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本当にあった異世界の怖い話  作者: ぽてと


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【File.05】孤児院の強欲な院長(1/5)

「さあ、神の恵みに感謝して。みんなで仲良くいただきましょうね」


柔らかな午後の陽光が差し込む食堂に、聖歌のような澄んだ声が響く。

王都の端に位置する孤児院『慈愛のゆりかご亭』。その主であるマザー・エルマは、純白の修道服に身を包み、慈愛に満ちた微笑みを子供たちに向けていた。


彼女の目の前には、痩せ細った三十人ほどの孤児たちが、行儀よく長椅子に座っている。

だが、彼らの前に並べられた食事は、具のまったくない、塩気が辛いだけの薄い野菜スープと、石のように硬い黒パンの欠片だけだった。


「マザー……お腹が、空きました。もっと、おかわりは……」


一人の小さな少女が、消え入りそうな声で訴える。

その瞬間、エルマの頬が、ピクリと不自然に引き攣った。だが、その微笑みは崩さない。彼女は少女の元へ歩み寄り、その頬を優しく、しかし指先が白くなるほど強く撫でた。


「あらあら、ミーナ。強欲はいけませんよ? 外には、このスープすら飲めずに凍え死ぬ子たちが大勢いるのです。今の自分がいかに恵まれているか、もっと謙虚に考えなさい。感謝の足りない子は……神様に見捨てられてしまいますよ?」


「……っ、ごめんなさい、マザー」


少女は怯えたように肩を震わせ、俯いた。

周囲の子供たちも、一様にスプーンを握る手を震わせ、無言で泥水のようなスープを啜る。この場所では、マザーへの疑問は「不信仰」と見なされ、地下の暗い小部屋での「反省」を強いられるからだ。


「よろしい。素直な子は救われます。さあ、私はこれから皆様のために、寄付金を募るお祈りに行ってまいりますね」


エルマは優雅に一礼し、食堂を後にした。

そのまま彼女が向かったのは、子供たちの寝室とは正反対にある、厳重に鍵の掛かった自室だった。


ガチャリ、と扉を閉めた瞬間。

エルマの顔から「聖女」の仮面が剥がれ落ちた。


「ふん、汚らしいガキ共め。礼も言えずに食欲ばかり垂れ流して。あんな泥水でも与えてもらえるだけ、ありがたいと思えないのかしら」


彼女は忌々しそうに吐き捨てると、クローゼットの奥に隠された隠し扉を開いた。

そこには、王都の貴族すら羨むような、極上の酒と食材が所狭しと並べられていた。

マザー・エルマ。彼女は国や有力者から「哀れな孤児たちのために」と集まった莫大な寄付金の九割を、自分の贅沢のために着服していたのである。


彼女は銀の皿に乗った、脂の乗った極上のローストダックと、最高級の赤ワインをテーブルに並べた。

「いただきます、私」

ナイフを入れると、肉汁がじゅわりと溢れ出す。それを一口運び、芳醇なワインで流し込む。

これこそが、彼女にとっての「神の恵み」だった。


その時、一階の玄関ベルが小さく鳴り響いた。


「チッ、また寄付の相談かしら。……いえ、この時間は『出入り』の連中ね」


エルマは口元の脂を丁寧に拭い、再び聖女の仮面を貼り付けて、一階へと降りていった。


* * *


「いやぁ、本当に素晴らしい孤児院ですね。庭の掃除も行き届いているし、子供たちも礼儀正しい」


玄関ホールでエルマを待っていたのは、大きな荷袋を背負った行商人の青年、トマだった。その後ろには、いつも通り退屈そうに尻尾を揺らす猫人が立っている。


「あら、トマさん。お褒めいただき光栄です。すべては神の導きと、皆様の温かいご支援のおかげですよ」


エルマは慈しみ深い笑みを浮かべ、胸元で十字を切った。


「今日は、冬に向けて子供たちの古着と、それから……ほんの少しですが、保存食の干し肉を持ってきました。安くしておきますよ」


「まあ、助かります。最近は物価が高騰して、私の食事を削ってでも子供たちに食べさせてあげたいと思っておりましたの。本当に、貴方のようなお方がいてくださると、救われますわ」


エルマは悲しげに目を伏せ、いかにも「自分は犠牲を払っている」という仕草を見せた。トマは「なんて立派な人だ」と感心した様子で荷物を解き始める。


だが。


「……おい」


それまで無言だった猫人が、鼻をヒクヒクと動かし、鋭い縦瞳孔の目でエルマを真っ向から見据えた。


「どうかいたしましたか? 猫人の騎士様」


エルマが微笑みかけるが、猫人はその笑顔を無視し、不快そうに顔をしかめて一歩身を引いた。


「……トマ、早く行くニャ。鼻が曲がりそうだサ」


「えっ? おい、失礼だぞ! マザー、すみません、こいついつもこうで……」


「いいえ、構いませんわ。獣の方には、聖なる場所の空気は少し刺激が強いのかもしれませんものね」


余裕たっぷりに微笑むエルマ。だが、猫人の次の言葉に、彼女の心臓がドクンと跳ねた。


「……聖なる空気だニャ? 笑わせるサ。アンタの体からは、ガキ共に啜らせてる泥水の匂いなんか一つもしないニャ。代わりに……一人で隠れて貪り食ってる、肥えたアヒルと上等なワインの、どろどろに腐った脂の匂いが全身から溢れ出してるサ」


猫人の声は低く、そして氷のように冷たかった。


「……アンタ、自分の腹を肥やすために、あのガキ共の命を削って食ってるんだニャ。……そんなに溜め込んで、爆発しないか心配だサ。強欲っていうのは、一度膨らみ始めたら、自分の皮が裂けるまで止まらないからニャ」


「な……ッ!?」


エルマの顔が、一瞬だけ般若のように歪んだ。

だが、トマが不思議そうにこちらを見た瞬間、彼女は再び、聖女の微笑みを取り繕った。


「ふふ、まあ。面白い冗談をおっしゃるのね。トマさん、お取引の続きは食堂で。……騎士様は、外で涼んでいらした方がよろしいかもしれませんわね?」


猫人は何も答えず、ただ冷ややかな目線だけを残して、先に建物を出ていった。


トマは首を傾げながらも、エルマに促されて食堂へと向かう。

エルマの背中を見送りながら、外に出た猫人は、孤児院の二階——院長の自室の窓をじっと見つめていた。


「……あれはもう、人間の皮を被っただけの『餓鬼』だニャ。……今夜あたり、その立派な服が内側から弾け飛ぶのが見えるサ」


夕暮れ時の王都に、子供たちの弱々しい聖歌が響き始める。

それが、これまでにエルマが踏みにじってきた無数の小さな命たちの、呪いの調べに変わるまで……あともう少しだった。

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