第62話 新月の裏の裏
ニイナが扱う攻撃魔法の中で最上位クラスと言っても過言ではない雷神が、夜の闇を斬り裂いてゆく。
多数の友軍を消し去った憎むべき輝きが、ほとばしりながら迫りくるというのに涼しい顔をしているレイシャ。
果たして彼女は英傑なのか、あるいは本当にただの残念な豪傑か?
シアン、レイチは、稲妻の中を猛然と同速で奔っていたのだ。光陰矢の如しという言葉があるが、この二人は言葉の意味をすっ飛ばし、字面のまま駆け抜けて、レイシャが駆るシグノの目前まで迫ったのだ。
いくらレイチの戦乙女で強化しているとはいえ、異常にも程がある。レイシャの新月の刃もどうかしているが、相手側も大概であった。
「フフッ! 見事っ!」
「なっ………よ、読んで……違うっ! 私達は呼び込まれたのかっ!」
「…………っ!」
光の矢の如しな槍の突きをレイシャの頭部目掛けて繰り出したシアンと、二刀のナイフをレイシャの喉元に突きつけたレイチ。
二人共、文字通りの電光石火………の筈であった。
シアンの方は、十字にしたレイシャの二刀に防がれ、レイチのナイフは、後方に控えていた賢士の心之剣に止められたのだ。
特に賢士の止め方が実にえぐい。レイシャの美しいロングブロンドの髪を後ろから容赦なく斬り捨てているのである。
「なんて俊敏かつ正確な動き……。だが二人して首狙い。これでは止めて下さいと言っているようなものです」
後ろにいたのはあくまで賢士。レイシャのような剣士ではない。しかし目の色と衣服が賢士である以外は、まるで瓜二つの存在だ。
レイチを物欲しそうに眺めながら「フフッ……可愛い」と付け加える辺り、姉の美しい髪を斬らせたことについて、実は動じていないらしい。
ただ後者の発するその声色だけが瓜二つの割には、何やら異質である。
「ふ、双子だとっ!?」
あのシアンが完膚なきまであっけに取られてしまう。レイシャのような存在がもう一人存在する絶望。
「フフフッ………改めまして修道騎士レイシャ・グエディエル推参」
「初めまして……というべきでしょうか。賢士レイジ・グエディエルです」
シグノの背の上に燦然と背中合わせで立ち上がった二人。この混ざり合わせに戦慄が走るシアン。
「そ、そういうカラクリか。お前達は、二人合わせて本来なのだな………」
声を震わせながら告げるシアンは全てを理解した。レイシャは紛れもなくただの豪傑疑う余地なし。
そこに弟、賢士のレイジの方が自身の知恵の実を惜しげもなく預けることで二人揃って英傑になれるのだ。
姉がいくら馬鹿の叩き売りをしても、弟が全て精算する。新月の刃の射程範囲を明かした所を、弟がここぞとばかりに利用したのだ。
「ですね……ただ僕は、可愛い男の子が大好きなんですよ」
「似ているのは容姿だけ。中身は剣士と賢士。あとエディーは、アタシのモノよ」
表裏一体でありながら鏡像の如く、真逆の姉弟であったのだ。
「成程……。しかし回復役の司祭は連れていないのだな。それに射程範囲200mを殺しても良かったのか?」
「私はね、剣士としてアンタに一目置いているんだ。新月の刃はこれ以上邪魔者を近づけないために使うだけ。あと命を削りあう争いに癒しなんて邪推なものは要らないんだよ」
仰天したシアンではあったが、日常会話をするような気軽さで、あの柄がある槍を剣のように握り、正眼の構えから飛び込んでゆく。
レイシャもそれでこそ自明と返しつつ、左手の刃でこれを受けてたち、右手の剣で腹を斬り払おうとするが、これは小手に仕込んだ盾で優雅に受ける。
まるで剣で語り合うことを楽しんでいるかのような二人。現実はその全ての一振りが死神の鎌のごとき一撃必殺なのだ。
―レイチ、ニイナ……。
「…………」
―判ってる、了解だよシアン。
そんな緊張感の刹那、接触で苦楽を共にした二人に呼び掛けるシアン。レイチは何も語らず動じず、ニイナの方は風の精霊術である言の葉を使って返信する。
レイシャとレイジ、二人が揃い踏みで英傑であるのなら、この三人組も絶対に折れないのだ。
◇
「犬っころっ! お前から消してやるわっ!」
「良かろうっ! 受けて立つ!」
その頃最強の賢士ルオラは、リンネ達を一人で相手取っていた。いかにも一番弱そうなコボルトのカネランを最初に斬るつもりであった。
ところがそのカネランの方から、黒き竜の背から飛び降り、向こうから不敵にも襲って来たのだ。
いよいよ好機とばかりに、その艶めかしい脚でシグノの背中を蹴り飛ばして跳ねるルオラ。
彼女は周知の通り、風の精霊術や暗黒神の魔法を使って飛ぶことは出来ない。
にも関わらず見事な跳躍を魅せる。それも素晴らしいのだが、目前には息を一吹きするだけで、自分を燃やし尽くすノヴァンがいるのに、やり切ってしまうその胆力が壮絶である。
自由落下の方が速いと思われるカネランと、大差ない勢いで迫り来る。心の鎖を常に外した状態のルオラであるが、身体能力すらもタガが外れているのかも知れない。
「フンッ!」
「なんなのそのふざけた得物は?」
なれどカネランは、ルオラが間合いに入るより前に、失った筈の右腕に埋め込んだ何かを振り下ろす。
それは鎖であり、その先には槍のように鉾先が付いていた。ルオラの目算では届く筈のなかったソレは、なんと大きく弧を描いて彼女の背後から迫って来たのである。
「こ、こんなものでっ!」
まさかこの状況を想定していた? 流石にそれはないのだが、ルオラは跳ねる際にそのしなやかな身体に捻りを加えていた。
結果、幸運にも背中で受ける筈だった鎖を左腕の心之剣で斬り千切ることに成功した。
「や、やるっ! だが俺の魂の鎖は決して終わらぬっ!」
「た、魂の鎖……だと!? グハッ!」
千切られたかに見えたその鎖は瞬時に再生すると、蛇がとぐろを巻くようにルオラの腹に巻き付いて締め上げたのだ。
「カハッ……こ、これは一体何の悪ふざけなの?」
「美女を鎖で拘束する。実に良い眺望だが、よくよく考えると趣味が悪いな………」
捉えたルオラを足蹴にして、自分はノヴァンの背に戻るカネラン。化物の部類に入る彼ではあるが、その実とても紳士なのでバツが悪い。
「この鎖はな、洞窟で貴様と同じ賢士から受けた魂之束縛を克服し、俺なりの解釈で変幻させた力なのだ」
「ば、馬鹿なっ……」
己の新たな力を洗練された嫌味のない貴族のように明かすカネラン。ルオラにしてみれば有り得ない事態だ。
自分より神聖力の低い賢士であろうとも、一度相手を拘束した魂之束縛は、相手に最期を与えるのが不退転の絶対なのだ。
(眼鏡の青年、竜の娘、暗黒神、大気の大男、癒しの女神。………そしてまさかコボルトとはっ!)
その様子を見ていた戦の女神は、あろうことか冷笑していた。
一番弟子であり、身体すら許す情婦でもあるルオラが、宙ぶらりにされているというのに。
(不完全な扉の力を持つ輩がこんなにもっ! これだっ、これだから戦争は止められんのだっ!)
この心の声は、明らかに偽りの女神でも、シアンの妹でもなかった。




