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本当にあった異世界の怖い話  作者: ぽてと


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【File.08】偽りの聖女と、小さな癒し手(1/5)

活気に満ちた西の大商業都市『サザンクロス』。

街の中心にそびえ立つ白亜の大聖堂前にある広場は、今日も足の踏み場もないほどの群衆で埋め尽くされていた。誰もが皆、熱を帯びた瞳で大聖堂のバルコニーを見上げ、口々に祈りの言葉を呟いている。


彼らの視線の先に立つのは、一人の美しい女性だった。

陽光を反射して輝く金糸の刺繍が施された純白のドレス。背中まで伸びた艶やかな銀髪。そして、誰もが目を奪われるような慈愛に満ちた微笑み。

彼女こそ、この都市で「奇跡を体現する女神の代行者」として絶大な信仰を集めている『奇跡の聖女』エララであった。


「おお……! 痛みが! 何年も私を苦しめていた足の激痛が、嘘のように消え去った!」


バルコニーの特設舞台で、一人の豪商の男が歓喜の叫び声を上げてひざまずいた。彼は痛風を患い、まともに歩くことすらできなかったはずだが、今は信じられないといった様子で自らの足をさすっている。


「女神様の御加護があらんことを。貴方の深い信仰心が、その淀んだ痛みを浄化したのですわ。もう安心ですよ」


エララが透き通るような声で優しく語りかけ、男の頭にそっと手を置く。

男はポロポロと感涙をこぼしながら何度も頭を床にこすりつけ、付き従えていた使用人に命じて、ずっしりと重い金貨の袋を教会の『特別寄付箱』へと投げ入れさせた。チャリン、という重厚な金属音が響く。

それを見た周囲の群衆からは、堰を切ったように熱狂的な拍手と「聖女様! 万歳!」という歓声が巻き起こった。


「次は私を! どうか聖女様、私の長年の腰の痛みを!」

「お布施ならいくらでも出します! この金時計も、妻の指輪もすべてお渡しします! どうか女神の奇跡をお与えください……!」


群衆がエララに群がり、我先にと財産を差し出す。

エララは優雅に微笑みながら、小瓶に入った無色透明の液体『女神の涙』を、信者たちの痛む箇所や舌の裏に一滴ずつ垂らしていく。

すると、どんな重い怪我の激痛も、長年患っていた神経痛も一瞬にして引き、信者たちは皆、晴れやかな顔で多額の布施を落としていくのだった。


(ふふっ……馬鹿な豚共。本当にいい気なものね。神の奇跡ですって? 笑わせるわ)


熱狂する信者たちに陶酔したような微笑みを向けながら、エララの内心は、彼らに対する底知れない冷笑と、次々と箱に溜まっていく金貨への強烈な執着だけで満たされていた。


『奇跡の治癒魔法』など、彼女には一切使えない。

彼女が『女神の涙』と称して有難がらせ、振り撒いている無色透明の液体。それは、隣国の裏社会で高値で密売されている禁忌の薬草――『忘却の睡蓮』から抽出した、強力な「神経麻痺の毒」を水で薄めただけの代物だった。


患部に垂らせば、神経が完全に麻痺し、一時的にどんな痛みも感じなくなる。しかし、それは決して怪我や病気が「治っている」わけではない。痛みのストッパーが外れている間に無理をして体を動かせば、当然、肉体の損傷と壊死は静かに進行していく。

おまけにこの『忘却の睡蓮』には、一度経験すると決して抜け出せない強烈な依存性と、効果が切れた際の強烈な「揺り戻しの激痛」という副作用があった。


数日経って薬効が切れた信者たちは、以前の何倍もの激痛に襲われ、文字通り床をのたうち回ることになる。

だが、彼らはそれが「毒の副作用」だとは絶対に疑わない。

「私の信仰心が足りないから、また痛みがぶり返したのだ!」「もっと、もっと女神様の奇跡をいただかなければ!」と勝手に錯乱し、家を売り払い、借金をしてでも、全財産を投げ打って再びエララの元へ『布施』にやってくるのだ。


(痛みを消して依存させ、骨の髄まで財産を絞り尽くす。……私は最高のビジネスモデルを確立した、本物の天才聖女よ。この世で信じられるのは、女神の教えなんかじゃない。黄金の輝きだけだわ)


エララは群衆に向かって「本日の奇跡の時間はここまでです。女神の祝福が皆様と共にありますように」と優雅に一礼し、バルコニーから教会の奥へと姿を消した。


* * *


「はぁ……疲れた。まったく、あの汗臭い豚共に触れられるだけで吐き気がするわ。すぐに香水風呂を用意させなさい」


豪華絢爛な調度品で埋め尽くされた大聖堂の裏にある私室に戻った瞬間、エララの顔から「慈愛の笑み」は完全に消え失せた。彼女は純白のドレスを無造作に脱ぎ捨て、ビロードの長椅子にドカリと腰を下ろす。


「お疲れ様でございます、聖女様。本日の『お布施』も、大金貨にして三十枚を優に超えております。皆様、見事に『女神の涙』の虜になっておりますな」


部屋の隅で控えていた側近の護衛騎士団長、ザリウスが、卑屈な笑みを浮かべながらワイングラスをエララに差し出した。彼もまた、エララの悪徳ビジネスの共犯者であり、裏社会から麻痺毒を仕入れるルートを取り仕切っている男だ。


「ええ、上出来ね。この調子なら、来月には王都の貴族街に私の豪敷が建つわ。……だけど」


エララはワインを一口飲み、不快そうに眉をひそめた。


「最近、少し気になっていることがあるの。スラム街の連中よ。以前はなけなしの銅貨を握りしめて、泣きながら私の足元にすがりついてきていたあの小汚い貧民どもが、ここ一週間ほど、パッタリと教会へ姿を見せなくなったわ。……どういうことなの?」


ザリウスはグラスを持った手をピクリと止め、少しだけ顔を曇らせた。


「……実は、聖女様。その件で耳障りな報告が上がっております。どうやら、貧民街の裏路地で『無償で怪我人を治している小娘』がいるらしく……。スラムの連中は皆、そちらへ流れているようなのです」


「……無償で、ですって?」


エララの美しい顔が、一瞬にして夜叉のように醜く歪んだ。


「忌々しいわね。女神の奇跡わたしのビジネスをタダで安売りするなんて、神への冒涜よ。……その小娘は、一体どんな手品を使っているの?」


「それが……どうやら手品や麻痺薬などではなく、本物の『治癒魔法』の使い手らしいのです。手をかざして祈るだけで、深い切り傷がふさがり、折れた骨すらその場で元通りにくっつくとの噂でして……。歳は十にも満たない、孤児の少女だと聞いております」


パリンッ!!


エララは持っていた高級なワイングラスを、大理石の床に怒り任せに叩きつけた。赤ワインが血のように飛び散る。


「本物の……治癒魔法……ッ!」


彼女の胸の内に湧き上がったのは、純粋な『嫉妬』と『強烈な焦燥感』だった。

伝説にしか存在しない本物の奇跡。そんなものがこの街で広まってしまえば、自分が売り捌いている『麻痺毒』のカラクリがバレるのも時間の問題だ。「タダで本物の治療」ができる人間が近くにいると知れば、いくら依存状態の豚共でも、必ずそちらへ流れていく。

何より、全財産を絞り取る自分のやり方が、ただの非道な悪徳商法だということが完全に露呈してしまう。


「……許せない。許せないわ、そんな薄汚い貧民街の泥棒猫。私の輝かしい栄光と財産を脅かす存在など、この世に生かしておくわけにはいかない……!」


エララは自身の美しい顔を両手で覆い、肩を震わせて狂ったように笑い始めた。


「ザリウス。すぐに手を打ちないさい。その小娘を『魔女』として告発するのよ」

「魔女、ですか?」


「ええ。小娘は神の力ではなく、悪魔と契約して人々をたぶらかしている邪悪な存在だと、街中に噂を流すの。私の信者たちを煽れば、すぐに暴動が起きるわ。……そして、明後日の大礼拝の時にでも、異端審問の名目で小娘を捕らえ、広場で大々的に『火あぶりの刑』にしてやりなさい」


エララは冷酷極まりない瞳で、割れたグラスの破片を見つめた。


「私がこの街で唯一の聖女なの。私の邪魔をする者は、神の裁きという名の炎で、骨の髄まで焼き尽くしてあげるわ」


権力と金への執着で完全に腐りきった「偽りの聖女」の悪意が、まだ見ぬ小さな癒し手の少女へと、黒い炎のように向けられた瞬間だった。

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