第66話 途絶えた葬列
アギドの先読みとしての能力をアテにして、身体ごとその能力を奪ったマーダ。しかし彼は完全に見誤っていた。
アギドの先読みとは、勝手に入ってくる周囲の人々の深層意識のうち、自分が戦いにおいて欲する情報だけを選別し、先読みとして使っていたに過ぎなかったのだ。
―さあどうする? 次々と入ってくる意識に圧し潰されて逝くか? あるいはまともに動けない所をミリアの新月の拳に殴れて死ぬか?
(………で、なきゃ同じ扉って力を持っているらしいレアット辺りの身体に移るか? 一番嫌なのは、俺の能力に慣れて使いこなしてしまうことだけどな………)
あくまでも顔には見せないアギドの思念体であるが、実の所はとても分が悪い賭けなのだ。
しかもベットしているのは自分の命。そもそもアギド自身は、勝利しても断じて生き延びることはない。
意識に潰されようが、ミリアに殴殺されようとも、マーダを道連れにするだけがこの賭け事の勝者に与えられる結果なのだ。
「グォォォッ! こ、こんな馬鹿げたこと………っ!」
最早宙に浮いていることすら敵わず、マーダは、落ちた地面の上で必死の形相でのたうっている。
それを追って自らも地面に降り立ったミリアが、半ば無理矢理マーダを立たせてから、容赦無用で殴り始める。
元々アギドだった身体に対し、溝落ちにアッパーを数発叩き込み、頭が落ちた所で執拗に右左に頬を殴り続ける。
アギドの能力に追い詰められている脳こそ最大の弱点。彼女は恐ろしいまでに冷静………かに見えたがその実、オレンジ色の瞳が涙で溢れていた。
(あ、アギド………わ、分かっておりますわ。貴方の決死をっ!)
殺す気などなかったヴァイロとの決闘時ですら一方的に殴る拳が辛かったのだ。
しかし特別な能力を秘めてない自分が殺らねばならないことを悟っているミリアは、殴打するのを決して止めない。
新月の影を背負ったミリアの拳は、月のごとく重かった。
「………くぅ!」
「リンネよ、お前もあの娘と同じ暗黒神の嫁であるなら、絶対に目を逸らすことはまかりならんぞ」
ちょっと生意気な弟分を、今や同じ男を生涯にすると誓った可愛い妹分が、その手で殺めようとしている。
飛び交う血飛沫も壮絶だが、無慈悲な打撃音が周囲の皆に教えてくれる。
これは戦いではなくアギドを送る儀式なのだと。
目を合わせたくないと感じたリンネであったが、黒き竜に教えられた。
(最期まで見届けるっ!)
そう覚悟を決めてこの葬儀に参列し続けると心に誓った。
(こ、こんなものを……こんな地獄を俺は、容認しなければならないと言うのかっ!)
これはヴァイロの気分である。アギドが白い竜に噛みつかれて絶命するあのフザけた夢を実現させないためのこれまでの苦労であった筈だ。
大好きな子供達同士の殺戮現場の目撃者になろうなどと露ほども思っていなかった。
「み、ミリ……ア……」
「あ、アギド!? 貴方アギドなの?」
顔中が腫れ上がり、顎の骨すら砕けつつある。マーダになった筈の相手から、蚊が泣く程の声で名前を呼ばれ、ミリアは困惑する。
殴打していたその拳の動きが、どうしても緩慢になってしまう。
「あ、ありが………と……。好き……だ…と気付…いた…お前の…手で………」
「あ、アギドォォォォッ!!」
それは余りにも突然で、残酷すぎるタイミングでの告白であった。大いに落涙する目を両手で覆って、とうとうミリアはその場に崩れ落ちる。
―ま、マーダ!? き、貴様何と卑劣なっ!! 騙されるなミリアァッ!!
マーダの中にいる思念体であるアギドが、どれだけ声を荒げようともミリアに届く道理がない。
だが皮肉にも最後の最期まで伝えられなかった想いだけが、マーダの意識で届けられてしまったのだ。
ミリアは完全に戦意を喪失する。ただ泣く事しか出来ぬ15の少女に戻ってしまった。
その時、ヴァイロは確かに見た。ボロボロで表情など伺いしれぬ筈のマーダの目が不敵に緩んだところを。
「まっ、まずいっ! 奴を止めろぉぉぉ!!」
「い、戦の女神よ……わ、我に…どうか……慈悲を…。湧き出よ生命之泉」
息も絶える直前かに思えたマーダは、ヴァイロの制止も虚しく回復の奇跡を自身に使う。
偽物であったとはいえ、エディウスもといエターナに祈り捧げる司祭の奇跡は、マーダの中に残留していたトリルの力を通じて行使することが出来たのである。
「フゥー………。流石の我も肝を冷やしたぞ。だがっ! 無駄に終わったなァァッ!!」
「………」
「そ、そんな………。アギドの苦労もミリアの痛みもっ!?」
生命之泉によって完璧に体力を戻したマーダ。安堵の息を漏らした後、まるで完封勝利を飾ったのように高笑う。
まるで入れ替わりで地面に崩れた感のあるミリアは無言。目から水を流す彫刻のように固まっている。
命を賭したアギドと、それに必死で応じようとしたミリアに、リンネは絶望の眼差しを送る。
「そして、この使えぬ男の能力は、取り合えず止めるッ!」
「もうっ、我慢ならんッ!!」
頭がどうかしたのではないかと周囲が思える程のハイテンションを続けるマーダの元へ紅色の蜃気楼を脳天に叩き込んでやろうとヴァイロが迫る。
周囲の意識を完全に置いてきぼりにする速さで。
「ほぅっ! 自ら来るかっ! ヴァイロ・カノン・アルベェリアッ! だが良いのかぁ? こんなに迂闊に攻め込んでぇ! しかもこの身体を斬れるのかぁ?」
「理屈じゃないっ! 貴様だけはっ! 貴様だけはっ! 俺が引導を渡すッ!!」
勿論余裕の竜之牙で斬り結ぶマーダ。お互いに普段の口調ではない。怒髪天の怒りでヴァイロの瞳が血走っている。
対するマーダは、口が裂けるのではないか思える程に笑っている。
しかしこの二人、見た目だけなら師と弟子による打ち合いなのだ。
「風の精霊よっ! 我に自由の翼をっ!」
取り合えずまだ活かすことが出来ないアギドの力を封じたマーダは、暗黒神の魔法も使えない。
なれど彼は、ニイナが使う風の精霊術で既に飛べることを証明する。一方、重力解放でそれに追いすがるヴァイロ。
互いの力で飛びながら斬り結びを続ける二人。真っ赤な剣を振るうヴァイロと、青い髪のマーダが絡み合いながら飛ぶ姿は、さながら流星のようだ。
「一つ良い事を教えてやろう………。俺は相手の身体を乗っ取る時、直に触れるか、あるいは有機物を介して触れなけばならぬっ!」
「何が言いたいっ?」
「この剣、竜之牙は頭の悪い貴様等も知っての通り、白い竜を触媒にしている。つまりっ! 竜之牙で貴様をほんの霞めただけで俺の手に堕ちるということだっ!」
「…………っ!」
「どうだっ? 恐怖したかっ、暗黒神っ!」
「………………フッ、何だ。そんなことか」
「何ぃ!?」
物凄い早口でアッサリと秘密を明かしたマーダを一笑に伏したヴァイロ。さらに自分の身長の優位を活かし、見下す視線を送りつける。
「それは朗報だ。アギドの二刀流は、とうに俺を超越していた。だがアイツの能力を全て活かせぬお前に勝ち目などないっ!」
ヴァイロにとってこれは動かぬ必定であり、違えることは許されぬ宣誓であった。




