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本当にあった異世界の怖い話  作者: ぽてと


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18/20

【File.04】呪具鑑定士の最後の査定(3/5)

「――おっと! すんません、忘れ物しちゃって!」


重苦しい絶望の空気が支配していた『ギルバート古物・鑑定所』に、間の抜けた、しかし不思議とよく通る声が響き渡った。

行商人の青年トマが、ずかずかと土足で店内に踏み込んでくる。その後ろからは、鋭い縦瞳孔の目を細めた猫人が、面倒くさそうに長い尻尾を揺らしながらついてきた。


「き、君たち! 一体何の真似だ! 営業妨害で憲兵を呼ぶぞ!」


完璧な心理的支配ガズライティングの仕上げを邪魔されたギルバートは、モノクルの奥の目を血走らせ、カウンターを強く叩いた。

だがトマは、激昂するギルバートなど完全に無視して、カウンターの横で顔面を蒼白にしているルークの足元を覗き込んだ。


「あーっ! あったあった! 俺の落とした銅貨! いやぁ、アンタの足元に転がってたから見えなかったぜ。ほら、ちょっとどいてくれよ」


トマはルークの腕を強引に掴むと、彼をカウンターから引き剥がすようにして店の入り口へと引っ張った。


「なっ……離したまえ! その若者は今、私と神聖な取引を……!」

「神聖ねぇ」


トマの後ろを歩いていた猫人が、立ち止まってギルバートを鼻で笑った。


「ドブネズミの死骸に砂糖をまぶして『極上の菓子だ』って売りつけるような取引が神聖なら、世の中のペテン師は全員聖人君子だニャ。……行くぞ、トマ。やっぱりこの店、息をするだけで肺が腐りそうだサ」

「お、おい引っ張るなよ! アンタも、邪魔して悪かったな! ほら、外の空気吸おうぜ!」


「えっ……あ、ちょ、ちょっと……!」


ルークは状況が飲み込めないまま、トマと猫人に背中を押され、半ば引きずられるようにして店から放り出された。

バタンッ! と、乱暴に扉が閉まる。


「……ッ!! 忌々しいゴミ屑どもが……!」


店内に取り残されたギルバートは、怒りでワナワナと震えながら、ルークが置き忘れていったカウンターの上の『寿命喰いの懐中時計』を睨みつけた。

(まあいい。時計はすでに私の手元にある。あの若造も、完全に私の言葉に洗脳されている。……夜になれば、必ずあの指輪を受け取りにすがりついてくるはずだ)

ギルバートは、手の中にある「死に至る指輪」を不気味に撫で回し、狂気に満ちた嗤い声を漏らした。


* * *


一方、裏路地に放り出されたルークは、冷たい風に吹かれてハッと我に返った。


「あ……時計! 父さんの時計を、店に置いたままだ……!」


慌てて店に戻ろうとしたルークだったが、その足元で「うわぁっ!」という派手な悲鳴が上がった。

見れば、行商人のトマが、背負っていた巨大な荷袋の紐を派手に切らしてしまい、ぬかるんだ路地の水たまりに、売り物のガラクタをぶち撒けてしまっていたのだ。


「最悪だぁぁっ! 紐が腐ってたのか!? 売り物のカップや鏡が泥まみれじゃねぇか!」

「……自業自得だニャ。出発前に紐を替えろとあれほど言ったのに」


猫人は手伝う素振りも見せず、濡れない木箱の上に飛び乗って呆れ顔で舌打ちをしている。

トマは泥だらけになりながら、半泣きで水たまりに手をつっ込んで荷物を拾い集めていた。


「どうしよう、これじゃ売り物にならねぇ……。ただでさえ今月の宿代がピンチなのに……」


その惨めな姿を見たルークは、ふと歩みを止めた。

彼自身の心は、ギルバートの言葉によってズタズタに引き裂かれていた。父親の形見は自分を不幸にする呪いのアイテムであり、自分には生きている価値すらない二流の人間なのだと、深く絶望していた。

今すぐ店に戻り、あの指輪を受け取って、すべてを終わらせてしまいたい。そんな自暴自棄な感情が胸を支配していた。


だが。


「……貸して。手伝うよ」


ルークは、泥水の中に膝をつき、トマの荷物を拾い集め始めた。

自分のマントのきれいな裏地を使って、泥まみれになった不格好な木彫りの人形や、欠けたティーカップを一つ一つ丁寧に拭き上げ、トマの袋へと戻していく。


「え……? アンタ、なんで……。服が泥だらけになるぞ?」

「いいんだ。僕なんて、どうせ泥に塗れるのがお似合いの人間だから」


ルークは、力なく自嘲気味に笑った。


「さっきの鑑定士さんに言われたんだ。僕の持っていた父の形見は、僕を不幸にする呪いのガラクタで……僕自身も、価値のない二流以下の人間だって。だから、誰かの役に少しでも立てるなら……これくらい、させてよ」


そのルークの言葉を聞いた瞬間、木箱の上にいた猫人の耳がピクリと動き、細められていた縦瞳孔の目が、スッと見開かれた。

猫人は、泥だらけになりながら他人の荷物を拭くルークの背中を、値踏みするようにじっと見つめる。


(……驚いたニャ。自分の心が致命傷を負って血を流しているっていうのに、どこの馬の骨とも知れない行商人のために泥水をすくえるのか。……底なしの『お人好し』か、それとも本物の『善人』か)


猫人の喉の奥で、グルルと低い音が鳴った。

それは威嚇ではなく、奇妙な納得の音だった。


「アンタ……」


トマもまた、目を丸くしてルークを見つめていた。

そして、泥を拭き終わったルークが立ち上がろうとした時、トマは彼の手をガシッと力強く掴んだ。


「アンタの親父さんがどんな人かは知らねぇが、一つだけ確かなことがあるぜ」

「え……?」

「呪いのガラクタに縛られてる人間が、こんな風に他人のために泥まみれになれるわけがねぇ。……アンタの親父さんは、アンタを立派な『本物』に育て上げたんだ。あの四つ目のペテン師の言うことなんか、真に受ける必要はねぇよ」


トマの真っ直ぐな言葉に、ルークの瞳が揺れた。

ギルバートの言葉で黒く塗り潰されかけていた父親の思い出が、ほんの少しだけ、温かな光を取り戻したような気がしたのだ。


「……ありがとう。慰めてくれて。でも、僕はあの店に戻らなきゃいけないんだ。父の時計を置いてきてしまったし……あの人が、僕のために用意してくれた指輪を受け取らないと」

「……アイツが用意した指輪ぁ?」


猫人が、嫌悪感も露わに顔をしかめた。


「やめておくニャ。あの店に漂ってた『呪いのゲロ』の悪臭は、生半可なもんじゃないサ。あの男がアンタに渡そうとしてるのは、救いの手じゃない。アンタを地獄の底に引きずり込むための鉄の鎖だニャ」

「で、でも……僕は……」

「おいおい、そんな暗い顔すんなって!」


ルークが再び俯きかけたその時、トマが突然、明るい声を出して彼の背中をバンバンと叩いた。


「手伝ってくれたお礼に、とっておきのモンをアンタに譲ってやるよ!」


トマは荷袋の奥底に手を突っ込み、ゴソゴソと何かを探し始めた。

そして、「あった!」という声と共に取り出したのは、ひどく不格好で、表面がくすんで傷だらけになった『小さな銅の手鏡』だった。

縁の装飾も古臭く、鏡面も曇っていて自分の顔すらまともに映らない。どう見ても、ただの安いガラクタだ。


「これだ! 旅の途中で仕入れた、どんな悪運も跳ね返すっていう『特級の魔除けの鏡』だ! アンタがこれからヤバい店に行くっていうなら、こいつをお守りとして持っていきな!」

「い、いや、でもこんな立派なもの……僕はお金なんて……さっきの銀貨一枚しか……」

「馬鹿野郎、俺たちの仲じゃねぇか! 特別価格、銅貨一枚でいいぜ!」


トマは強引にルークの手を引っ張り、その手のひらに冷たい銅の手鏡を押し付けた。

そして、ルークが呆然としている間に、彼のポケットから勝手に銅貨を一枚抜き取ると、「まいどあり!」と満面の笑みを浮かべた。


「あの店に行くなら、そいつを必ず胸のポケットに入れて、心臓の上に置いておくんだぜ! いいな! 約束だぞ!」

「あ、あの……! ありがとう……ございます」


ルークは、押し付けられた重たい手鏡を両手で包み込んだ。

それが「特級の魔除け」だなんて、きっとこの気の良い行商人の嘘だろう。ただのガラクタだ。でも、その嘘が、絶望していたルークの心に小さな火を灯してくれた。


ルークは手鏡を、トマに言われた通り胸のポケットに深くしまい込むと、深く一礼し、再び『ギルバート古物・鑑定所』へと続く暗い路地を歩き始めた。


その背中を見送りながら、猫人が長い尻尾を揺らした。


「……トマ。お前、あんな凄い魔導具を銅貨一枚で売っちまったのかニャ?」

「いいんだよ。あんな真っ直ぐなヤツが、あんな腐ったペテン師の毒牙にかかるなんて、俺の行商人としてのプライドが許さねぇんだ。……それに」


トマは、手の中にある一枚の泥だらけの銅貨を、愛おしそうに指先で弾いた。


「他人のために泥水に手を突っ込めるヤツには、たまにはああいう『奇跡おまけ』が降ってきてもいいだろ?」


「……ふん。お人好しがうつったニャ。まあ、今夜の『花火』は、少しだけ見応えがありそうだサ」


猫人は、ギルバートの店が建つ暗い路地の奥を見据え、その喉の奥で、楽しげにクックックと笑い声を漏らした。

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