』


ザガンが空の水晶をトマの胸に押し当てた瞬間。

「ガァァァァァッ!!」

トマの口から、絶叫が弾け飛んだ。

体内の血液がすべて沸騰し、魂そのものが根こそぎ引き剥がされるような絶熱の激痛。トマの身体から青白い『寿命の光』が滝のように溢れ出し、ザガンの水晶へと猛スピードで吸い込まれていく。

トマの髪に白いものが混じり始め、その若々しかった肌から急速に生気が失われていく。


『おお……! なんと濃厚な野心と生命力! これほどの担保、確かに受け取りましたよ!』


ザガンは恍惚とした表情で寿命の水晶を掲げた。そして、もう片方の手で、ルミの水晶と『猫人の契約書』をトマの震える手へと無造作に落とした。


「……確かに、受け取った、ぜ……」

トマは膝から崩れ落ちそうになりながらも、二つの品をしっかりと抱き抱えた。


『ええ、契約通り、それはあなたのものです。……しかし』


ザガンは、残酷な三日月の笑みを浮かべた。

彼が最初から、しがない商人との約束を律儀に守るつもりなどないことくらい、火を見るより明らかだった。


『担保は確かに預かりました。しかし、あなたが【商品】を持ち帰れるかどうかは、また別の話です。……私は今でも、その獣の「名前」を知っているのですからね』


ザガンは、トマの足元で動けずにいる猫人を見下ろし、絶対の支配者の声で命じた。


『――【真理の天秤・ゼルギウス】。その愚かな商人の首を刎ね、水晶と契約書を私の元へ持ち帰りなさい』


その声が響いた瞬間。

「ガ、ァァァァァァッ!!」

猫人の瞳から再び理性の光が消し飛び、その身体が、ザガンの命令を強制的に実行するための『殺戮の機械』へと変貌した。

鋭い爪が限界まで伸び、バネのように跳躍した猫人が、自分を救おうとしてくれたトマの首筋に向かって、容赦のない一撃を振り下ろす。


『自分の相棒に殺され、魂は私に永遠に搾取される。……極上の絶望ですね、三流商人』

ザガンが勝利を確信して嗤う。


だが。

寿命を奪われ、死に体のはずのトマは、自分に迫り来る相棒の凶刃を前にしても、決して目を逸らさなかった。

それどころか、彼は血だらけの顔で、ニヤリと不敵に笑ったのだ。


「――お前は、商談の基本を分かってねぇな、クソ野郎」


ガシィィィンッ!!


トマは、自身の首を切り裂く寸前だった猫人の前足を、己の血まみれの手でガッチリと掴み取った。

鋭い爪がトマの手のひらを貫通し、鮮血が飛び散る。

だが、トマは痛みに顔を歪めることもなく、虚ろな瞳の猫人を真っ直ぐに見据えた。


「弱みを握られたなら……相手のルールごと【上書き】して、自分の商品にするのが、俺たち商人のやり方だ!!」


トマは、己の魂の最深部に残された最後の力を振り絞り、自身の家系――古の時代から大陸を渡り歩いてきた『大商人』の血脈にのみ伝わる、一生に一度の秘伝の魔法を起動した。


「――【魂の専属契約ソウル・トレード】ッ!!」


カッ!!と、トマと猫人の繋がった手から、ルミの光とは違う、黄金に輝く強烈な魔力の光が爆発的に吹き上がった。


『なっ……!? なんだ、その光は!?』

ザガンが驚愕して一歩後ずさる。


「ザガン、お前の契約は『力と恐怖による一方的な支配(搾取)』だ。だがな、俺たちの契約は違う。……俺の命をこいつに預け、こいつの痛みを俺が背負う。【絶対的な信頼による、一蓮托生(一心同体)の専属契約】だ!!」


トマが叫ぶと同時に、トマの手に握られていた『ザガンの契約書』に、黄金の炎が燃え移った。


契約というものは、より魂の根源に近く、より強い『同意』を伴うものが優先される。

強欲な悪徳商人が力づくで奪った名前の呪縛など。

雨の日の路地裏からずっと、互いの孤独を埋め合い、見返りを求めずに絆を深めてきた『本当の相棒』との契約(魔法)の前では、あまりにも薄っぺらすぎたのだ。


「目を覚ませ、俺の相棒!! お前の命は、今日から俺と半分こだ!!」


トマの魂の叫びが、呪いの底に沈んでいた猫人の意識を強烈に引き上げた。

猫人の金色の瞳に、理性の光がバチッと戻る。

彼は、自分の爪がトマの手を貫いているのを見て、しかしトマが最高の笑顔を向けているのを見て、その目から大粒の涙を溢れさせた。


「……トマ、お前って奴は……本当に、世界一の大馬鹿野郎だニャァァァァッ!!」


猫人が天に向かって咆哮を上げた瞬間。

ザガンの呪いの契約書が、黄金の炎に包まれて完全に灰となって消滅した。


『馬鹿なッ!? 私の、私の絶対契約が、ただの人間風情の魔法に上書きされただと!?』

ザガンが狼狽して叫ぶ。


「ただの人間じゃないサ」


光の中心から、もはや「黒猫」の声ではない、深く、神々しく、空間そのものを震わせるような威厳に満ちた声が響き渡った。


「――こいつは、俺の誇り高き『相棒』だニャ」


ドゴォォォォォォォォンッ!!!!


ステージを包み込んでいた黄金の光が弾け飛び、凄まじい突風が会場中の仮面の貴族たちを吹き飛ばした。

光の中から姿を現したのは、小さな黒猫などではない。


王都の地下空洞の天井に届かんばかりの、巨大で神々しい獣の姿。

雪のように純白で輝く毛並み。宙を舞う三つの長い尾。

そして、その額には、世界の因果を計る『黄金の天秤』の紋様が燦然と輝いていた。


「あ、あ、ああ……ッ」

ザガンが、数十年前の忌まわしい記憶を呼び起こされ、恐怖に顔を引き攣らせて後ずさる。


【真理の天秤・ゼルギウス】。

呪いの殻を完全に打ち破り、魂の契約によってトマと一心同体となったことで、かつて神獣と呼ばれた本来の姿と力を、完全に取り戻したのだ。


『よくも……よくも私から商品を奪い取ったな! 許さん、お前たちだけは絶対に殺してやる!』


ザガンが狂乱し、全身からどす黒い怨念の魔力を爆発させ、無数の巨大な影の刃を生み出してゼルギウスへと放った。


だが、巨大な純白の神獣は、その威風堂々たる姿で一歩も退かず、トマを庇うようにして前に立ち塞がった。


「無駄だサ、ザガン」


ゼルギウスが、その巨大な三つの尾を軽く振るう。

たったそれだけで、空間の因果律が書き換えられ、ザガンの放った無数の影の刃は、ゼルギウスに届く寸前で「元から存在しなかった」かのように、空間ごと消滅してしまった。


『な、なんだと……!? 私の魔力が……!』


「今の俺は、ただの上位精霊じゃないサ。俺の魂には、どんなピンチでも絶対に諦めない、この世界で一番図太い『三流商人』の命が結びついているんだニャ」


ゼルギウスの金色の瞳が、かつての絶対的支配者であったザガンを、冷酷に見下ろした。


「さあ、清算おかいけいの時間だサ、悪徳商人。……お前が数十年間に渡って溜め込んだ、他人の命と絶望のツケ。俺の『天秤』で、一括で支払ってもらうニャ!!」


因果の獣の咆哮が、王都の地下を激しく揺るがした。

逆襲の時は、来た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ