第73話 移ろいのζ彩ζ ᚠᛟᚷ ᛒᛟᚾᛞ
白銀の少女を囲う誇大な聖堂。
独りの漢が飼い殺しされていた。レアット・ウィニゲスタである。
「今日も随分と精が出るなレアット・ウィニゲスタ」
暇を持て余した筋骨隆々の戦士が腕立て伏せと腹筋に日々明け暮れていた。
三食昼寝付きの上、未だに彼の魂は、戦之女神側より、取り上げられたままであった。
依って躰をいじめ抜く筋トレにひたすら汗を掻き続けたレアット。
そんな彼を笑いに来た体の白き少女。女神が誰も随伴させない相も変らぬ気軽さを、レアットの前だけ直向きに続けていた。友達に接する様な態度。
神殿の外では彼女を神と慕う者共が列を為しているのだ。賢士ルオラが『あの筋肉ダルマ!』と馬鹿にするのも頷けるというもの。
「そ……その名前で呼ぶんじゃぁねぇ……!」
筋トレを止める処か戦之女神へ、目もくれない無礼極まるレアットの仕草。
疲労の息切れではない。真実の名前を以て呼ばれる腹立たしさに声を淀ませた。処で彼は何故にこうも自分の存在を否定し続けるのか?
「俺様に何をさせてえのかは知らねぇ! 聞くつもりもねぇッ! 俺様はただの喧嘩屋! 一番強え奴と闘いてぇんだよッ!」
腕立て伏せを決して止めずに、全身から垂らした汗を白き宮殿に染み込ませるレアットの意固地。
争い事以外は全てに於いて恵まれた場所。敵の傀儡に堕ちそうな自分と歯を食い縛って必死に抗う。
「ほぅ……だから我が敵を続けるのか? ククッ……光栄だな、それは」
自身と戦い続ける16歳の青年を楽し気に眺める独りの少女。『貴様の欲しがる最強は私』微笑みと共に態度で表現。白き髪の毛を揺らしながら口角を上げ、蒼い目を細めた戦之女神。
「何とでも言いやが……れッ!」
レアットは大層愚直な男──この女が自分をたぶらかして従者に加える気だと決めつけていた。
さりとてヴァイロ達に従うと決めた自分を貫くのみ。もし曲げれば自身に敗北を喫する不名誉。
「ふふッ……貴様を見ていると奇妙な懐かしさが込み上げてくるのだ」
レアットとの距離をさらに詰めたエディー、しゃがみ込み視線を合わせる。曲げ切った両膝に両肘をついて、ご機嫌麗しき様子。シルクの様に煌びやかな白髪を流す首を傾けた可愛さ。
「な、なんだそりゃ? 付き合っていた男か?」
異性との関係に凡庸な驚きを返したレアット。女が『懐かしさ』などと現を抜かす時は、嘗て好意を寄せた異性だと思い込む。
「違うな、少女だよ。年の頃の話だ、17か18位だな」
「はぁッ!? 訳判んねぇぞ? 大体アンタだってそのくらいだろうが」
白銀の少女も見てくれ通りなら自分と大体同じ年齢か、或いは年下にすら思えるレアットの疑問。
しかし姉貴面どころか何なら母親の様な態度にて接する戦之女神の微笑に引き寄せられ、遂に視線を流した。
──何故、私は、こうもこんな男に絆されるのか?
異様な居心地の好さを感じたエディー。胸にジワリと込み上げる想いさえある。
これ迄にもルオラやレイシャ辺りとは随分仲良くしてきた。だが確実に彼女達と過ごす時間とは違う。目前に居るレアット──しかし彼女の蒼い瞳は何処か遠くを見つめていた。
「嗚呼……コレか? この躰はな。ただの器に過ぎぬのだ。中身は……ふふッ、赦せ。私も一応……女、だからな」
女神を自称する存在がただの人間に帰った様な仕草。『女』に含みを持たせる。
細身の胸元を掌で指した後、僅かに淋し気な表情へ転じると、途轍もない言葉をエディーはサラリッと晒す。『年齢は聞くな』如何にも大人の女性らしき、恥じらいを以て微笑みかけた。
◇◇
フォルデノ王国からの資金援助を喪失した黒の似合わぬ暗黒神──ヴァイロ・カノン・アルベェリア。
貴族バンデと、彼に従う亜人達を引き連れた黒に淀んだカノンへの帰還。
実に小さなヴァイロの神殿──ツリーハウスから亜人達の様子を複雑な表情を浮かべ観察していた。
ギュッ……!
「ああいうのを有象無象って言うんだっけ? 人じゃない連中がゴロゴロと。とんでもない絵面よね」
暗黒神の巫女、リンネがヴァイロの背後から迫り、どさくさ紛れな感じで肩に両腕を回して抱き締める。開けた窓から覗いた亜人達の様子を共に眺めた。
闇色の男をリンネの緑が包み込む。人々の命を飲み込んだ樹海の様な男に、新緑の温かみが差した。
「リンネ……彼奴等には寧ろ感謝しているんだ。自分達の宿舎を建てるのに精を出している。『人間より良く出来た』とはまあ、悔しいが当たりだな」
リンネに抱かれたままの姿勢で亜人達の勤勉ぶりを語るヴァイロ。
彼の言う通り、亜人達は自分達の寝床を自ら用意していた。或いは空き家を探した上、家賃と契約書を用意。貴族バンデに提出する真面目ぶり。誰にも迷惑などかけていないのだ。
「ふぅん……じゃあその困り顔は、人間に向けたものか暗黒神様?」
リンネが『暗黒神様』などと外連味じみた煽りを以てヴァイロを笑う。
「嗚呼……王国の金で雇った義勇兵共だ。義勇兵──本来なら自ら望んで戦いに身を捧げる連中。ま、人間を飼うには高い金が要る。仕方ないさ」
半ば諦め顔の黒い神様。虚ろな息をカノンの寂しき大地に吹き掛ける。
「金の切れ目が縁の切れ目って訳か。残ってくれた本物も居たみたいだけど……」
リンネの語り往く残り物──行く当てのない寂しき者共ばかり。
例えば戦之女神側から逃亡した司祭、エターナ・アルベェラータは『どごにもいがねぇ!』と半泣きにて豪語した。
これは当然の帰結、仕えた戦の女神を裏切った大罪。今さらどの面下げて、戦之女神を祀るロッギオネへ帰れるものか。
「ま、良かったんじゃないの? 余分に人が死ななくてさ」
心優しき自分の男。黒のテンガロンハットに漆黒のコートを羽織るヴァイロ。なれど彼は神の座に胡坐を掻いて信者達を顎で扱う悪名を上げたい訳ではないのだ。
それ処か全部の罪を己が被る方がずっと気楽な魔法剣士。だから名ばかりの義勇兵を巻き込まないで良かったじゃないか──これがリンネの真意。
「……」
窓枠に肘をつき、剥れて黙りこくった暗黒神。愛する女の子に抱かれながらも浮かない顔。
「……」
次第にリンネにも面白くない顔が伝染し始める。
色艶帯びた女言葉が苦手だった彼女。ヴァイロへ告り、そして告られ、次第に柔くなっていった。
されど今日の彼女は、抱いた甘えをみせるものの、語尾にやたらと棘が目立った。
クイッ……!
ヴァイロが後ろ手に絡め捕られていたリンネの腕の中。
少々強引に身体の向きを変えると、愛しき同棲人の顎を片手で上げる。接吻を求めたフリ──唇ひとつで彼女の御機嫌取りを狙う。
ガブッ!
キスの為に閉じた目蓋をカッと開いたヴァイロ。
何とした事か、女の方から唇ごと喰い付かれ歯すら立てられた。油断し切ったヴァイロ──血が滲んだかと思い、自身の口元を撫でて確かめる。
「調子に乗んな、いい加減にしなよノヴァン! アンタなんかにあげるもんか!」
「──ッ!?」
不意にヴァイロの耳元にて奇声を上げた彼女の不貞腐れ。
赤一色の細い瞳が見開かれた。ヴァイロの姿形をした人間にリンネが声を鋭く制した竜の名前。声はさほど大きくなくとも、相手の魂を震わすには充分過ぎた。




