54話
旅行や花火大会など、満喫した夏休みは終わり、二学期が始まった。
楽しく遊びまくった夏を過ごしたが、もちろん学業である『宿題』もこなしたよ?
まあ、昨日、姫輝に怒られ、泣きながらやっと終わらせたわけなのだが……。
夏休み明けのせいか、気の抜けたまま、あっという間に放課後になり、帰り際に比那田さんたちと挨拶を交わし教室を出た。
旅行以来、比那田さんたちとは仲良くして貰っている。なので、三人にはお土産も買った。庶民感覚のしょぼいキーホルダーだけど。
以前より使えるお金があるとはいえ、金銭感覚はそのままを維持するように心がけている。バグった状態にすると、元に戻ってからが怖いしね。
姫輝と一緒に帰り、いつものところで別れて帰宅した。
まだ、夏休みの余韻が残っているのか、あたしは浮足立っていた。そのせいか、物理的にも足が浮いた……わけではなく、階段で足を滑らせ視界が回った。
(あ、落ちたわ……)
どのくらい時間が経ったのであろう?
身体の痛みで目を覚ます。
「……見慣れない天井……じゃない!!」
あたしは見慣れた天井に驚き、上体を持ち上げた。身体のあちこちで痛みを思い出したが、怪我とかはないようなのでほっとした。
あたしが驚いた原因の見慣れた天井の正体。それは藪垣家。あたしの家である!
慌てて洗面台へと駆けだした。
勢いよく鏡を覗き込む。
「あ、あたしだ! 藪垣梨琴! 元に戻れたんだ!」
嬉しさに浮かれるのもつかの間。
(いや、待てよ? あたしは階段の下で倒れていたよね? え~っと? つまり、あたしと姫輝が同時に階段から落ちて、元に戻ったってこと?)
そこで、ざわざわと胸騒ぎがする。
あたしは軽い打ち身程度で済んだ。あたしが今まで入っていた姫輝の身体はどうなった?
自分が派手に階段から落ちたことを思い出し、慌てて藪垣家を飛び出して電車に乗り込み、雉子島家に向かった。
***
雉子島家に辿り着くと、すぐさま玄関のドアを開けようとした。しかし、鍵がかかっている。
うっかり、今まで通りに雉子島家に入ろうとしてしまった。
インターホンへと戻り、ボタンを押す。
しばらくすると悠橙先輩の声が聞こえてきた。
「はい」
「あ、あの……」
喉から続きの言葉が出てこない。
今まで、あたしは姫輝として悠橙先輩と接してきた。今のあたしはどう接すればいいんだ? 姫輝はどうしていたっけ?
幸いなことに悠橙先輩の方から「ああ、梨琴ちゃん。いらっしゃい」と声をかけてくれて、家の中に上がらせて貰った。
玄関を上がると、姫輝の部屋へと繋がる階段を見つめる。
「に~……じゃなくて、悠橙先輩! 姫輝は大丈夫ですか?」
「梨琴ちゃん……いや、何でもない」
どこか照れくさそうな表情で、続きを話す。
「姫輝は階段から足を滑らせたみたいだけど、怪我はしていないよ」
あたしはほっと息を吐き出し、今更ながらに思い出す。
「あ、お、お邪魔します」
逃げるように階段をトントンと上り、姫輝の部屋に立つ。
なんとなくドアを開けるのが怖くて、恐る恐るドアノブに手をかけると、そっとドアを開いた。
***
室内では、あたしに気づいていない姫輝がベッドに座り、テディベアのぬいぐるみを抱えて、微笑んでいる。いや、にんまりしていると言う方が正しいか。
そりゃあそうだよね。元に戻れたことだし。お土産のテディベアを気に入って貰えたようで何よりだ。
「ふぅ~」
姫輝の元気そうな姿に安堵して、ドアを全開に開いて室内へと足を踏み入れた。
その段階であたしに気づいた姫輝はと言うと……
「え? 梨琴さん?」
そう言葉を発するや否や、まさにダバーっと涙を流した。
テディベアを脇に置いて、あたしの胸に飛び込んできた。
「私達、戻れましたわ!」
凄く嬉しそうである。
あたしは? と問われると微妙である。
悠橙先輩との新婚生活が終わってしまった。
いや、結婚していたわけではないが、苗字が一緒になっていたわけだし、実質、結婚していたと言っても過言ではないのでは?
泣いている姫輝を落ち着かせ、とりあえず事情聴取を始める。
「あたしが元に戻った時、階段の下だったのだけど、姫輝ももしかして階段から落ちた?」
「ええ、そうですわ。私も階段から落ちて、気がついたら雉子島家の階段の下にいました」
あたしは刑事、もしくは探偵のように推理をする。いや、例え一般人役をやったとしても、誰の目からも明らかだろうが、『二人同時に階段から落ちた』というのが、元に戻った原因なのであろう。どういう仕組みなのかは謎だけど。
腕組しながらそんなことを考えていると、なにやら姫輝がもじもじし始めた。
「姫輝? どうしたの? なんか視線が泳いでいるよ?」
名探偵であるあたしを誤魔化すことはできない。追及をすると、両手の人差し指を合わせながら白状した。
「あのですね……怒らないで聞いて貰えますか?」
「え~っと……内容によるかな?」
「そこは怒らないと言って下さい!」
姫輝の必死さに、飽きれて一呼吸してため息を吐いた。
「わかったわかった。それで何?」
「に~にに、入れ替わっていたことを話しちゃいました」
そんな言葉を、片目を瞑り「てへぺろ」的な感じで言ってきた。
「は、はぁ!? 元に戻ったんだから、わざわざ言うことないじゃん!」
「い、いや、嬉しさのあまりつい……」
「……」
言葉にならない。まあ、言ってしまったことは仕方がない。それを責めても過ぎたことは変わらないのだから。
「許してニャン」
猫真似して、語尾をつけてきた。先ほどの「てへぺろ」的な感じもおかしい。まさか!?
姫輝を指差す。人差し指を震わせながら、口を開く。
「まさかとは思うけど、藪垣家で梨琴としてそういう演技をしていたわけではないよね?」
「? ええ、梨琴さんならこんな感じだと思いまして。少し癖になってしまっていたようですわね」
「姫輝の中でのあたしって、そんな感じ!?」
元に戻り、これから実の家族と会えるというのに、そんな目で見られるという恐怖に駆られる。
そんなことすら吹き飛ぶことが頭をよぎり、重大なことに気づいた。心の中で叫んだ。
『悠橙先輩が照れ臭そうにしていたのは、姫輝が暴露したせいか!』
おお……この世に神がいるならば、なかったことにしてほしい。次に顔を合わせる時に、どんな顔をして接すればいいのか分からないよ……。
***
現実は無情である。
『次に顔を合わせる』はすぐに訪れた。
突然、部屋のドアがノックされた。
「ああ、あたしが余計なフラグを立てたか……」と気落ちしていると、部屋のドアが開かれた。当然、その人物は悠橙先輩である。パパさんママさんは留守だったしね。
いつものあたしなら「悠橙先輩、飲み物を持ってきてくれて優し~い!」くらいのノリなのだが、今はあたしが犯人側になった気分である。視線を合わせられない。
「飲み物を持ってきたよ。どうぞ」
そういうと、コップがコトリとテーブルに置かれた。
流石にお礼は言わないわけにはいかない。きちんと顔を見てね!
あたしは悠橙先輩に視線を向ける。お互いに頬を染め、ぎこちない。
「あ、ありがとうございます」
その言葉の返事として、にこりとぎこちない笑顔を返してくれた。
あたしは耐え切れずに、立ち上がり自首した。
「すみませんすみませんすみません!」
上体を綺麗に角度90度で謝罪した。
目を泳がせながら、必死な説明を開始する。
「身体が入れ替わっていたのを黙っていてすみませんでした! でも、話すと問題があるかと思って黙っていました! 騙したみたいですみません! いや、実際には騙していたのですが……」
夢なら醒めて欲しい。どんな悪夢よ?
冷や汗流しながら俯いた。
「いや、俺も同じ立場だったらそうしていたよ。他人に話しても、信じて貰えそうもないしね」
その言葉に反応して顔を上げる。
「え……じゃあ、悠橙先輩は信じてない……?」
あたしの言葉に悠橙先輩は首を横に振った。
「いや、信じるよ。なんか姫輝……いや、梨琴ちゃんか。以前の姫輝と様子が違ったからね」
「あ~、そうですか……」
信用されて嬉しいのか、あたしの大根役者っぷりに嘆けばいいのか分からん。
複雑な心境なあたしに、嬉しい声がかかる。
「いつでも遊びに来てね」
その言葉にあたしは目を輝かせる。おや? もしかして、ハッピーエンドルート?
「梨琴ちゃんも俺の妹みたいな感じになったし」
衝撃を受けて、あたしは内心で膝から崩れ落ちる。物理的にではなく、あくまでも内心である。
引き攣った表情でなんとか返事を返す。
「え、ええ、今後も遊びに来ます……」
恋が芽生えると思ったら、家族関係みたいになってしまった。
悠橙先輩が部屋を出た後、あたしは取り乱し、姫輝は肩を叩いて慰めてくれた。
いつも読んで頂きありがとうございます。
やっと入れ替わりから元に戻れた梨琴と姫輝。
投稿前に読み返し、姫輝が演じていた梨琴のことを見たら、自身で書いたのに吹き出しました(笑)。
次がラストです。




