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幻影と白幻を抱いた神々の英雄譚 —Saga "Vairo" et "Edius"—  作者: 狼駄
第7章 闇を背負いし覚悟 ーᚱᛖᛉᛟᛚᚠ ᛁᚾ ᛞᚨᚱᚲᚾᛖᛊー
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第78話 白に沈んだ天竺葵(ゼラニウム) ❀ᚷᛖᚱᚨᚾᛁᚢ⚘

 カノンの暗黒神、ヴァイロ・カノン・アルベェリア御自(おんみずか)ら敵の本拠地、ロッギオネに出向いた最中。

 彼の愛弟子の中で連れはおろか、直接言伝(ことづて)された者は独りもいない。孤独(こどく)な黒い影を落とす魔導士に(したが)う者達。戦の天秤(てんびん)シアン・ノイン・ロッソの付き人、ハイエルフの子供を()()レイチとニイナのみ。


 但し同棲(どうせい)の愛を(かたむ)けるリンネだけは、現在自分と同じ屋根の下に居る存在が()()──黒い神竜ノヴァンの化けた姿だと見抜いた。

 リンネは同刻、()()はレアット・アルベェラータ(ウィニゲスタ)を救出に向かったのだと勝手にも断定したのだ。それをノヴァンとて否定出来なかった。


 その後、リンネは亜人達(デミヒューマン)をカノンに受け入れる任務をシアンと共に遂行(すいこう)していたヴァイロの一番弟子アギドに声を掛けた。


「なんだ、()()()()()のか?」


 リンネが黒い神竜(ノヴァン)を影武者にしていた事実をアギドに打ち明けた直後、ぬけぬけと知れ者顔でアギドは返し、リンネを唖然(あぜん)とさせ、緑の瞳を泳がせた。


 けれどもアギド、即時に失言だったと(さと)る。

 ()弟子ミリア・アルベェリアと一夜限りの(あわ)関係(契り)を交したアギド少年。人の温かみを知らぬただの冷徹(れいてつ)な男子を卒業しつつあったのだ。


「す、済まない。俺はちょっと訳ありでな。そういうのは、他人(ひと)よりも鼻が利くんだ」


 アギド、眼鏡越しの()()()()視線を姉貴分リンネから()らし、やはり()()()()く不器用な謝意(しゃい)を伝えた。


「そ、そっか……い、いや。こっちこそごめん。置いてきぼりを食らってアンタも腹が立ったよな」


 普段ヴァイロの魔道を受け継ぐ弟子達との間を取り持つリンネ。女子とは思えぬ相変わらずの無愛想(ぶあいそう)な口調。

 一番弟子、暗黒神(ヴァイロ)の書いた魔導書を全部行使(こうし)出来ると日頃から高飛車(たかびしゃ)気取(きど)るアギドにリンネは、心痛を感じていないか探りを入れてみた。


「いや……それに関しては俺、一切口を(はさ)むつもりはないんだ。嘘じゃない」


 (てのひら)を広げ、リンネからの煽動(せんどう)に全く動じず、師匠(ヴァイロ)の言いつけを忠実(ちゅうじつ)に果たす宣言をリンネに投じたアギド。


「え、そか。アギドって強いんだ……ね。わ、私なんか…もぅ、今度彼奴(ヴァイ)とどんな顔をして会えば良いのか……」


 リンネはアギドからの同意──ヴァイロから裏切りを受けた気分(ショック)を互いに分け合える想いがあったのだ。

 されどアギドのぶれない信念に心を打たれ、ショルダーカットで(さら)した胸上に、濡れた熱い()(こぼ)し始めた。白一色の服装に涙が()み入り、人に見せられぬ危うい姿に移り変わる。


「り、リンネ……!」


 慟哭(どうこく)に転じ始めたリンネ。普段頼れる姉貴分の涙相手に、どう接するのが正解なのか。途端(とたん)戸惑(とまど)い始めたアギド。この辺りは、未だに少年の動揺(どうよう)に支配される心の弱さが露呈(ろてい)した。


 あれ程までに『ヴァイ』に心酔(しんすい)していたリンネ。

 暗黒神、師匠、兄貴分……普段そうした態度で接してきたアギド。泣き(わめ)くリンネに、ハンカチひとつ渡せる余裕(欠片)さえ残っていなかった。


「リンネ? アギドも一体どうしたのでございますか?」


「あッ! アギド手前(てんめえ)……! ()()()()()泣かしたのかよッ!」


 いつも通りの『ございます』口調。14歳とは思えない(あで)やかさを灰色のワンピースで少しでも(つつ)ましやかに落とすミリアの声掛け。オレンジ色の瞳がアギドとリンネに刺さる。


 最年少、13歳に至れた紅の魔導士アズールが兄弟子アギドを指差し激しく言及(げんきゅう)

 信頼していた兄弟子。アズールが(はかな)い恋心を抱いていたミリアの次は、リンネとの怪しき雰囲気(やり取り)を目の当たりすれば、勘違(かんちが)いが()き起こった処で仕方がない。


「リンネ……」


 怪訝(けげん)な顔持ちながらも同性のよしみを発揮(はっき)したミリアが自分の黒マントを恋敵(ライバル)リンネに貸す心遣(こころづか)いをみせた。


 ミリアに取って、(かつ)()()()から()()()()したいわば愛する漢の匂いが沁み込んだマント。


 あろうことかリンネ(ライバル)の香りで()()()せねばならない辛みを、どうにか表に出さない様に、地面を踏みしめる悔しさに(てっ)した。


「やいコラッ、アギド!」

「アズ、少し黙ってて頂戴(ちょうだい)。……リンネ、一体何があったのですか?」


 正義感の(火種)煌々(こうこう)と燃やして兄弟子(アギド)に詰め寄ろうと(せま)るアズールを、ただの一喝(いっかつ)で制したミリア。困り果てたアギドと(わず)かに視線を交した後、仲介役(ちゅうかいやく)を名乗り出た。


 ミリアは、アギドの無愛想ぶりと取り乱すリンネを見やり、自分にしかこの場を取り持つ事は出来ないと確信したのだ。

 この中の最年長であるリンネですらまだ16。少年少女の枠組み、ましてや男子と女子のこうした役回りなら、女の子の方が大抵一日の(ちょう)が在るものだ。


 女の愛情──?

 そんな御大層(ごたいそう)なものではない。人通り(まば)らなカノンとはいえ、年頃の女の子が町中で泣き(わめ)いているのだ。放っておける訳がなかった。


「み、ミリア? ご、ごめ……!」

「良いですから……先ずは、これで涙を()いてくださいな」


 幼女の様に小さな体を揺らして泣くリンネの背中を、(さす)りながらハンカチを渡すミリアの気遣(きづか)いが続く。

 とにかくリンネの話を聞かねば何も始まらない。女子の悩みは、話を聞き出す事が全てといっても過言(かごん)ではない。


 だけども先ずは泣き止んで貰わないと話にならない。

 偶然にもリンネ初めての夜を月灯りの内に目撃したミリア。あの(とき)、独りで枕を()らした自分がまさかリンネを(なぐさ)める役回りを()()()とは思いも寄らなかった。


 ミリアがリンネの手を取り、少しでも木陰(こかげ)の深い場所へ連れ出す。見つけた切り株に思わず安堵(あんど)の色を浮かべ、リンネを優しく導き座らせた。


 ポンッ……!


「リンネ、どうか落ち着いてください。ゆっくりで良い……何があったかお話出来ますか?」


 震えるリンネの両肩に手を置いたミリア。それでも落着きが戻らぬリンネ、見兼(みか)ねたミリアがリンネの肩を抱く何とも珍しき絵面(えづら)が浮かび上がる。


 顔を見合わせたアギドとアズール、リンネとミリアの()()()

 以前、レアット相手にヴァイロの御指名で止む無く共闘した二人の女子。こうして抱き合うのを見た者はいなかった。性に不謹慎(ふきんしん)な男子同士、その(とうと)()()に思わず見惚(みほ)れ、顔を赤らめた。


「う、うん……あ、あの……あのね……」


 未だぐずるリンネの翠眼(すいがん)を真っ直ぐ見つめるミリア。残った涙を(ぬぐ)ってやる慈愛(じあい)。表面上しかなかったミリアの優しみがやがて転化をし始める。


『誰が(しゃべ)るもんか、だけど察しの良いアギド辺りは、いずれ気づく』


 ヴァイロに成りすましていたノヴァン相手にそんな誓いを立てていたリンネ。思いがけないミリアの優しさに触れ、封じてた心が紐解(ひもとか)かれるのを止められなかった。


 リンネの(つたな)い言い回し。いよいよ女児を相手にしている感覚。『どうせヴァイと何かあったのよ。だけど(いく)ら何でもこれはおかしい』同じ男を愛する者同士の興味が首を(もた)げた。


「ヴァイ……ヴァイが私に、う、()をついていた…の…よ」

「え? ()()()()()?」


 愛を焦がした相手から『嘘』をつかれていた。未だ大泣きした余韻(よいん)を引き()るリンネがどうにか伝えた、たった一言。

 驚きに揺れたミリア、遂に敬語を(そこ)ねた素顔を重ねた。


 愛する男の嘘──。

 聴いた瞬間、ミリアの顔色が滝に打たれた様に移り変わる。女子特有の正義感にすげ替わった。

 こうなると嘘偽り(うそいつわり)是非(ぜひ)は、最早問わない。


 然もそれがこれ迄長い間、ノヴァンを替え玉にしていた挙句(あげく)の果て。自分達に内緒で独り、ヴァイロがエディウス(囚われのレアット)の元へ走ったのを聞いたミリア。

 リンネを仕方なく(なぐさ)めるつもりでいたミリアの心根が完全にぐらつく。()()()()()()を再び抱き寄せ、共に涙ぐむ女の友情に走り往く自分を止められなかった。

挿絵(By みてみん)

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