第79話 灰白色の虚しき闘争 ᚱᛖᛞχᚷᚱᛖᛖᚾχᛒᛚᚢᛖ
戦之女神の聖地、ロッギオネのアディスティラに潜入する事実を弟子達に教えずに出向いた暗黒神ヴァイロ・カノン・アルベェリア。
同棲者のリンネのみならず、全ての弟子達に『偽られた』と見透かされる寂しさを当人の知らぬ間に抱かせていた。
特に乙女の愛を傾けたリンネとミリアの哀しみと切なさが募りゆく。愛故にどんな疚しき事柄も、自分だけにはすべからく打ち明けて欲しかった乙女達の強欲。
降りしきる雨の最中、『人の足音なのに魂の躍動を感じない』何とも不気味な得体の知れない者達に囲まれた現実だけに気づいたヴァイロ達。
「なんであの子達に内緒で来たのよ? どうせ直ぐにバレるんじゃないの?」
背中に冷たい雨粒と共に緊張が走る中、約150歳のハイエルフのニイナ、少女の出で立ちと甲高い声を扱い、疑問を交えた文句をヴァイロに小声で垂れた。
「こんな時に一体何だ?」
「こんな時だからこそじゃないの」
告げたい言葉を洗い浚い譲らずに抉るニイナ。後には退かずにヴァイロの男の部分に投げ掛けた乙女の訴え。
ニイナから受けた指摘は、ヴァイロに取って口にするのを憚れる内容。周囲に対する警戒を続けたまま文句に愚を返すも、さらに重ねられた憂鬱に表情が曇りゆく。
少女の様な出で立ちとは裏腹なるニイナの口ぶり。『なんであの子達に内緒で来たのよ?』この台詞には、あらゆる感情が隠れているのをヴァイロとて知っていた。
──なんで黒い神竜なんかに身代わりを任せて、然もその事を誰にも言わずに敵地まで攻め入るのよ!?
ニイナの隠れた本音、痛い脇腹を抉るだけでは終らなかった。ヴァイロ自身の考えを全否定した魂を潰す台詞なのだ。
「お、俺はもう誰も巻き込みたくないんだ……特に俺の子供達には!」
赤い目を皺が寄るまでギュッと瞑るヴァイロの言い分。
自分よりも大切な弟子達が次々に白銀の女神と白い神竜に消され逝く悪夢。正夢には決してしたくないから故に、自分の影に命を与えノヴァンを錬成した。
されど軍備を増強すればする程、戦乱の渦は愛する子供達を巻き込む必然を止められなかったヴァイロの苛立ち。
『カノンを世界の必要悪にする』
亜人族をこよなく愛する異端の貴族『バンデ』からの歓迎を受けるまでもなく、真実のヴァイロは、粗方を見抜いていた。
ザンッ……!
雨音を踏み潰してヴァイロより前に出たハイエルフの少年のレイチの覚悟。『貴方の為ではない。あくまで自分達の女主人シアンの言いつけを守る』そんな想いを体現する。
「子供……貴方様の弟子達はそんなに子供なのでしょうか?」
「何ぃ?」
さらに緊張感の昂ぶる最中、レイチが両手に握るナイフよりも研いだ糾弾の言葉。白い顔色ひとつ変えずに言い放ち、どっちつかずの灰色に揺らぐ暗黒神の眉を顰めさせた。
「それでも俺はぁ! ──『紅色の蜃気楼』!」
20代後半の割には少し甘ったれた考えが奥に潜むヴァイロ。
カノンとロッギオネ、国家間の争いに転じてから久しいにも関わらず、自身だけでこの虚しき闘争の行方を決めたい大言壮語を吐いた。
雨中の空に手を翳して赤霧に沈む愛刀を手の中に現界させた大声。
既に何者かに気取られ囲まれているのだ。いっそ自分だけに降り注げ。レイチとニイナがこれ迄に成した隠密ぶりを敢えて台無しにした。
「「ガァァッ!」」
ヴァイロの叫びに炙り出された敵の群れ、群れ。雨に濡れた石畳の地面を二本脚で蹴り飛ばし、四方八方から黒の神様を目掛け一斉に襲撃を開始した。
「こ、これは!」
普段は冷徹な暗殺者の如きナイフを振るうレイチが敵兵達の姿に鋭い目を見開く動転。
確かに人類ではなかった敵。全身が白、目だけが青い。──がっ、それはいい。
戦之女神軍は、元来から純白を揃えた兵だ。
但し口が蜥蜴の様に顎まで割け、鮫の様な牙を並べている。然も爬虫類に近しい長い尾を腰に伸ばしていた。
「白い神竜の兵士!」
レイチの台詞を継いだニイナが下した敵の正体。人類よりも一回り巨躯な白い躰を持った二足歩行の白い竜達。差し詰め『白竜兵』と云った処か。
「ハァァァッ!」
三日月の様に湾曲した剣を振り上げヴァイロに飛び掛かった初見の敵兵共。
カノンの神に楯突く無礼な輩を一挙に斬り伏せるべく、紅色の蜃気楼を鞭の様に伸ばした一振り。
ズバァァッ!
初出陣の白竜兵二騎をまとめて叩き斬った殺気の刃。赤霧を伸ばした剣は、着実に初陣の人ならざる兵共に届いた──誰の目にもそう映った。
「ガァァァッ!」
「な、何だと!?」
赤い目を瞠目に転じたヴァイロ。
白銀の女神が住む都に降りしきる雨を血の赤に変えたかに思えたヴァイロ達の茫然自失。白竜兵達が裂かれた血の色ではなく、彼等が口から吐いた炎に転じた。
「い、いけないッ! 下がってください!」
人の殺気を斬るヴァイロの剣が通じない相手だと確信を持ったレイチ。いきり立つただの魔導士に堕ちた男の前に盾として立ち塞がる。
ナイフ二刀流の小柄なレイチ。素早く敵の懐に潜り込んで喉元を掻き斬るのが彼の真骨頂。
然しそのやり口は、敵の隙に付け込む斬り込みが必須なのだ。この様に迎え撃つ戦い方、実は不得意。
ビュッ! ビュッビュッ!
されどもレイチは独りではない。
彼とコンビを組む頼れるツーマンセル、ニイナの撃ち込む矢尻が最後方から飛び込む。初めて相まみえる敵陣に対し、レイチの代理で白竜兵共の首元や目を狙った。
戦之女神の神竜シグノに似せた白の兵士達。依って白鳥の様な鱗も健在。ニイナの飛ばした弓矢、有効打に至れた分は極僅か。大抵が弾かれる。
ブンッ! ブンッブンッ!
だがそれで構わないのだ。ニイナの放った矢尻が牽制射撃の役割を着実に果たす。
今度こそ暗殺者レイチの面目躍如。踊る様に飛び出し人を模した竜共の首根を見事に斬り裂いた。
──おかしい? この連中は絶対に変だよ?
頼れるレイチの奮闘ぶりは通常営業、真顔でさらなる弓矢を引き絞るニイナの脳裏に浮かんだ疑問符。
戦之女神は美しき者がお好み。これは性癖の話ではない。白銀の女神が率いる兵士は白い竜以外、これ迄は綺麗処を揃えていた。
戦之女神に付き従う最大手は一番弟子の賢士、遊女の様な出で立ちのルオラ。修道騎士総長に伸し上がったレイシャ。そして最高司祭のグラリトオーレ、何れも美女ばかり。
然もつい今しがた、戦之女神に仕える人間達から『耳長族をエディウス様は嫌う』と聞き及んだばかりなのだ。
シグノの系統──そう言えば聞こえはいいがニイナは、争いながらも小さな首を傾げていた。
こんな悍ましき化物達を、あの美麗な白銀の少女が好んで徴用するとは思えなかった。




