第67話 私達も最後まで戦い抜くよっ!
ヴァイロの心情でこれはもう戦争の体を成していないようなことを述べた。
実際エディウス軍に関しては、これはもう的を射すぎている。エターナこそ正当なる女神という現状だけで、既に大半の司祭達は、どう身を立てるべきか分からず彷徨い始めた。
さらにエディウスが、トリルというただの娘と化し、我こそ絶対と一人振舞うが、姿は敵であった筈の青い髪の少年。
これがマーダと名乗りを上げた時点でエディウス兵は、何を信じたら良いのか判らない。
宗教とは何を放っても絶対の存在があるからこそ、信じる者は救われる………気がするものだ。
信仰を失った人間ほど脆い存在はない。彼等のほとんどが、もう正義を見失っていた。
そんな最中、黒い二刀の修道騎士レイシャと、双子の弟である賢士レイジは全く何も見失っていないがごとく、シアンとレイチを相手に奮戦している。
当然この二人も少々離れているとはいえ、信じる神が失われたことを理解している筈なのだ。
「お前、あそこまで成り果てた自身の神に思う所はないのかっ!」
「はっ………? エディーは、生きているが?」
シアンの方が余程この状況に困惑し、槍が鈍りそうなのだが、レイシャの機敏さが全く損なわれないので、引っ張られながら何とか戦い続けていられる。
「我が主様は生きているのよ。私はそれだけで戦える………」
「成程……もう何も言うまい。では、そちらの弟はどうだ?」
「貴女、槍より口が達者な方? 僕は姉に従うだけです」
これがレイシャなりの忠義らしい。一本気で実に判りやすい。賢明である筈の弟はどうだ? こちらも顔色変えずに穏やかに答えるだけだ。
自身が掛けた戦乙女と、アズールの攻撃力強化の恩恵で最早全身凶器と化したレイチを相手に、心之剣で互角に渡り合う賢士レイジ。
実はレイチの激しい二刀ナイフの応酬によって、他の術を使う間を貰えていないという事情も正直ある。
しかし、ルオラもそうであったが、賢士は剣士としても前線に立てることで一端になれるようだ。
◇
再び暗黒神と青い髪の少年の宙を舞い続ける戦いに戻る。
「貴様は大体何がしたかった? 俺達と初めてやり合った2年前のあの日から……」
「………判らんのか?」
「だから聞いているっ! いつでも俺達を殺れた筈だっ!」
相変わらず舌戦を繰り広げつつ、剣を叩き込むことを決して止めようとしない二人。勢いだけならヴァイロ優勢だが、実際は違うであろう。
「初めて白い竜をけしかけた時、貴様の子供達は苗床だった。しかし今や破竹の成長を遂げてくれた。この少年は特に良い………」
「ハンッ! 取り込んだは良いが扱えていないじゃないかっ!」
マーダを小馬鹿にしつつ、赤い霧となって消えるヴァイロ。暫く間を置いてから、マーダの真下から出現し、串刺しにしようとするが、仰け反ってかわされる。
「紅色の蜃気楼か……。中々に良いぞ。下から至近距離でそれをやられては避けるしかない」
「まだ終わっていないっ!」
天へ突き上げた剣を今度は振り下ろす動作に変えるヴァイロ。だが肝心の剣だけがいない。これではマーダが竜之牙で応戦は敵わない。
振り下ろし済のヴァイロの両手から秒もかからず姿を晒す赤い歪な刃が、マーダの左肩から上胸部辺りまでを深く斬り裂く。
「や、やってくれる………一番弟子の僕に………」
「アギドは僕などとは断じて言わんっ!」
マーダは残っている右手で左肩を押さえながら下手糞な芝居をうつ。肩は押さえねばズルリッと落ちてしまうだろう。
芝居も含めこの一見、痛々しい愛弟子など、ヴァイロに通じる道理がない。
「妙だ………。あのマーダとやら、すこぶる素行がおかしい………」
「どうしたのノヴァン?」
「アギドが使えないと、身を持って知ったのだ。ならば即時に暗黒神かあの大気使いにすげ変えれば済むだけの話ではないのか?」
「…………っ! アギドに拘る理由が在るという訳?」
アギドが、恐らく本当に愛していたのであろうミリアに討たれることが難しいとなった現在、次に彼を送ることを許されているのは、ヴァイロだけだと思ったリンネとノヴァン。
よって静観しながら、色々な可能性だけは、考察していた。
しかし冷静に顧みれば、それは余りに危険で迂闊な判断。ヴァイロが取られることだけは、回避せねばならないと思い直す。
「判った。ノヴァン、一旦私をあの場所へ降ろして」
「降ろす!? アレにか? アレはもう………」
「良いから早くっ! レアット、カネラン、そしてアズも聞いてっ! 私達は今すぐにヴァイロの援護に回るっ! やり方は自由っ! 何なら代わりにアギドを討っても構わないっ!」
地面でひたすら慟哭しているミリアを指した後、リンネが凛々《りり》しい顔で周囲に指示を伝える。
「………了解しました」
「うぉっしゃあぁぁっ! 任せなっ!」
「おぃっ! 正気かっ! リンネの姉貴っ!」
「私は至って正常よ。遠慮せずやりなさいっ!」
「あいよぉっ! やってやらあっ!」
カネランは、何やら言いたげな自分を犬歯で嚙み殺したかのように返答した。
素直過ぎる程、はつらつと応答するアズール。左掌を右拳でバチンッと叩く。
正直見てるだけは性に合わず、ウズウズとしていたレアットだが、ヴァイロに替わって掃討しても構わないというリンネの発言に思わず聞き返す。
けれども了承が降りるが早々、言質取ったあっ! とばかりに現金にも舌を出して顔を綻ばせた。
自らの後方に両手で空気の渦を錬成し、アギドだった者の元へ飛んで行った。
地面近くまで下りたノヴァンの背中から、勢い良く飛び降りるリンネ。ノヴァンは見届けると反転し、カネランだけ乗せて主の元へ羽ばたいていく。
「ミリア………」
「リン………ネ、わ、私………」
優しい顔で近寄るリンネを溢れる涙で視界が遮られつつ、絶望の顔だけを向けるミリア。
パチーーンッ!!
リンネが思い切りミリアの頬を平手で叩いた音である。驚くミリアを今度は一変、リンネは自分に抱き寄せる。その胸に顔が埋もれる。
「ごめんなさいミリア。私、貴女に全てを押し付けてしまった………」
「り、リンネェェ~!」
リンネの言葉に再び落涙を始めるミリア。白い衣装が瞬く間に濡れてゆく。リンネの中で激しく肩を揺らす。
「でも聞いてミリア・アルベェリアっ! ヴァイの夫である以上、今は泣いている場合じゃないっ! 魔法力が残っているなら………」
「リン……ネ?」
泣いている場合じゃない、そう告げた筈の当人も強かに泣いていることにミリアは気付く。
「判った。リンネ・アルベェリア、私達も最後まで戦い抜くよっ!」
「ミリア………あ、ありがとうぉぉ………」
大地を踏みしめオレンジ色の瞳を持った誇り高き妻は立ち上がる。次はリンネが泣き崩れそうになるが、第一夫人の両肩をガシッと掴んだその両手が支えた。
互いに同じ姓を名乗るには、若過ぎた二人。なれど互いに未熟さはどこかへ失せた。
雄々《おお》しく立つその姿は、神の連れ合いを名乗るのに相応しい風格すら兼ね備えた。




