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本当にあった異世界の怖い話  作者: ぽてと


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【File.07】未開地の悪徳地主(5/5)

翌朝。

数日間にわたって開拓村『グルンヴァルト』を打ち据えていた冷たい雨は完全に上がり、雲一つない青空から、陽だまりのような温かい朝日が降り注いでいた。


「……おい、見ろよ。丘の上が……」

「信じられない。あの屋敷が……跡形もなく消えちまってるぞ……!」


広場に集まってきた村人たちは、皆一様に呆然と、村で一番高い丘の上を見上げていた。

昨日まで、彼らを常に見下ろすようにそびえ立っていたガルドの『純白の豪邸』は、文字通り綺麗さっぱり消え去っていた。

代わりにその場所にあったのは、丘全体を抱え込むようにして力強く根を張った、途方もなく巨大な『古代の大樹』だった。


夜の間に突然成長したとは思えないほど太い幹。そして、空を覆い隠すほど青々とした葉を茂らせたその大樹は、まるでこの村の泥濘んだ土地をその強靭な根でしっかりと支え、大地を浄化してくれているかのように見えた。

事実、あれほど足を踏み入れるたびに泥に沈んでいた村の地面は、水はけの良い、ふかふかとした黒土へと変化していた。農作物を育てるのにこれ以上ないほど適した、豊かな土壌だ。


「ガルド様の……いや、あの悪党の姿もない。いつもふんぞり返ってた私兵どもも、一人残らず消えちまったんだ……!」

「借金の証文も、税の取り立て帳も、全部あの屋敷の中にあったはずだぞ……? ってことは、俺たちは……」


「自由だ……! あの豚野郎の支配から、解放されたんだ!!」


一人の若者が叫んだのを皮切りに、村人たちの間に歓喜の輪が広がった。

抱き合って涙を流す者、大樹に向かって祈りを捧げる者。彼らの顔には、数年ぶりに「生への希望」と「安堵」の色がはっきりと浮かんでいた。

理不尽な借金も、暴力的な搾取も、そして魔物の棲む森へ捨てられるという死の恐怖も、すべてが昨日までの悪い夢になったのだ。


その光景を、村の外れの少し乾いた街道から、トマと猫人が荷馬車の上で静かに見下ろしていた。


「……すっげぇな。一晩で屋敷ごと、あんなデカい木になっちまうなんて」


トマは御者台から身を乗り出し、ポカンと口を開けながら丘の上の大樹を見上げた。

昨日、猫人に言われた通り「根が深く張った大木の周り」に避難していた村人たちは、夜に起きた凄惨な泥の呪いに巻き込まれることなく、全員が無事だった。


「……『精算』が完了したのサ」


荷台で顔を洗いながら、猫人が退屈そうに目を細めた。


「あの成金豚は、自分が一番見下していた泥に飲まれた。そして永遠に泥の中で苦しみ続ける……と同時に、その膨大な腐肉と魔力は、この土地の怒りを鎮めるための最高の『肥料』になったんだニャ。……あの巨大な木は、この土地が本来の姿を取り戻した証サ」


「肥料、ねぇ。あの悪党が、結果的に村を豊かにする土台になっちまったってわけか。皮肉なもんだな」


トマは呆れたように肩をすくめ、村の広場へと視線を戻した。

そこには、昨日トマが渡した厚手の毛布をしっかりと羽織り、小さな娘のリリの手を引いているアリスの姿があった。


ダンの姿はない。

森の奥で命を落とし、大地の怒りと同化して泥の亡者となった彼が、人間の姿で家族の元へ戻ってくることは二度とないだろう。

アリスも、その事実をどこかで悟っているようだった。彼女は丘の上の大樹を見つめながら、静かに涙を流していた。


だが、昨日トマの馬車にすがりついてきた時の、すべてを失って怯えきっていた顔とは違った。

彼女はそっとしゃがみ込み、水はけの良くなった温かい黒土に触れる。そして、大樹から吹いてくる優しい風を感じながら、愛娘を強く抱きしめた。

彼女の瞳には、悲しみを抱えながらも、夫がこの土地と一つになって自分たちを守ってくれたのだと信じ、前を向いて生きていこうとする微かな「力強さ」が宿っていた。


「……ダンって人は、戻ってこなかったな」

「……」

「でも、あの奥さんなら、きっと大丈夫だ。あの子と一緒に、今度こそ立派な麦を育てていけるさ」


トマは少しだけ寂しそうに、しかし嬉しそうに笑い、馬車の手綱を握り直した。


「……いつかまた、この村に商売に来た時は、あの子に甘い砂糖菓子でも売ってやれるくらい、豊かになってるといいな」


「甘いサ、三流商人」


猫人はフンと鼻を鳴らしながらも、その長い尻尾を機嫌良さそうにパタンと揺らした。


「さあ、出すぞトマ。俺たちの仕事は、他人の因果を見届けるだけだニャ。いつまでもこんな田舎道で油を売ってたら、次の街の市場に間に合わなくなるサ」

「おっと、そうだった! 次の街はでっかい商業都市なんだろ? よーし、気合入れて稼ぐぞ!」


ガラガラと音を立てて、行商人の馬車が開拓村を後にする。

丘の上の大樹の葉が風に揺れ、サラサラと心地よい音を立てた。

それはまるで、泥の中から解放された村人たちへの、大地からの静かな祝福のようであり、去りゆく二人の旅人への不器用な感謝のようでもあった。


ガルドという巨大な寄生虫を排除した『グルンヴァルト』の土地は、これから村人たちの手によって、少しずつ、本当の「希望の開拓地」へと生まれ変わっていくのだろう。

馬車の車輪が泥濘を完全に抜け、カラカラと乾いた街道を転がっていく音が、いつまでも透き通った青空に響いていた。

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