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本当にあった異世界の怖い話  作者: ぽてと


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14/15

【File.03】盗まれた魔導書の呪い(4/5)

王都の中心に位置する、巨大な『建国記念広場』。

見渡す限りの人を飲み込んだその場所は、熱狂と興奮のるつぼと化していた。

広場を取り囲むように設置された観覧席には、金銀の装飾品で身を飾った貴族たちがひしめき合い、一段高い特設のバルコニーからは、国王とその一族が見下ろしている。さらに広場を埋め尽くす数万の平民たちは、今か今かと「現代の賢者」の登場を待ちわびていた。


「おお……! 来たぞ! ヴァレリウス伯爵だ!」

「魔法の神子みこ様! こちらを向いて!!」


地響きのような大歓声が沸き起こる。

黄金の刺繍が施された漆黒の儀礼用ローブを翻し、ヴァレリウスは広場の中央に設えられた巨大な白亜の演壇へと、ゆっくりと歩を進めていた。

その顔には、彼が長年鏡の前で練習してきた『自信に満ち溢れ、しかしどこか神秘的な憂いを帯びた天才の微笑み』が完璧に貼り付いている。

厚く塗られた白粉が、彼の土気色の顔色を見事に隠し通していた。


(……見ろ。この数万のゴミ共が、すべて私を崇めている)


歓声を全身に浴びながら、ヴァレリウスは内心で歓喜に打ち震えていた。

だが、その優雅な歩みとは裏腹に、彼の肉体はすでに限界をとうに超えていた。

右腕だ。

ローブの長い袖と、漆黒の革手袋で隠された右腕が、もはや『自分の体の一部』として認識できないほどに重く、そして冷たかった。

ホルマリンのような防腐剤と、致死量の麻酔薬を打ち込んだおかげで痛みこそないものの、肉が腐り落ち、骨が軋む嫌な感覚だけが脳髄に直接響いてくる。


さらに、彼を苦しめていたのは『匂い』だった。

彼が全身に浴びるように振り撒いた最高級の薔薇と麝香じゃこうの香水。その強烈で甘ったるい香りは、数メートル離れた群衆ですら「むせ返るほど強い匂いだ」と顔をしかめるほどだった。

だが、ヴァレリウス自身の鼻には、その香水の匂いの奥底から絶え間なく湧き上がってくる、どす黒い『死臭』がこびりついて離れない。

(……大丈夫だ。誰にも気づかれていない。この魔法さえ終われば、私は王室専属魔術師だ。そうすれば……)


彼は左手に握った豪奢な杖を地に突き、白亜の演壇の最上段に立った。

見上げれば、国王が期待に満ちた目で彼を見つめている。

周囲の貴族たちの目には、明らかな嫉妬と、それを上回る畏怖の色が浮かんでいた。

最高の舞台だ。

平民の小僧から奪い取った知識を披露し、自らを神の領域へと押し上げるための、完璧な処刑台。


ヴァレリウスは、左手だけで杖を高く天へと掲げた。

広場を埋め尽くしていた数万の群衆が、息を呑んで静まり返る。

風の音すら消えたような絶対的な静寂の中、ヴァレリウスは高らかに詠唱を始めた。


「――深き源流より出でし、原初の光よ。我が絶対の意志と魔力をもって、此処に顕現せよ!」


彼の左手から、凄まじい量の魔力が渦を巻いて天へと昇っていく。

奪った『魔導書』に記されていた、テオの最高傑作。術者の魂の形を触媒として燃やす、極大の禁忌魔法。


「すべてを浄化する聖なる残り火! 【神聖炎陣しんせいえんじん】!!」


カッ……!!!


ヴァレリウスの叫びと共に、演壇を中心に、広場全体を覆い尽くすほどの巨大な『黄金の魔法陣』が展開された。

空を覆っていた薄雲を吹き飛ばし、まるで王都の真ん中に小さな太陽が降臨したかのような、圧倒的で暴力的なまでの光の奔流。

黄金の炎が幾重にも重なる柱となって天を突き、周囲の空気を震わせる。


「おおおおおおっ……!!」

「なんという美しさだ! まるで神の御業……!」


群衆から、悲鳴にも似た感嘆の声が上がる。あまりの神々しさに、その場に泣き崩れて祈りを捧げ始める者までいた。

国王もまた、身を乗り出してその奇跡の炎に見入っている。


(ははっ……! はははははっ! 見たか! これが私だ! これが天才ヴァレリウスの力だァァッ!!)


圧倒的な全能感に酔いしれ、ヴァレリウスは心の中で絶叫した。

勝った。テオの亡霊にも、右腕の呪いにも、すべてに打ち勝ったのだ。私は今日、この国の歴史に永遠に名を刻む神となった――。


そう確信した、次の瞬間だった。


ジジュッ……。


黄金の光に包まれていたはずの炎の中心部から、水滴が焼け焦げるような、ひどく不吉な音が響いた。

ヴァレリウスの笑顔が、ピクリと引き攣る。


(……え?)


彼の足元から立ち昇っていた黄金の炎が、まるでインクをこぼしたように、急速に『赤黒い色』へと変色し始めたのだ。

美しかった光の柱は、見る見るうちに血のような暗赤色に染まり、やがてヘドロのように粘り気のある『漆黒の炎』へと姿を変えていく。


「な……なんだ? あの色は……?」

「炎の様子がおかしいぞ……? ヴァレリウス様?」


観客たちの歓声が、戸惑いのざわめきへと変わる。

だが、誰よりも戸惑い、そして絶望的な恐怖に突き落とされたのは、他でもないヴァレリウス自身だった。


「な、なぜだ……!? 魔力制御は完璧だったはずだ! 術式にも一切の狂いはない!!」


ヴァレリウスは左手で必死に杖を振り、炎の色を元に戻そうと魔力を注ぎ込む。

しかし、ダメだ。

彼の魔力が注がれれば注がれるほど、炎はより一層黒く、より一層禍々しく燃え上がる。

そして、その漆黒の炎は、熱を持っていなかった。

代わりに、ヴァレリウスの『肉体』と『精神』を、内側からゴリゴリと削り取るような、想像を絶する絶対的な冷たさと激痛をもたらしたのだ。


『――先生、この術式は絶対に完全な状態で起動してはなりません。この魔法は……術者の魂の形を触媒として燃やします』


頭の奥底で、かつて彼が無視したテオの警告文がフラッシュバックする。

『もし術者の精神に少しでも濁りがあれば、炎はコントロールを失い……術者の罪そのものを焼き尽くすまで消えることはありません』


「や、やめろ……! 私は何も罪など犯していない! 私は選ばれた人間だ!!」


ヴァレリウスが叫んだ瞬間。


ブチブチブチィィッ!!


彼の右腕を縛り上げていた、漆黒の革手袋と頑丈な革ベルト、そして何重にも巻かれていた分厚いガーゼが、内側からの異常な膨張に耐えきれず、一気に弾け飛んだ。


「ア……、アァァァッ!?」


隠されていた右腕が、数万人の群衆と国王の前に、ついにその悍ましい全貌を曝け出した。

それは、もはや人間の腕の形を保っていなかった。

どす黒く変色し、黄色い膿をボタボタと滴らせる巨大な肉の塊。

その表面には、数え切れないほどの『テオの指』がびっしりと生え揃い、空を掴むようにウネウネと蠢いている。

そして、膨れ上がった肩口の肉の継ぎ目からは、半分潰れた『テオの顔』が、メリメリと音を立てて外の世界へと競り出してきた。


「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

「ば、化け物だ! ヴァレリウスの腕が、化け物になっているぞォォォッ!!」


最前列にいた群衆から、恐慌状態の悲鳴が上がる。

むせ返るような香水の匂いは、吹き荒れる漆黒の炎によってすべて焼き尽くされ、代わりに、何十日も放置された腐乱死体の強烈な『死臭』が、建国記念広場全体を覆い尽くした。


「ち、違う! これは違うのだ! 私ではない! 何かの罠だ!!」


ヴァレリウスは泣き叫びながら、自身の右腕を左手で引きちぎろうとした。

しかし、テオの顔が埋め込まれた巨大な死肉の腕は、逆にヴァレリウスの首に絡みつき、ギリギリと締め上げ始めた。


『……せんせい……。みんな、みてますよ……。これが、あなたの……ほんとうの……すがた……』


右腕から競り出したテオの口が、パクパクと動き、広場中に響き渡るような気味の悪い声で囁いた。


「黙れ! 黙れえぇぇっ! 私は天才だ! お前のような平民のゴミが思いついた魔法など、私が拾ってやらなければ永遠にガラクタだったのだ!!」


ヴァレリウスの口から、絶対に知られてはならないはずの『真実』が、彼自身の意志とは無関係に次々とこぼれ落ちていく。

漆黒の炎【神聖炎陣】が、彼の魂の奥底に隠蔽されていた罪悪感と真実を、燃料として強制的に燃やし、吐き出させているのだ。


「私が……私が、魔導書を盗んだ! お前が天才だったからだ! 悔しかったからだ! だから崖から突き落として殺した! なぜだ……なぜ私がこんな目に遭わなければならない!!」


スピーカーの魔法を通したかのように、彼の醜悪な自白が数万人の耳に叩き込まれる。

広場は水を打ったように静まり返った。

先ほどまでの彼を崇めるような熱狂は、完全に消え失せていた。

代わりにそこにあったのは、見世物小屋の醜い怪物を眺めるような、圧倒的な『嫌悪』と『軽蔑』の視線だった。


ヴァレリウスは、血走った目でバルコニーの国王を見上げた。

助けてくれ。まだ私はやれる。

そう懇願しようとしたが、国王の目は氷のように冷たかった。王は無言のまま、護衛の騎士たちに守られながら、汚物から顔を背けるようにバルコニーの奥へと消えていった。


周囲の貴族たちも、ハンカチで鼻を押さえながら、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。

「稀代の詐欺師め」

「殺人鬼の化け物が」

「近寄るな、穢らわしい」

彼らの囁きが、鋭いナイフとなってヴァレリウスの精神をメッタ刺しにする。


「あ……あ、あぁ……」


ヴァレリウスの心の中で、何かが完全に砕け散った音がした。

彼が何よりも大切に守り、命を懸けて偽造し続けてきた『名声』。

それが今、数万人の目の前で、史上最悪の詐欺師であり殺人鬼であるという『汚名』へと完全に書き換えられたのだ。

これ以上ない、最も残酷で、最も完璧な公開処刑。


『……ごちそうさまでした……せんせい……』


右腕のテオが、満足げに微笑んだ。

それを合図にするかのように、ヴァレリウスの全身を包み込んでいた漆黒の炎が、一気に牙を剥いた。


「ア、アガァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」


炎がヴァレリウスの『生きた肉体』を喰らい始める。

彼の美しい金髪は一瞬で燃え尽き、顔の皮膚がドロドロに溶け落ちる。

溶けた肉の下からは、彼自身の骨ではなく、無数の『テオの顔』が、まるで福笑いのように歪に張り付いた異形の骨格が姿を現した。

彼が他人の知識を奪って着飾ってきたように、彼の肉体もまた、他人の死体に完全に『乗っ取られた』のだ。


「やめ……たすけ……私は、てんさ……」


ドパァァァァァァンッ!!!


最期の命乞いは、漆黒の炎の巨大な爆発音によって完全に掻き消された。

白亜の演壇が粉々に吹き飛び、広場を覆っていた黒い炎が、嘘のように虚空へと霧散していく。

空を覆っていた分厚い雲の隙間から、一筋の陽光が差し込んだ。


風が吹き抜け、死臭がゆっくりと薄れていく。

数万の群衆が呆然と立ち尽くす中。

崩れ落ちた演壇の跡地には、天才魔術師・ヴァレリウスの姿は欠片も残っていなかった。


ただ一つ。

焼け焦げた石畳の中央に、一冊の古い『魔導書』だけが、誰の血も浴びていない無傷の状態で、静かに、そして誇り高く横たわっていた——。

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