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本当にあった異世界の怖い話  作者: ぽてと


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20/21

【File.04】呪具鑑定士の最後の査定(5/5)

翌朝。

普段は陽の光など決して届かない王都の裏路地に、珍しく澄み切った眩い朝日が差し込んでいた。


「……終わったんだな」


『ギルバート古物・鑑定所』の重い木扉を押し開け、ルークは外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

冷たく、しかし清々しい朝の空気が、徹夜で張り詰めていた彼の肺を満たしていく。


彼の背後、静まり返った店内には、もうあの陰惨な「呪いのゲロの悪臭」は微塵も残っていなかった。

ギルバートという男がこの世に存在していた痕跡は、カウンターの裏にべったりとこびりついた、人間の形をした『真っ黒なコールタールの染み』だけだ。

彼がコレクションしていた恐ろしい呪具たちも、すべてただの灰と化し、朝風に吹かれてサラサラと崩れ去っていた。後日、憲兵団がこの店を調べに来たとしても、店主が夜逃げでもしたとしか思われないだろう。


ルークの右手には、父の形見である『寿命喰いの懐中時計』が握られている。

チクタク、チクタク……。

朝日を浴びて鈍く光る銀色のケースから響くその音は、昨日までの不気味な呪いの鼓動ではなく、かつてルークが子供の頃に父の胸元で聞いた、あの温かく力強いリズムそのものだった。


そして、彼の左手には、小さな『銅の手鏡』。

ギルバートの致死の呪詛を完全に跳ね返し、ルークの命を救った特級魔導具【完全反射のアイギス】。

だが、役目を終えたのか、今の鏡面にあの神々しい光は宿っていない。ただの傷だらけで曇った、不格好な手鏡へと戻っていた。


「……ありがとう。本当に」


ルークは手鏡と時計を大切に胸のポケットにしまい込むと、裏路地を抜け、王都のメインストリートへと走り出した。

向かう先は、行商人たちが集まる宿場町だ。

自分の命を救い、父の思い出を守ってくれたあの青年――トマと、あの不思議な猫人に、どうしても直接お礼が言いたかった。彼らがどれほど凄いものを自分に渡してくれたのか、その価値を分かっているのかは分からない。それでも、一生かかっても返しきれないこの恩に、せめて頭を下げたかった。


だが、息を切らして宿場町に辿り着いたルークに、宿の主人はあっけなくこう告げた。


「ああ、あの行商人と猫の獣人かい? あいつらなら『次の街でデカい市があるから急ぐ』って、夜明けと同時に馬車を出して行っちまったよ。今頃はもう、街道のずっと先だろうね」


「……そっか。行っちゃったんだ」


ルークは、王都の城門の向こう、果てしなく続く青空と街道を見つめた。

もう彼らに会うことはできないかもしれない。

だが、ルークの心に昨日までの絶望はなかった。


「……泥に塗れるのは、悪いことじゃない。誰かのために泥水をすくえる人間になれれば、いつかまた、胸を張って彼らに会えるはずだ」


ルークは、胸のポケットの上から父の時計と手鏡をギュッと握りしめると、王都の空に向かって、深々と一礼した。

顔を上げた彼の瞳には、二流の冒険者だと自らを卑下していた迷いはなく、前を向いて生きる「本物」の冒険者の光が宿っていた。


* * *


同刻。

王都から遠く離れた、のどかな田園風景が広がる街道。

のんびりと進む一台の荷馬車の御者台で、朝の静寂をぶち破るような絶叫が響き渡っていた。


「あああああぁぁぁぁぁっ!! やっちまった! 俺はとんでもないことをやっちまったぁぁっ!!」


行商人のトマが、手綱を放り出して頭を抱え、のたうち回るように身悶えしている。

その後ろの荷台では、猫人が呆れたように欠伸をしながら、自分の前足をペロペロと舐めていた。


「うるさいニャ、トマ。馬が驚いてるサ」

「うるさくもなるだろ! なぁ!? お前も知ってたんだろ、あの銅の手鏡の正体!! 古代遺跡から発掘された、どんな呪いも跳ね返す国宝級のアーティファクトだぞ!? 王侯貴族に売れば、一生遊んで暮らせるお城が建つくらいのもんを……俺は、俺はッ……!!」


トマは自分の髪を掻きむしり、涙目で天を仰いだ。


「銅貨一枚だぞ!? 銅貨一枚で売っちまったんだよ! くそぉぉっ、あの腐れ鑑定士からあの兄ちゃんを助けたい一心で、つい勢いでポケットから出しちまったけど……! ああっ、俺のバカ! 行商人失格だ! 今月のご飯はおからと塩水だぁぁっ!」


本気で落ち込み、メソメソと泣き真似を始めるトマを見て、猫人はピクピクと耳を動かした。

そして、フッと口元を緩め、喉の奥で楽しげに笑い声を漏らした。


「……後悔してるのかニャ?」

「……してねぇよ」


トマは、鼻をすすりながら、前を向いて手綱を握り直した。


「あんな真っ直ぐで良いヤツが、理不尽に潰されるのを見過ごして稼いだ金で食うメシより……すっからかんでも、あいつが今頃笑って生きてるって思いながら食う塩水の方が、何百倍も美味いに決まってるだろ」

「強がりだニャ」

「うるせぇ! ……でも、やっぱ城は惜しかったなぁ……」


未練たらしくため息を吐くトマの背中を見て、猫人は長い尻尾をゆらりと揺らした。


「……まあ、落ち込むなサ。お前は行商人としては三流のバカだけど……人間としては、なかなかの『本物』だニャ」

「えっ? お前、今俺のこと褒めたか!?」

「褒めてないサ。ただの事実だニャ」


猫人は、街道を照らす眩しい朝日を見上げながら、金色に光る縦瞳孔の目を細めた。


「自分の利益だけを求めて、他人の命を玩具にしたあの悪党は、自分が集めた呪いに喰われて死んだ。……逆に、何の得にもならないのに、他人のために泥水に手を突っ込んで、自分の手を汚せるようなヤツには……」


猫人は、ニヤリと笑ってトマの肩をポンと叩いた。


「たまにはああいう、バカみたいな『奇跡おまけ』が降ってきてもいいのサ。……あの青年が落とした銀貨一枚と、お前が受け取った銅貨一枚。価値の重さは、あのペテン師には一生理解できなかっただろうニャ」


「……へへっ。まあ、違いないな!」


トマは照れ隠しのように鼻の下を擦ると、「ハイッ!」と気合を入れて馬の尻を軽く叩いた。

ガラガラと小気味良い音を立てて、馬車は次の街へと速度を上げる。


欲に塗れ、他人の絶望を糧にしてきた悪党は、冷たい闇の中で自らの業に溶けて消えた。

しかし、他人の痛みに寄り添い、無償の優しさを差し出せる者たちの道は、こうしてどこまでも明るく、温かな光に照らされている。


「さーて! 次の街では絶対にボロ儲けしてやるからな! 見てろよー!」

「その前に、荷袋の紐を丈夫なやつに買い替えるのが先だニャ」

「うぐっ、痛いところを……」


彼らの賑やかな声は、春の風に乗って、遠い空の彼方へと溶けていった。

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