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本当にあった異世界の怖い話  作者: ぽてと


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【File.05】孤児院の強欲な院長(4/5)

「やめ……いやっ、いやああああぁぁぁぁっ!!」


マザー・エルマの悲痛な絶叫が、防音の施された豪華な自室の壁に虚しく吸い込まれていく。

彼女の右手は、己の意志を完全に離れ、丸々と肉のついた自身の左腕へとゆっくりと、しかし絶対的な力で伸びていった。


『……マザーのお肉、やわらかそう……』

『……ずっとおいしいものたべてたから、きっとあまいよ……』

『……いただきます、マザー……』


腹の中で蠢く、三十人分の『飢え』の怪異。

彼らは生きた子供たちそのものではない。孤児院の地下室で震える本物の子供たちから剥がれ落ちた、「純粋な飢餓感」と「理不尽への怨念」だけが凝縮し、エルマという強欲な器の中で受肉した『呪いの化身』だ。


ガブリッ……!!


エルマ自身の白い歯が、己の左腕に深く突き立てられた。

「アァッ!? 痛い、痛いぃぃッ!!」

生きた肉を噛みちぎる激痛に、彼女の脳が白く焼き切れる。

だが、どれほど絶叫しようと、涙を流そうと、彼女の顎は機械のように力強く咀嚼を続けた。

皮肉なことに、高級な化粧水で手入れされ、極上の食材で育まれた彼女の肉体は、今まで彼女が口にしてきたどんな高級肉よりも柔らかく、芳醇な脂を湛えていたのだ。


『……おいしいっ! おいしいよマザー!』

『……ちがうよ、マザーがわたしたちのために、じぶんを「おいしいごはん」にしてくれたんだよ……!』

『……ありがとう、マザー! だいすき……!!』


無邪気な、本当に嬉しそうな子供たちの幻聴が響く。

エルマは血の涙を流しながら、自分の肉を飲み込んだ。

飲み込まれた血と肉は、食道を通り、限界まで膨れ上がった胃袋の中で待ち構える『呪いの化身たち』の餌食となる。


「あ、あぁ……ちが、う……私は、聖女、なのに……っ」


彼女はついに理解した。

自分がこの孤児院で、子供たちに粗末な食事だけを与え、毎日「感謝の祈り」を強要していたあの行為。

それは、子供たちを飼育していたのではない。

子供たちの『飢えの呪い』という魔物を育てるための生贄として、エルマ自身が、最も美味しく、最も極上のエサになるために「自らを肥え太らせる儀式」だったのだ。


私が、豚だったのだ。

他人の命を削って着飾っていた、醜く、愚かな豚。


「ゆる……し……」


もはや言葉にもならない呻き声を上げながら、エルマの咀嚼は止まらない。

左腕の肉が骨まで削ぎ落とされると、次は豊かな胸へ、そして太ももへと、彼女の貪欲な口は己の体を喰らい進んでいく。


* * *


同じ頃。

エルマの部屋から遠く離れた、孤児院の一階にある薄暗く冷たい大部屋。

そこでは、三十人の痩せこけた子供たちが、隙間風に震えながら薄い毛布を被って眠っていた。


いつもなら、空腹で胃がキリキリと痛み、寒さで何度も目を覚ます時間だ。

だが、その夜は違った。


「……ん……?」


小さな少女、ミーナがふと目を覚ました。

いつも彼女を苦しめていた、胃袋を雑巾のように絞り上げられる痛みが、嘘のように消え去っていたのだ。

お腹はペコペコに空いているはずなのに、なぜか「飢えの苦しみ」だけが、体からすっぽりと抜け落ちたように軽い。


(……おなかが、いたくない。それに……なんだか、あったかい……?)


ミーナは不思議そうに自分のお腹を撫でた。

部屋の中を見渡すと、他の子供たちも皆、いつもなら苦痛に歪んでいるはずの寝顔が、今日はとても穏やかで、静かな寝息を立てている。

まるで、彼らを日々苛み続けていた『理不尽な飢餓の呪い』が、彼らの小さな体から完全に切り離され、別のどこかへ飛んでいってしまったかのように。


「……神様が、きてくれたのかな……」


ミーナは小さく微笑み、再び毛布を被って、生まれて初めての「安らかな眠り」へと落ちていった。

彼らは全く知る由もなかった。

自分たちの『苦しみ』を一身に吸い上げた怪異が、今まさに二階の豪華な部屋で、彼らを虐げてきた元凶に対して、この世で最も凄惨な復讐を遂げている最中だということを。


* * *


「ガハッ……! ゴ、パァッ……」


エルマの部屋は、地獄絵図と化していた。

自らの肉の半分以上を喰らい尽くし、もはや人間の形を留めていないエルマが、血の海と化した床の上でピクピクと痙攣している。

致命傷をいくつも負っているというのに、呪いの力によって彼女は意識を失うことすら許されなかった。


極限まで膨張していた彼女の腹の皮膚が、ついに限界を迎え、メリメリと嫌な音を立てて裂け始めた。

その裂け目から現れたのは、真っ黒な泥のような怨念の塊だった。


『……ごちそうさまでした、マザー……』

『……あぁ、おなかいっぱい……』


エルマの肉体を内側と外側の両方から喰らい尽くした呪いの化身たちが、満足げなため息を吐きながら、エルマの残った肉体をドロドロの黒い泥へと変えていく。


「…………、……」


声帯も喰い千切られ、もはや声を発することもできないエルマの瞳から、最後の一滴の涙がこぼれ落ちた。

それが、恐怖から来たものなのか、後悔から来たものなのか、あるいは痛みの限界だったのかは、誰にも分からない。


ズチュッ……、ドロドロドロッ……。


凄惨な音と共に、マザー・エルマと呼ばれた女の体は、限界を迎えた水風船のように完全に崩壊した。

彼女が飲み込んだ大量の金貨や宝石が、血と泥にまみれて床にバラバラと散らばっていく。


あれほど豪華に飾られていた部屋の中心。

そこにはもう、肉の欠片すら残っていなかった。

残されたのは、彼女が纏っていた『純白の修道服の残骸』と、欲に目が眩んで飲み込んだ『血塗られた金貨の山』、そして、床にべったりとこびりついた、異様な悪臭を放つ『真っ黒な泥の染み』だけ。


『……ありがとう……マザー……』


月明かりだけが差し込む静寂の部屋に、ふっと、子供たちの無邪気な幻聴が溶けるように消えていく。


すべてを喰らい尽くし、完全に満腹となった『飢えの呪い』は、標的を失ったことで霧散し、大気の中へと還っていった。

もはや、この建物の中に呪いは一つも残っていない。


明日になれば、孤児院の子供たちは、いつものように空腹で目を覚ますだろう。

しかし、彼らの「ご飯を減らし、寄付金を着服して私腹を肥やす」あの忌まわしい怪物は、もうこの世のどこにも存在しないのだ。


誰もいない暗い部屋で、散らばった金貨がカラン……と、終わりの音を告げるように鳴った。

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