【File.04】呪具鑑定士の最後の査定(1/5)
王都の裏路地。陽の光さえ差し込むことを躊躇うような、湿った石畳の奥深くに、その店はあった。
煤けた看板には『ギルバート古物・鑑定所』と記されている。
店内は、カビと古い紙、そして何百年も放置された埃が混ざり合ったような、特有の饐えた匂いが立ち込めていた。所狭しと並べられた出所不明のガラクタ、不気味な形をした石像、黒ずんだ武具の数々が、僅かなランプの光に照らされて不気味な影を落としている。
「……はぁ。まったく、君のような無知で浅学な素人を相手にするのは、本当に骨が折れるよ」
カウンターの奥で、モノクルの奥の目を細めながら、店主のギルバートが深く、そしてひどく芝居がかったため息を吐いた。
細身で神経質そうな顔立ち。撫でつけられた油っこい髪。彼が纏う高級なベルベットのローブは、この薄暗い裏路地の店にはひどく不釣り合いだった。
「で、ですがギルバートさん! この剣は、私が命がけで『嘆きの迷宮』の最下層から持ち帰ったもので……! 古代の魔力が宿っていると、他の冒険者たちも……」
「黙りたまえッ!!」
ギルバートの鋭い怒声が、店内に響き渡る。
カウンター越しに立っていた若い新人冒険者は、ビクッと肩を震わせて押し黙った。彼の体には真新しい無数の傷跡があり、迷宮での過酷な戦いを物語っていたが、ギルバートの目にはそんなものは路傍の石以下の価値しかなかった。
「古代の魔力だ? 笑わせないでくれたまえ。君のような田舎者が、古臭いおとぎ話を真に受けて持ち込んできた鉄屑のせいで、私のこの『神の目』がどれほど穢されているか、理解しているのかね?」
「そ、それは……」
「この剣に刻まれたルーンは、古代のものではない。せいぜい百年前の、三流の鍛冶師が酔っ払って彫ったガラクタだ。それに、刃こぼれも酷い。これを『価値ある品』だと信じ込んでいる君の浅薄な頭脳には、心底同情するよ。……冒険者などという野蛮な真似、今すぐ辞めて田舎の畑でも耕したまえ。君のためを思って忠告してやっているんだぞ」
ねっとりとした、自尊心を削り取るような言葉の暴力。
それは、ギルバートの常套手段だった。
相手の無知を責め立て、徹底的にプライドをへし折り、萎縮させる。そうして「自分には価値を見抜く目がないのだ」と完全に錯覚させたところで、彼は慈悲深き賢者のような笑みを浮かべるのだ。
「……だが、私も鬼ではない。命がけで持ち帰った君の苦労に免じて、特別に買い取ってあげよう。銀貨一枚。……それが、このガラクタと君の命の、最大限の価値だ」
「銀貨……一枚……」
「嫌なら持って帰りたまえ。そして他の店で笑われるがいい」
精神的に完全に追い詰められた新人冒険者は、うなだれたまま銀貨一枚を受け取り、逃げるように店を出ていった。
扉が閉まった瞬間、ギルバートの顔に浮かんでいた慈悲深き笑みは、醜悪な嘲笑へと歪んだ。
「くくっ……はははっ! 馬鹿な若造め! これだから無知な素人を相手にするのは辞められない!」
ギルバートはカウンターに置かれた剣を手に取り、その刀身に刻まれたルーンをうっとりと撫でた。
古代の魔力。それは事実だった。この剣は、王都の大規模なオークションに出せば、白金貨数十枚(銀貨数万枚)は下らない本物のアーティファクトだ。
彼はこうして、若く経験の浅い冒険者を言葉巧みに騙し、ハラスメントで心をへし折ることで、莫大な富を築き上げてきたのだ。
「さて、次のカモは……」
カラン、コロン。
その時、くすんだ真鍮のドアベルが鳴り、店の扉が開いた。
入ってきたのは、雨避けの粗末なマントを羽織った行商人の青年と、その後ろを気怠そうに歩く、ふさふさの毛並みを持った二足歩行の『猫人』だった。
「お、おい……すげぇ埃だぞ。本当にこんなところに店があるのかよ」
「文句を言わないニャ。野営用のテントを新調する金が要るサ。お前の背負ってるそのガラクタ、全部売り払うニャ」
行商人の青年は、背負っていた大きな荷袋をドスンと床に下ろし、カウンターの奥にいるギルバートに愛想笑いを向けた。
「あの、すんません! 古物の買い取りをやってるって聞いたんですが、ちょっと見てもらえませんか?」
ギルバートは、モノクルの位置を直しながら、露骨に嫌悪感に満ちた目を向けた。
みすぼらしい行商人に、さらにみすぼらしい獣人。彼の店にふさわしくない、底辺のゴミ屑だ。
「……私の店はね、ガラクタの処分場ではないのだよ。泥に塗れたような品を持ち込まれても困るのだが」
「そ、そこをなんとか! 旅の途中で拾った骨董品とか、色々と……」
行商人が荷袋から、古びた銅鏡や、欠けたティーカップ、謎の木彫りの人形などを次々とカウンターに出していく。
ギルバートはため息を吐きながら、それらを指先でツンツンと弾いた。
(……見事なまでのゴミだな。銅貨一枚の価値もない)
「君ね。こんなものを……」
「……おい」
ギルバートが再び言葉の刃を振り下ろそうとしたその時。
それまで無言で店の隅に突っ立っていた猫人が、低い声で遮った。
猫人の金色に光る縦瞳孔が、カウンターに出されたガラクタではなく、ギルバートの背後——頑丈な鉄格子で守られた、店の『奥の陳列棚』を真っ直ぐに睨みつけていた。
「……なんだね、獣人風情が。私のコレクションが珍しいのか?」
「……お前の店、ひどく臭うニャ」
猫人は、鼻をヒクヒクと動かし、毛を逆立てた。
「カビと埃の匂いじゃない。……他人の絶望と、後悔と、底知れない恨みがドロドロに混ざり合った……『呪いのゲロ』みたいな悪臭が、その奥の棚から充満してるサ」
ギルバートの顔色が一瞬にして変わった。
猫人が睨みつけている棚。そこには、彼が長年集めてきた、持ち主に確実な死と破滅をもたらす『特級の呪具』たちが、厳重に封印されて保管されていたのだ。
彼はそれらの呪具を、自分に反抗する生意気な冒険者や、気に入らない同業者に「価値ある品だ」と偽って押し付け、彼らが呪い殺される様を遠くから眺めて楽しむという、最低の悪趣味を持っていた。
「な、何を……」
「他人の命を玩具にしてると、いつかそのお気に入りのおもちゃに寝首を掻かれるニャ。……あの奥の連中、お前を『喰う』日を、今か今かと待ち構えてるサ」
猫人は吐き捨てるようにそう言うと、行商人の服の裾を強く引っ張った。
「行くニャ、トマ。こんな店にいたら毛並みが悪くなるサ。お前のガラクタなら、そこの路地に捨てた方がまだマシだニャ」
「えっ!? お、おい待ってくれよ! まだ査定が……あ、すみません! 失礼しました!」
トマと呼ばれた行商人の青年は、慌ててカウンターのガラクタを荷袋に詰め込むと、猫人に引きずられるようにして店から飛び出していった。
カランコロンと、ドアベルの音が虚しく響く。
「……ちっ、忌々しい獣人め。適当なことを……」
静寂が戻った店内で、ギルバートは舌打ちをした。
獣人の戯言だ。呪具はすべて私が完璧にコントロールしている。私のような本物の天才が、道具に飲まれることなどあり得ないのだ。
「ふん。まあいい。あの程度のゴミに構っている暇はない」
彼は気を取り直し、懐から一枚の手配書のような紙を取り出した。
そこには、ある一人の若い冒険者の顔と、彼が探している『目的の品』の特徴が書かれている。
「ルーク……といったか。父親の形見の時計を、高く買い取ってくれる店を探している哀れな若造」
ギルバートの唇が、三日月のように歪に吊り上がる。
彼は情報屋から、そのルークという青年が持っている時計が、ただの形見ではなく、持ち主の寿命を代償に莫大な幸運を呼び込むとされる、伝説の『寿命喰いの懐中時計』であることを掴んでいた。
「ふふっ……純粋で、親思いの善良な若者。……ああ、私が最も嫌いで、最も『壊し甲斐』のあるおもちゃだ」
ギルバートは奥の棚から、一つの古びた『指輪』を取り出した。
一目見ただけで吐き気を催すような、どす黒い魔力を放つその指輪は、身につけた者の肉体を内側から溶かし尽くす、最悪の呪具だ。
「さて、極上の査定の準備を始めようか。彼には、あの時計の代金として、この『素晴らしい指輪』を特別にプレゼントしてあげなくてはね……ははははっ!」
薄暗い裏路地の店内に、悪意に満ちた嗤い声が、いつまでも、いつまでも響き渡っていた——。




