第75話 雨滴に沈んだひとの営み ””ᛏᛟᚱᚱᛖᚾᛏᛁᚨᛚ ᚱᚨᛁᚾ””
ザァァァァッ……俗にいう篠突く雨──。
白い女神の聖地に降り注ぎ、濃霧の都に転じた。元来白を基調とした街が、さらなる白に沈んだ。
大粒の雨音が足音さえも消してゆく、人々の往来も当然の様に陰りが差した。
そんな最中、白装束に身を包んだ独りの魔導士──。
普段から『黒が似合わぬ』と友人から揶揄される短い銀髪の男。
着慣れない白を纏えば、こちらとて落ち着かなかった。黒の男が白を織り交ぜた灰色に落ちながらも、白銀の女神が住まう聖地に軽々と潜入を果たせた。
まるでこの黒魔導士が降らせた雨の如き奇跡。彼は雨男だと周りから馬鹿にされた過去はない。無論、街ひとつの天候を好きに操る呪文なんか知る由もなかった。
「靴が……!」
大きな雨粒が跳ねる石畳の街並みを憂鬱に歩む。
服が濡れる分には一向に構わない。靴がとうに役割を終えた。歩む度に訪れる不快感、彼の苛立ちが募り往く。
こればかりは万国共通、時代も関せず──然し彼に魔道を授けた護りの女神ならば、足元の周りに風の精霊達をはべらせ、靴を濡らさずに済んだのかも知れない。
この魔導士、精霊術には実の処、疎い。
彼は術を編み出すのが好み、精霊さん達にお願いするやり方には興味が沸かなかった。仮に励んだ処で、そんなお利口さんな扱いは、思いついたか危ういものだ。
雨に降られた暗黒神──ヴァイロ・カノン・アルベェリアの巫女というべき存在リンネと、御使いの竜ノヴァンの案ずる最中、闇でなく白に沈んでいた。
敵の本拠地にて気が逸るのは必然、加えて敵の賢士から奪い取った白色の魔導服も落ち着かなかった。
ヴァイロが動揺する理由……さらにもうひとつ──いや二人、少し間を開けた後ろに控えて付き添っていた。
「全く……これは俺の独りの我儘だ。何故着いて来た?」
雨で貼り付く白装束を嫌気の差す顔立ちにて我慢を積み重ねるヴァイロ。
着ている衣装と、勝手に着いてきたハイエルフの少年相手に白い溜息を吐いた。
「貴方様に万が一の事があれば、僕達のシアン様が哀しむ……こんな冗談を聞ければ満足ですか?」
ハイエルフの少年顔、約150歳のレイチが不意に抜き足で忍び寄りヴァイロへ耳打ち。
「はぁ……子供の形で言う冗談か。エルフらしいと言っておこう」
ヴァイロに取ってのシアン・ノイン・ロッソは、何でも話を傾聴してくれる大切な女友達。
弟子や恋愛模様が常に付き纏うリンネやミリアとは扱いが異なる居心地の好い間柄だと勝手を決め込んでいる。
──私、それって案外冗談じゃない気もするんだけどなぁ。
レイチ共々、ヴァイロに着いて来た少女顔のニイナ。心の奥底に留めて置くヴァイロとシアンを外から覗いた繋がり合いの様子。
確かにシアンには圧倒的に心を捧げた男性、亡き夫ノインが居た。
けれどもシアンのヴァイロに対する甘さを時折滲ますタメ口と愛称。レイチとほぼ同じ150歳前後でも思考の流れが異なるらしい。
レイチとニイナ──普段の黒装束を白に変えただけの佇まい。
ヴァイロの手を一切借りずに、宣言通り勝手に着いて来られた。流石、シアンと共に義賊の真似事に勤しめた隠密行動。ヴァイロより余程、秀でていた。
◇◇
『お前がたった独りでレアットを迎えに行くだと?』
同棲者リンネを差し置いた抜駆けした様な形。ヴァイロ当人の口からノヴァンが実は影武者であった現実さえ聞き及んでしまった他の女。
友人ヴァイの良き理解者であるシアンではあったが『何故、私だけに話した?』正直聞きたくはなかった。
どう扱えば正解なのか戸惑いが隠せなかった。高貴なシアンの紫色がこの時ばかりは、どんよりとした重苦しい青に転じた。
暗黒神が自ら国抜け──次なる実力者シアン・ノイン・ロッソの随伴は赦されぬ必然。カノンの護りに徹さなければならない道理。
『ならば僕達は勝手に着いて行きます』
『何しろ(ディオルじゃ)出番がなかったからねぇ……』
シアンの生きた懐刀、ハイエルフの少年レイチと、少女ニイナが両者のやり取りを盗み聞き。自由な手を挙げた。
シアン、レイチとニイナに全く小言も了解とて告げずに敢えて押し黙った。
正直な処、都合が良いとさえ感じた。この危なっかしい黒い犬には体のいい首輪とリードだと思えたのだ。
『レアット・アルベェラータは、必ず生きて戦之女神の元に居る』
友人ヴァイロの根拠皆無な自信。されどこの言い草に関してはシアンとて同義であった。
深い理由など在りはしない、戦之女神が取り憑いた最高司祭グラリトオーレ・ガエリオと共にレアットはラファンの山間から消え失せた。
確信を以ていえるのは『白銀の女神は未だ生きている』ならば、レアットも共連れに違いないと思えた。
レアットが果たしてどの様な仕打ちを受けているかは定かではない。然しながら戦之女神と1対1でやり合えた男が死の裁きに屈するとは想像し難いのだ。
されどヴァイロ・カノン・アルベェリアはおろか、博識なシアン・ノイン・ロッソですら想定外の現実が待ち受けていた。渦中のレアットが戦之女神の歓待を受けていた驚きを。
◇◇
再び時の歯車を元に戻す──。
文字通り白亜の街並みを行くヴァイロ達。
「──にしてもエディウス・ディオ・ビアンコとは随分良い所に住んでいるのだな」
ロッギオネの街並みを睨みながらヴァイロの管巻きが続いた。
この言葉、額面通りに受け留めてはならない。『同じ神でありながら酷い落差だ』そんな自分勝手なる愚痴を零している訳では決してなかった。
強かな雨降りしきる最中だというのに、窓から漏れた民草の息遣いは明るいと思えたヴァイロ。
己の地元、カノンは峡谷に挟まれた人寂しき場所。されどそれでも陽の光乏しき中、カノンの民は力強く生きているのだ。
『カノンは闇、カノンは罪』
戦之女神側の兵士が死に際にて吐いた言葉が、地元恋しきヴァイロの脳裏を掠める不快。
戦の女神は、神の教えを説かず悪戯に戦乱を拡大するだけの存在。そんな巫山戯た存在に仕える者共から言われる筋合いはないと悔やんだヴァイロ。
──住処が異なるだけだというのに、人々の扱いとはこうも変わるものか。
誰がどう悪い……ヴァイロは、そんな安っぽい気分を論じるつもりはない。人の在り方そのものに不愉快さを感じずには要られなかった。




