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本当にあった異世界の怖い話  作者: ぽてと


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【File.06】盗作された吟遊詩人(1/5)

王都の中心部にある、貴族や富裕層が夜な夜な集う高級酒場兼劇場『黄金の竪琴亭』。

今夜も、三百人を超える観客で埋め尽くされたホールは、割れんばかりの拍手と熱狂的な歓声に包まれていた。


「ライル! ライル! こっちを向いて!」

「ああ、現代のミューズ! 天才吟遊詩人ライル様……!」


黄色い声援を全身に浴びながら、スポットライトの当たる舞台へと優雅に歩み出たのは、艶やかな金髪と甘いマスクを持った青年、ライルだった。

彼は胸元が大きく開いた豪奢なシルクの衣装を纏い、手には螺鈿らでん細工が施された美しいリュートを抱えている。


彼がリュートの弦を軽く弾き、甘く切ない声で歌い始めた瞬間、熱狂していた観客たちは水を打ったように静まり返り、その「奇跡の歌声」に酔いしれた。


(……ふん。馬鹿な豚共め。本当にいい気なものだ)


観客に向けて陶酔したようなウインクを投げかけながら、ライルの内心は、彼らに対する底知れない冷笑と優越感で満たされていた。


『星巡りの叙事詩』。

それが、現在ライルが歌い上げているこの曲のタイトルだ。

一人の孤独な旅人が、星の導きに従って世界中を巡り、愛と喪失を繰り返しながら真理へと辿り着くという、壮大で魂を揺さぶる長編詩。

半年前、ライルがこの曲を王都で発表した途端、彼は無名の三流詩人から、一躍「百年に一人の天才」へと祭り上げられた。今や王族の晩餐会にすら招待されるほどの地位と名声を手に入れている。


だが、この美しい歌には、たった一つだけ『致命的な秘密』があった。


(誰も気づきはしない。この私が、歌詞の一つ、メロディの一音すらも……自分で作っていないだなんてな)


ライルは歌いながら、半年前の暗い夜の記憶を脳裏に蘇らせていた。


地方巡業という名目で、王都から遠く離れた辺境の村々をドサ回りしていた頃のライルは、才能の限界に絶望していた。

顔が良いだけで、彼が作る歌はどれも底が浅く、誰の心も打たなかった。日々の酒代すら稼げず、薄汚れた馬小屋で寝泊まりする惨めな日々。


そんな時、ある雪深い村の寂れた酒場で、彼は一人の『盲目の老詩人』と出会ったのだ。

老人はボロボロの服を着て、弦の切れた粗末なリュートを抱えながら、酒場の隅でたった一人で歌っていた。


――それが、『星巡りの叙事詩』だった。


ライルは衝撃を受けた。老人の歌には、四十年にわたる過酷な旅の経験、愛した妻を流行り病で喪った絶望、それでも世界を美しいと信じようとする、血の滲むような『本物の魂』が宿っていたからだ。

酔っ払った村人たちは誰も老人の歌に耳を貸していなかったが、同業者であるライルには分かった。この歌は、王都に持っていけば間違いなく歴史に名を残す傑作になると。


ライルは、老人に酒を奢って近づき、彼がその叙事詩をすべて書き記した『古びた手帳』を肌身離さず持っていることを突き止めた。


『……この歌は、亡き妻と私の、人生そのものじゃ。いつか王都の大きな舞台で、一度だけでいいから、妻に捧げるために歌ってやりたいんじゃよ』


優しく微笑む老人に、ライルは「僕が王都への道を案内してあげますよ」と甘い言葉を囁き、吹雪の夜の山道へと連れ出した。

そして、老人が雪に足を取られて倒れ込んだ瞬間。


ライルは、持っていたリュートの『一番太い弦』を老人の首に巻き付け、背後から力任せに絞め殺したのだ。


『ガッ……!? ぁ……な、ぜ……』

『アンタの人生は、俺が代わりに王都で輝かせてやるよ。アンタみたいな薄汚いジジイが歌うより、ずっと美しい歌になるからさ』


雪を赤く染めて事切れた老人から手帳を奪い取ったライルは、遺体を深い谷底へと蹴り落とした。

それが、「天才吟遊詩人ライル」が誕生した瞬間の真実だった。


(……あれから半年。老人の死体が見つかったという話はない。私を疑う者も誰もいない。私は天才だ。他人の人生ガラクタを、この美しい顔と声で『芸術』へと昇華してやった、最高の天才なのだ!)


曲がクライマックスを迎える。

ライルが最後の弦をかき鳴らし、美しくも切ない余韻がホールに響き渡ると、観客からは堰を切ったように万雷の拍手と、感動の涙が溢れ出した。


「素晴らしい! ブラボー!!」

「ライル様、貴方は音楽の神の化身だわ!」


舞台に投げ込まれる無数の薔薇の花束。

ライルは恭しく一礼し、自分の手にある美しいリュートを高く掲げた。


(そうだ、もっと私を讃えろ。もっと金と名声を寄越せ……!)


完璧な栄光の絶頂。

だが、ライルは気づいていなかった。


彼が優雅に弾きこなしているその美しいリュートの、最も低い音を出す『一番太い弦』だけが。

血を吸ったように、ドス黒く変色していることに。


そして、客席の最後列。

熱狂する貴族たちに混じって、場違いな雨避けのマントを羽織った行商人の青年と、フードを深く被った猫人のコンビが、静かにその舞台を見つめていることにも――。

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