第80話 無謀な野性 ≠ ᚹᛁᛚᛞᚾᛖᛊᛊ ≠
レアット・アルベェラータを救出するべく弟子達に一言さえ告げずに戦之女神の聖地、アディスティラに向かった暗黒神ヴァイロ・カノン・アルベェリアを待ち受けていた異端。
それは白銀の女神が錬成した白い竜シグノに姿を寄せた、竜と人を混ぜた人ならざる白竜兵であった。
人の殺気を獲らえて斬る愛刀『紅色の蜃気楼』を振るうヴァイロであったが人類種でなかった彼等には全く通じなかった。
剣が使えずただの魔導士に堕ちたヴァイロの代わりに、剣と矢を以て敵兵達と交えたのは戦の天秤シアン・ノイン・ロッソの懐刀。
ハイエルフの少年、レイチのナイフによる二刀流と、敵を牽制する役目を買って出たニイナ。
そのニイナが敵に感じた不審。可憐な者だけを使役する戦之女神が扱うには余りにも醜い白竜兵の存在意義。何より暗黒の神を迎え撃つには敵が惰弱過ぎた。
「コン・ゲラレイド・イズマ……北欧の誇り高き霜の狼達に告ぐ! 暗黒神ヴァイロの名の元に、かの者達へ氷の刃を降らせよ──『氷血の牙』!」
紅色の蜃気楼の力で赤い霧に化け、身を潜めていたヴァイロが実体化。レイチとニイナに稼いで貰った時間を使い成した詠唱術。
篠突く雨を氷の刃と化し、自分達を囲う白竜の兵達に降り注ぐ。重力に吊られる豪雨が神に逆らう不届きな輩に牙を剥いた。
「グギャッ!? アギャァッ!」
無数に降る氷にその身を次々と刺され白の都と自分達を包む躰を赤一色に塗り潰し倒れてゆく白竜兵達。人ならざる絶叫を上げた。
「何だ? もう終わりか、あっけなさ過ぎ……!?」
黒のテンガロンハットを揺らして白竜兵の弱さへ嘲笑を向けようとしたヴァイロの赤い瞳が見開かれる。
散ったかに思えた敵兵達がその身を震わせながら再び立ち上がり始めたのだ。その足掻き、不死の亡者を思わせた。
グシャッ!
醜さを極めた化物を亡骸に戻す。踏み潰した白き鎧。白の長髪、白亜の象徴。この者、やがて圧倒的な黒に沈む。今は進化の過程、現状は彼女に取っての白亜紀。
「フフッ……雨の中、暗黒神が御自ら出陣とは、これは痛み入る」
豪雨が街の石畳を打ち鳴らす最中でも、澄み渡る白に総てを帰す女性の声。ヴァイロから奪い取った嘲笑を混じらせた。
「「……!」」
「戦之女神ゥッ!」
雑兵に等しき白竜兵を相手にしていたレイチとニイナの背中に走る戦慄。紛う事なき敵の女神。
ヴァイロが絶叫、隠密行動を完全に放棄し、仇の名を声で叩いた。
「此奴等は一体なんだッ!」
「下らん事を聞く……。我が白き竜シグノの錬成から生じた云わば塵。散った羽根が勝手に歩き出しただけの事。宇宙の小惑星が地上に降れば凶器に転ずるのと同じ、取るに足らん連中だ」
戦之女神を呼ぶ声全てに棘があるヴァイロの怒号。
白銀の女神、シグノを彷彿させる自らの兵を塵と一笑に伏した。
「ご、塵だと!? そ、それよりレアットを返して貰うぞぉッ!」
「返すぅ? これはまた異な事を。奪ったつもりはない。寧ろ拾ってやったのだ。あのラファン山中での騒乱から我らが掬い上げた」
180cm近い身長と年齢20代後半のヴァイロが告げる台詞が全部狼狽えから生じる罵声に聞こえる。
相対する戦之女神──少女の様な出で立ちで在りながら、神格の強さがヴァイロよりも上であるのを示す余力に満ち溢れていた。
「正直に返る事だ人間。戦争で仲間達に傷が付くのが我慢ならずに我を独りで殺しに来た……違うか?」
暗黒神を名乗るヴァイロを指し『人間』と揶揄する戦之女神。されども戦之女神、男の神の器を欲している者。煽動を以て本音を霧に包む。
「だったら何だぁッ! ──『紅色の蜃気楼』!」
浅はかな図星を打ち抜かれたヴァイロが左手を雨中に翳し愛刀の名を叫ぶ召喚。言葉の端々に覗かす焦り。左手に集まる赤霧が左右歪な赤の大剣を具現化させた。
キャシャァァンッ!
剣と剣、黒と白が交わる音が神の都に轟く。
「そうだ戦之女神! 俺は本気だッ! 今こそ此処で貴様を討つッ! 例え刺し違えてでも!」
紅色の蜃気楼を上から戦之女神めがけ叩きつけたヴァイロの拙い剣術。
「ククッ! 剣が鳴いているぞ。まるで怯えた子供の様、素人の剣だ」
下方より愛刀『竜之牙』で受けて立つ戦之女神。下に居ながら着実なる強者の証を嗤いで伝えた。
「……!」
「──ッ!」
レイチとニイナ──。
人類種を超えたハイエルフの二人が二柱の争いに割って入るヴァイロへの救援の時合を失う舌打ち。
「魔法剣士ヴァイロよ、良き事を教えてやろうぞ。我は貴様の器を欲している。我に差し出すのであれば貴様の可愛い子供達の命は獲らぬ。安堵を授けてやろうぞ」
やはり神の座を否定した上で神格の差をヴァイロに見せつける白銀の少女の白い歯。
これは彼女の真実、敢えて晒した本音を煽りに変えた巧みな語り。
「ば、馬鹿にしやがってぇッ!! 誰がお前の言う事など信じるものかァッ!」
──クソッ! 何故だッ! 何故動かんッ!
交えた紅色の蜃気楼の圧と殺気を強めるヴァイロの刃が石像の如く固まった。例え敵の躰に刃が直に触れずとも、殺気の強さで斬れる剣が通じない。
戦之女神がヴァイロの地元カノンへ攻め入った折、戦之女神が振り下ろした剣を受け留めただけにも関わらず『俺の殺気勝ちだ』だと斬り払えたのだ。
「フフッ……迷いがある剣だ。我の中に眠る護りの女神はやはり斬れぬか。所詮貴様はファウナの従属に過ぎん!」
戦之女神は、暗黒神ヴァイロの呪文と同じ『爆炎』等を無詠唱で扱った。
然もヴァイロの弟子達の中で最も爆炎系に優れたアズールをして『俺の爆炎より優れていた』と舌打ちをさせた。
戦之女神の中には、ヴァイロが神の契りを結んだ護りの女神が潜んでいるのは確定事項。契約毎、斬り裂かねばならぬのだ。
「ば、馬鹿なッ! 俺は例え師ファウナに逆らってでも弟子達を必ず救うと誓ったッ!」
ヴァイロの魂に次々と浮かぶ顔──。
冷静さと少年の脆さを併せ持つ一番弟子のアギド。
守り長けながらも恋に揺るんだ美少女ミリア。
真っ直ぐな爆炎を放つ赤の体現者アズール。
そして──ヴァイロが同棲の愛を燃やす竜の音色──リンネ。
支え、支えられた弟子達の命を必ず護り抜く。例え悪に沈んでも。ヴァイロの信念、他人に折られても、自ら折れる道理がない。
「ウラァァッ!」
ガツンッ!
紅色の蜃気楼と竜之剣。
交差する意志を同刻に叩いて弾いた鈍。タイキを一切帯びていない純粋な打撃。白と黒、両方の神をも吹き飛ばす理を超えた圧倒する野心。
「アアッ!? 何ちんたらやってやがんだ俺達の神様ァッ! 餓鬼の喧嘩にもなってねぇぞッ!」
暗黒神ヴァイロと戦之女神の両者を叩いて離した漢。曲がらぬ剛勇を以て、揺れるヴァイロに吼えた。
「レアット!? お前!」
赤い瞳を開いたヴァイロの瞠目。『生きていたのか!?』救出に来た相手へ愚かを吐きそうになった。
「アアッ!? 勝手に殺すなァッ!」
愚直を信条とする漢、レアット・アルベェラータが闇落ちし掛けたヴァイロの心を見透かす勝手に継いだ台詞。
「ククッ……来たか大気の男、レアット・ウィニゲスタ」
此方も自身の創った夢幻に揺れるエディウス。過去の記憶──友人の異能者の名に縋る。
「へッ! こんな楽しい喧嘩を黙って見過ごせるかってんだァッ!」
神格、正義、悪、主義、理由──。総て吐き捨てた蛮勇レアット。白黒の両天秤のど真ん中を叩き割る快男児、見参!




