第72話 恋人達──LOVERSの正位置と裏腹 ♡ ᛚᛟᚠᛖᚱᛊ ≠
暗黒神よ、必要悪に堕ちよ──。
貴族バンデの思惑を一笑に伏した暗黒神ヴァイロ・カノン・アルベェリア。
我が故郷カノンを護る為──。
可愛い弟子達の安堵が為──。
そして何より今、肩を抱き寄せた同棲人。
小さくとも自分に取っては太陽の如きリンネとの幸せを謳歌する為──自分が闇へ堕ちるのは、元より覚悟の上であった。
今さら脇からしゃしゃり出た亜人好きの風変わりな貴族の戯言など、何処吹く風なのだ。バンデが連れて来た人ならざる者共も抱え込む?
「──とんだお笑い種だなバンデ。俺は暗黒神ヴァイロ様だ、亜人達も全て囲ってやる。だが争いに巻き込む以上、今後も命の保証は出来ない」
ヴァイロ様──普段心穏やかなヴァイロらしからぬ唯我独尊。賢士ルオラに殺されたコボルト族のカネランの死に様を匂わす。
抱かれたリンネが複雑な表情、緑色の髪を揺らす。自らを様付けするなど優しい彼には似合わない台詞。
そして何より大好きなヴァイが闇落ちを覚悟するのなら、リンネ自身は無論の事。
アギド、ミリア、アズール等少年少女も嗤って辿り逝く必然。
ヴァイロの煽る『命の保証』とは自分達をも指している。それが判らぬ愚かな男ではない筈なのだ。
サァァァァ……。
「──ッ!?」
「そしてバンデ。シアンの子供を人質にする極悪非道……以後、二度目はないと思え……!」
確実に武器を手にしていなかった暗黒神。
赤霧をバンデの首元へ召喚──大剣を瞬時に形作り薄皮1枚を割いた『紅色の蜃気楼』が出現。小賢しきバンデの冷汗を招いた。
「め、滅相もない! シアン様の事情を探っていたら偶々知り得たに過ぎません……」
「フンッ……事情を探るぅ? それこそ余計な詮索だ」
身じろぎひとつ出来ずに命乞いをしたバンデの憐れなる引き攣った表情。人質に取るつもりはなかった、震えた声を発した弁解。
長い付き合いである異性の友達シアンの事柄を無断で調べたバンデに対し、ヴァイロはきつい灸を据えたのだ。
「お、お止めくだ……さい!」
「ふぅ……止すんだヴァイ。私の霧はとっくに晴れている」
赤い歪な大剣が持ち主に握られていないにも関わらず、まるで意思を持った生き物が如く、ジワリッとバンデの首筋へ裁きを突き立てた。
乾き切った初老の男。汗だった体液から赤が滲み始める。
二人のやり取りに溜息を零したシアン・ノイン・ロッソ。バンデは所詮、小悪党の域を出ない。
もし本当に亡き夫ノインとの間に身籠った自身の子宝へ手を出す真実の咎人へバンデが飛躍しようものなら、シアン自身が容赦せずに斬り捨てる。
バンデにそんな肝の据わった度胸など存在しない。だから小悪党に過ぎぬ──これが戦の天秤の出した評価であった。
ヴァイロの愛刀である紅色の蜃気楼が赤い霧へ帰り消え失せる。小皺の増えた細い瞼を皿に変えたバンデ、全身の力が抜け椅子へズルリッと沈み込んだ。
「然しこれでいよいよ此処には居られなくなった……」
シアンの顔に僅かだが暗い影が差す。欲に目が眩んだフォルデノ王国に用はない。されど夫との思い出が募る場所『喫茶ノイン』のみが気掛かり。
「まぁ……俺に取っては護ってやる義理も無くなった。それに戦之女神だって、俺が地元へ引っ込めば、こんなお飾りなんかに用はないさ」
脱いだテンガロンハットに指入れクルクル回すヴァイロの御遊戯。
財力どころかヴァイロ達にかける信頼すら喪失したフォルデノ王国。『お飾りの国が自活出来るのなら精々励めよ』これが彼の本音。
されど唯一の侘しさは、シアンと同じく喫茶ノインの珈琲なのだ。『王国に戦火は飛び火しないさ』女店主と自分自身へ言い聞かせた。
以後──黒を背負う軍勢は、フォルデノ王国を負われる形で撤退。貴族バンデも居場所を奪われ、カノンへ堕ち延びる運びとなった。
◇◇
一方、ヴァイロ陣営に取っては未だ消息不明であるレアット・ウィニゲスタを囲っている戦之女神陣営。
殆ど男子禁制と云えた白銀の女神を祀る神殿にて三食昼寝付の同居生活──。
無論仕事も奉仕活動すら求められないレアット。愛らしい白の少女を心底慕う女性陣の苛立ちを買っていた。
「──全くもぅ……エディーが全っ然遊んでくれない! あんな筋肉ダルマの何処が良いってのよッ!」
森の都ラファンの中心地ディオルでの戦闘にて負った傷はすっかり癒えた賢士ルオラ・ロッギオネ・ルマンドが今宵も妖艶な姿と香りを漂わせつつ告げた文句。
恋しいエディーを毎晩独占し切った禁断の花園を楽しんでいたルオラなのだ。
同性の横恋慕ならまだしも、よもやな穢れた男。然もイケてる優男でもなかった。せっせと女を磨いた化粧が虚しく夜の帳に沈みそうだ。
「あの男が酷い傷を負ったにも関わらず、何の癒しも受けずに自然治癒したのが気になるらしい……です」
戦之女神の側近──とは名ばかりの危い遊び友達。エディーの誘いに応じた修道騎士総長レイシャ・グエディエルも浮かない顔を、遊び仲間の先輩ルオラへ返す。
クルッ……ギロリッ!
「──ッ?」
ルオラが不意にレイシャへ向かい勢いよく振り返り、弾けた女の躰にてグッと詰め寄る。
レイシャ、大先輩ルオラが湛えた紫水晶の様な瞳に捕縛され、未だ18歳の若さに溢れた汗を垂らした。
「そぅ! そうなのよぉ……。あの異性嫌いなエディが男を狙う理由はひとつしかない。で、でもそれは絶対考えたくないわ!」
身の丈も胸の谷間も大き過ぎるルオラに攻め立てられる全身鎧姿のレイシャ。どれだけ強靭な鎧と盾に自分の身を包んだ処で、このルオラには敵わないと思えた不思議。
ガシャ……!
「か、考えたく……ないとは?」
及び腰のレイシャがどうにか絞り出したルオラへの質問。後退りした鎧が上げた悲鳴。
このまま暫くの間、戦之女神がルオラ先輩の御相手をサボろうものなら、自身が身代わりの生贄にされかねない。騎士が裸の様な女に感じた奇妙な戦慄。
「……可愛い私達の女の子が筋肉ダルマに取って代わる地獄よ!」
僅かにタメを帯びた後、汚物でも吐き出しそうなルオラ。顔の歪みをレイシャへほぼゼロ距離で突き付けた。
「は、ハァ!? 仰っている意味が判りません?」
レイシャは戦之女神から『我と秘密を共有せよ』と甘い誘いこそ受けたが未だに秘密の種を明かされてはいないのだ。
──戦之女神様があの男と入れ替わる!?
レイシャに取っては全く以て寝耳に水、背筋に飛び込んだ氷の如き話に思えた。
幼気なる様相と、喜悦を恵んで下さる白銀の少女。
もし脳筋男なんぞに転生でも果たすものなら、御仕えしたき誓約を喪失すると恐怖した。
「本当に冗談じゃないのよ! あのファウナ・デル・フォレスタか、漆黒の男以外決して赦されないわ!」
「え……?」
泥酔し切っている様に吐くルオラの飛んだ発言。
琥珀色の瞳を持ち得たレイシャの瞠目を呼び込む。
大先輩ルオラ──戦之女神が余所者に入れ替わる話を持ち出したかと思えば、次は護りの女神と、敵の暗黒神を持ち込んだ。




