表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本当にあった異世界の怖い話  作者: ぽてと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/35

【File.07】未開地の悪徳地主(3/5)

ミシッ……、メリメリメリメリッ!


豪華な壁紙で飾られた食堂の純白の壁が、内側から爆発したかのように弾け飛んだ。隙間から突き破ってきたのは、まるで大蛇のようにのたうち回る、太く黒い植物の『根』だった。一本や二本ではない。十、二十と、壁のあちこちから無数に生え出した根は、意思を持っているかのように蠢きながら、天井の豪奢なシャンデリアへと這い上がっていく。


さらに、王都から高い金を払って職人を呼び、磨き上げさせたばかりの純白の大理石の床は、急速にその硬度を失いつつあった。石の表面がドロドロとした黒い泥の沼へと変質し、至る所から異臭を放つ泥の泡がブクブクと不気味な音を立てて湧き出している。


「な、なんだこれは……! 植物の根だと!? この屋敷の基礎は、すべて強固な石造りのはずだぞ! どこからこんな泥が入り込んできた!」


ガルドは持っていたワイングラスを床に落とした。パリンと小気味よい音を立てて砕けるはずの硝子は、柔らかい泥の表面に音もなく沈み込み、瞬く間に黒い濁流の中へと消えていった。


彼が「汚らわしい」と忌み嫌い、徹底的に排除してきたはずの辺境の『泥』と『森の侵食』。それが今、彼の絶対に安全であるはずの牙城の内側から、静かに、しかし圧倒的な質量をもってその触手を伸ばし始めていた。


「隊長! 隊長はどこだ! すぐにこの気味の悪い根を切り払え! 暖炉の火を使ってでも、この忌々しい植物を焼き払うんだ!」


ガルドのヒステリックな怒鳴り散らしに、私兵の隊長がハッと我に返り、腰の長剣を抜いた。


「ま、任せてくださいガルド様! たかが木の根一本、我が剣の錆にしてくれる!」


隊長は鋭い踏み込みと共に、壁を這う最も太い根に向かって力任せに長剣を振り下ろした。

ズバァッ!

鍛え上げられた鋼の刃が、硬い根を真っ二つに両断する。手応えは確かにあった。だが、その直後、隊長の勝ち誇った笑みは凍りついた。


根の切断面から吹き出したのは、植物の透明な樹液などではなかった。それは、ドロドロとした黒い『泥』と、酷く生臭い赤黒い『血』が混ざり合った、おぞましい液体だった。


「うわあっ!?」


至近距離でその泥血を顔面に浴びた隊長が、突然、目から火が出るような激痛に絶叫した。長剣を取り落とし、大理石だったはずの泥の床を転げ回る。


「なんだそれは!? たかが木の根の汁を浴びただけで、情けない声を出すな!」

「ガ、ガルド様ぁ……! これ、熱いッ! 熱いんです! 顔が、顔が溶けるぅぅっ!!」


隊長の悲鳴は本物だった。ガルドが恐怖に目を見開いて見つめる前で、隊長の顔面にへばりついた泥血が、ジュウジュウと嫌な音を立てて煙を上げ始めた。酸を浴びたかのように皮膚が焼けただれ、それだけにとどまらず、隊長の肉体そのものが、浴びた泥血と同化するように急速に『泥』へと変異し始めたのだ。


「ア……あガ、あ……」


喉まで泥に侵食された隊長は、やがて言葉を失い、ボロボロと崩れ落ちるようにして床の沼へと溶けていった。彼の着ていた金属の鎧だけが、泥の上に虚しくプカプカと浮かんでいる。


「ヒッ……!? ば、化け物……! 木の根なんかじゃない、呪いだ!」

「逃げろ! ここにいたら全員泥にされて死ぬぞ!」


残された私兵たちは完全に戦意を喪失した。彼らはガルドの命令を無視し、我先にと食堂の巨大なオーク材の扉へと殺到した。

だが、彼らが扉の取っ手に手をかけるより早く、天井の隙間から無数の細い根が、鞭のようにしなって振り下ろされた。


ヒュッ! パシィィンッ!


「ギャアアッ!」

「た、助け……脚が、脚が抜けないッ!」


根に身体を絡め取られた私兵たちは、そのままズブズブと音を立てて、底なし沼と化した床の中へと力ずくで引きずり込まれていく。必死に手を伸ばし、這い上がろうとする者の指先も、泥の圧倒的な粘り気に抗えず、じわじわと奈落の底へと沈んでいった。数秒前まで頑強な石造りだったはずの屋敷が、完全に彼らを捕食するための『生きた土牢』として牙を剥いたのだ。


「開けろ! クソッ、窓を開けろ!」


ガルドは完全にパニックに陥っていた。食堂の隅へと這いつくばるようにして移動し、近くにあった重厚な椅子を掴むと、村を見下ろすための巨大なガラス窓に向かって全力で投げつけた。

ガシャァァン!!

凄まじい音を立ててガラスが砕け散る。しかし、割れた窓の向こう側に、彼が望んだはずの夜空や村の景色は存在しなかった。


窓の外壁すらも、地中から這い上がってきた無数の巨大な根と、粘り気のある黒い泥が何重にも覆い尽くし、完全に外界と遮断されていたのだ。屋敷全体が、森の泥によって包み込まれた、巨大な土の繭と化していた。


(嘘だ、嘘だ、嘘だ! なぜ私の屋敷がこんな目に遭わなければならない! 私はこの土地の王だぞ! 泥虫どもを支配する、高貴な主のはずだ!)


ガルドは自身の贅肉を震わせながら、呼吸を荒らげた。

部屋の中に充満していくのは、彼が何よりも愛した最高級のワインの芳醇な香りでも、羊肉のステーキの香ばしい匂いでもなかった。

むせ返るような、強烈な『腐葉土とドブの悪臭』。これまで彼が開拓民たちを追い詰め、死体を遺棄してきた、あの暗い森の底の匂いそのものだった。


その時、地鳴りの音が一段と大きく響き、食堂の中央の泥沼が、大きく波打ち始めた。


ブクブク、ゴボゴボゴボッ……!


「ひ、あ、ああ……」


ガルドの喉から、引きつけを起こしたような情けない悲鳴が漏れた。

泥水の中から、一本の「手」が突き出していた。

人間の手だ。だが、それは生きた人間の健康的な色をしていない。泥にまみれ、皮がふやけ、所々が森の飢えた獣に食いちぎられたように骨が露出している、無残な死者の手だった。


手は、ゆっくりと、しかし確かな力強さで泥の縁を掴み、沼の中からその『本体』を引きずり出してきた。


それは、つい数時間前、ガルド自身の命令によって魔物の棲む森の奥へと捨てられたはずの農夫、ダンの姿だった。彼の瞳にはハイライトがなく、頭部からは今も生々しい血と泥が混ざり合って滴り落ちている。


いや、ダンだけではなかった。

彼の背後から、泥沼の底から次々と、衣服も肉もドロドロに腐り落ちた無数の『泥まみれの亡者たち』が、ズルリ、ズルリと這い上がってきたのだ。


ガルドの脳裏に、凄まじい恐怖と共に、過去の記憶がフラッシュバックした。

税を滞納した見せしめに、真冬の寒さの中で森へ放り出して凍死させた老人。

借金のカタに王都の娼館へ売り飛ばそうとした結果、絶望して首を吊った若い娘。

過酷な重労働に耐えかねて倒れ、そのまま道端にゴミのように放置された開拓民の若者たち。


ガルドが「代わりの利く泥虫」と見下し、自身の贅沢のための道具として虫けらのように使い潰してきた、無数の犠牲者たち。彼らは今や、単なる幽霊ではなかった。この土地の深く暗い怒り――精霊や大地の呪い――と完全に融合し、泥と根を肉体とした『大地の怨念のバケモノ』となって、自分たちを踏みにじった元凶の元へと集結したのだ。


部屋の明かりが不気味に明滅する中、数十人もの泥の亡者たちが、一歩、また一歩とガルドへ向かって距離を詰めていく。彼らが歩くたびに、床の泥がベチャリ、ベチャリと嫌な音を立て、ガルドの逃げ場を確実に奪っていった。


『……カエセ……』

『……ワタシタチノ、ムギヲ……チヲ……タマシイヲ……』


亡者たちの口から漏れ出るのは、言葉というよりも、大地の底から響く地鳴りのような呪詛の和音だった。


「くるな! 来るなと言っているだろ、この薄汚い泥虫どもがァァッ!! 私兵! 誰かアイツらを殺せ! 薪にして暖炉に放り込め!」


ガルドは腰を抜かしたまま、必死に後ろへと這いつくばった。だが、背中が冷たい壁――いや、すでに根に覆い尽くされた黒い壁にぶつかり、これ以上後ろへ下がれないことを悟った。


恐怖で涙と鼻水を撒き散らすガルドの足元へ、最も前にいたダンの泥人形が、音もなく手を伸ばした。

そして。


ガシッ……!!


万力のような強烈な力で、冷たく重い泥の手が、ガルドの特注の革ブーツの足首を、ガッチリと掴んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ