第65話 扉の代償
一方、アギド……ではなくマーダとなったその青年は、未だ宙に浮いたまま新しい身体を隅々《すみずみ》まで観察しながら、各関節の可動域を確かめるような動作を繰り返してから停止。
「フフッ………。成程、大体判った。確かにトリルの身体よりも優れている。頭もかなりキレそうだ。悪くないな」
声色はアギドのソレと変わらないのだが、これまでとはあからさまに異質な雰囲気がこれまで味方であった周囲に対し、絶望を振りまいてゆく。
「きっさまァァァァッ!!」
そこへいつの間にかヴァイロが姿を露呈して、紅色の蜃気楼で斬りかかった。
その目は血走り、冷静な状態でないことは明白。その奇声は完全に裏がえっていた。
対するマーダを名乗る男は、エディウスの愛刀である竜之牙を右手に、アギドのエストック二刀流のうちの一本を左手に握り、造作もないといった態度でそれを受け止める。
「クククッ………。大層ご立腹だな暗黒神ともあろう者が。ところで赤い霧に姿を変えずとも良いのか?」
「アギドの能力《先読み》が使えるのだろう? ならば意味をなさんっ!」
レッド・ミラージュの力で自らを霧散させなかった理由に対する返答は間違いではない。
しかしそれでも平常時の彼であれば、霧散化して少しでも優位性を取るであろう。
「マーダと言ったなっ! 貴様一体どういうつもりでこんなことをするっ!」
「聞きたいか? 良かろう。我はこのふざけた現世に生まれ出でてこれまで約200年、このアドノス島を創成した男だ。元はシチリアと呼ばれた島を我自らの力によって破壊と創造を繰り返して今があるのだっ!」
「訳わかんねえこと言ってんじゃあねえぞっ!!」
ヴァイロは、剣を引くことなく他人の身体を乗っ取る行為に対し質問をするのだが、マーダの回答は全く合致していない。
一方このやり取りと、突然アギドが敵に回ったことすら理解出来ず、ただしゃにむに突っ込みつつ、巨大剣を叩きこむレアットの方が、余程発言として的確だとすら思えてくる。
しかもマーダという男が、単独で島の形を変えるなどという本来有り得ない発言に対する指摘としても成立する。
二刀の重みをマーダは、片手1本の竜之牙でまるで竹刀でも受けるかのごとく止めてしまう。
「判らんのか? これだから愚物は困る。我はこのアドノスの創造主とも言うべき存在っ! 故に他人の身体を乗っ取ることなど、息をする程に当たり前ということよっ!」
「な、何だとっ!?」
次は大胆にも二人相手に、剣を突き出して攻勢に転じながら発言するマーダ。攻撃も発言も無駄使いが過ぎるかに見えたが、左手のエストックよる素早い二連突きをヴァイロの方に。
右手の竜の牙による突きをレアットに向けるというスイッチを繰り出す。
最も攻撃の重いレアットに対し大剣による突きを見舞い、技量が一番高いヴァイロに方へ軽量武装であるエストックを使う辺り、実に用意周到である。
「アァァァァァッ!!!」
「ハァッ!」
そんな三人に割り込んで来たのは、リンネの高周波攻撃と、それでほんの少し怯んだ所へ間合いに滑り込み、ベスタクガナの重い手刀でもって左手を叩き、エストックを手放させることに成功したミリアであった。
「レアット、それにヴァイまで力み過ぎですわっ!」
「そうっ! 気持ちは痛いほど判るけど常に冷静にっ!」
「「ぐっ………」」
ミリアとリンネの力強くも冷静な指摘は、どんな攻撃よりも突き刺さる。
(「ヴァイロっ! お前ともあろう者がみっともないっ! お前が一番弟子を信じないで何とするっ!」)
(シアンっ!? アギドは未だに何かを仕掛けていると言うのか?)
接触でシアンの叱咤すら聞こえてきた。彼女は数100m離れた場所で交戦中だ。
そして何よりエディウスからトリルを取り戻すのは、自分しか有り得ないと思っていた筈。
そんな気持ちを押し殺してまで、こちら側に全てを託したのだ。
(………とにかく立て直そう)
鶺鴒の構えのまま、微動だにせず、しかし決して相手の動きは見過ごすまいと思いを据えるヴァイロであった。
「一旦、ここは私に任せてくださいませ旦那様」
「み、ミリア………? わ、判った」
剣を1本落とすという行動を達成した事で、そのままマーダの一番間近で戦うことを宣言するミリア。
偶然の産物なのだが、ミリア、レアット、一番後方にヴァイロという、つい先程アギドが指示した順序と並びが同じになった。
しかし随分不謹慎かつ間抜けな話なのだが、この劣悪の状況下において、ヴァイロが一番驚いたのは、リンネにすら呼ばれたことのない旦那様なのである。
「来るか小娘………。正直扉を持たない貴様に用はないのだが」
「あらっ、そんな無下にしないで欲しいですわ。それに私が貴方の身体の持ち主に御用があるのでございます」
「…………ますますもって気に入らんなっ!」
荒げた語句とほぼ同時に鞘に納刀していたもう一本のエストックをまるで抜刀術のように引き抜いて、ミリア目掛けて浴びせかけるマーダ。
ミリアは咄嗟にこれは避けられないと判断し、狙われた右太腿にベスタクガナの防御力を集中してこれを防ぐと、そのまま右膝にそれを移動させてからの膝蹴りを見舞う。
本当に彼女は絶妙な攻撃を繰り出す。狙ったのはマーダの左上腕部。
抜刀して伸びきった所にズドンッと放り込む。グシャッと不快な音が響く。
マーダの腕が折れた音だ。流石のマーダも顔が少しだけ歪んだ。
(いかん、この娘のペースに載せられ過ぎだ。恐らく元持ち主と肝煎りなのだろう……。早速手に入れた先読みとやらを試させて貰おう)
手に入れたての能力である。使いこなすには少々慣れを要する。
―アギドッ!
―大丈夫か?
―アギドッ、私が分かるか?
―アギドッ! アギドッ! アギドッ……………。
(な、なんだコレは? 物凄い量の思念が飛び込んで来る?)
マーダは、大量の思念を処理しきれずに思わず頭を抱えてしまう。
そこへすかさずミリアが両手で組んだ拳を上から叩き込む。
「グハッ!?」
(ば、馬鹿な……。こんな筈ではっ!)
大量に嘔吐し非常に醜い姿を周囲に晒す羽目になった。身体のダメージよりも精神的な屈辱が多大過ぎて辛い。
―フッ……。こうも思い通りの展開だとシラケるな。これならエディウスとやった方が余程楽しめただろう。
―なっ!? き、貴様っ、何故そうしていられる?
唐突にマーダの意識下に現れたアギドの思念体。幾度も人を喰ってきたが、こんな経験は恐らく知らない。
―ハハハッ……。コイツはとんだお笑い草だ。俺は何もしていない。お前が苦しさのあまり、俺を手放そうとしたから、こうして話が出来るのだ。
―な、なん…だとっ!?
小さな思念体のアギドに笑い飛ばされるマーダ。実に不愉快ここに極まるといった所だ。
―貴様は俺のこの能力を便利な道具だと勘違いした。だが実際は違うっ! この俺とて少しでも気を抜けば、そこら中に転がってる思念に押し潰されそうになるのだっ!
何ともおかしな話だが、マーダは自分の中に存在する思念体に指を刺されてしまい、酷く狼狽えてしまった。




