第71話 護りの女神が遂げた功績と破綻の連鎖 "ᚺᛖᛁᚾ ᛝ ᛋᚢᚲᛋᛖᛋ х ᚠᛖᛁᛚᚢᚱ"
『暗黒神を名前通りの暗黒にたらしめんとする』
人族を超えた亜人族を愛するフォルデノ王国の異端な貴族、バンデの思惑が遂に明かされた。
これ迄、背中を丸める草臥れた老人だった男が急に肩を張り、嘲笑を浮かべ、ヴァイロ達を煽動する壮年期に戻ったかの如き裏の顔をひけらかす。
バンデ自身も最初の内は、自分で広げた大風呂敷を逆さにするとんでもない皮算用を抱いていた訳ではなかった。
自身の好きな亜人達の人権を世間的に確保したい──ただそれだけの目的しかなかった。
なれど黒の魔導士ヴァイロ・カノン・アルベェリアは期待以上の黒い竜を錬成したのだ。
さらに戦の天秤シアン・ノイン・ロッソが、数に勝る戦之女神の軍勢をまんまと出し抜き、破竹の勢いを以て戦勝を見事に収めた。
この流れにバンデは乗ったに過ぎない。人生の過半にして転機が訪れたと歓喜に独り沸いた。
300年前──およそ22世紀頃、護りの女神と後に称えられるファウナ・デル・フォレスタの功績。イタリアの属領に過ぎなかったシチリアが世界の中心へと伸し上がった。
22世紀に於いて国境を超えた連合国軍が異能者を狩り、人類総てを凡庸に戻そうとした残虐行為。結果、自分達を含む世界中を自滅へ追いやった『Purge Of Stardust』
護りの女神は、地元の愛する民を護りたい一心を貫き通した結果、旧シチリア島は、生きた神話を紡ぐ唯一の場所に至った。
文明も戦力とて一切喪失した他国は、護りの女神の伝説を恐れ、先ずは自国の再開発へと舵を切ったのだ。
「……やがて他の世界も必ず力を取り戻します。ですが白銀の女神がこの地球上で初めて白い竜を起こした。対するヴァイロ様も黒い竜を錬成なされた」
夢見る恍惚顔のバンデ──自分の抱いた夢と、このアドノス島に於ける300余年の歴史を己が牛耳っていたかの様な驕りを以て語り出す愉悦。
嘗て護りの女神は、『耳長族や森の鍛冶屋等は深き森に隠れているだけで実在する』と説いた。
されど神話や御伽噺にも登場する巨大な竜の存在については、流石のファウナとて言及出来なかった。
シグノとノヴァン──然もそれらを成したのがアドノス島の民ともなれば、バンデでなくとも小躍りしても、なんら不思議ではない。
「護りの女神、戦之女神、そして以前のファウナの様に、カノンの民をただ護りたいだけの暗黒神。矮小な島国に現人神が三柱も揃った。何とも出来の悪い神話だな」
この場に居る誰もが知見のある話を吟遊詩人を気取って語るバンデを、睨んだ女傑シアンの憂鬱な声音。
「そうですともシアン様。後は戦しか知らぬ白幻の女神を、神ではない幻影の魔導士がもし倒せれば、全世界を振るい上がらせる真の神がファウナに続き再び生誕する。もう暫く先、このアドノス島に仇なす愚国など、現れない事でしょう」
シアンより『出来の悪い神話』と貶されたにも関わらず、黒い神竜に騎乗した新たな神の創造こそ、この島国を世界から護り抜く方法論──自分の考えに泥酔したバンデは、心地良く言い切った。
グィッ……!
「わ、ヴァイ!?」
「ふッ……下らない、実に馬鹿げた今さらな話だバンデ。この俺ヴァイロ・カノン・アルベェリア、初めから世界中の蔑んだ注目を集める覚悟が在る。俺のリンネ、そしてこんな俺に着いてくれた皆を護る為ならば!」
傍らにて声を出せずにいたリンネの小さな肩を不意に引き寄せると、大胆な決意を堂々告げたヴァイロ。
自分の構想に酔ったバンデの嗤いを、更なる嘲を以て伏した。
◇◇
一方、シアン・ノイン・ロッソより退席を告げられた他の仲間達。
バンデの館に在る湿気の多い裏庭にて暇を持て余していた。
一番年少のアズールが「クソッ!」と吐きながら地面の石ころを蹴飛ばす。
リンネと同じくヴァイロに焦がれながらも、兄弟子アギドへ移ろう若さを抱いたミリア。
恋敵リンネと同様に彼の傍らに居たかったミリアの移ろい。淋し気を帯びたオレンジ色の瞳をバンデの部屋に送り往く。
「──バンデめ、一体何を企んでいる?」
ヴァイロの一番弟子アギド、例え一夜限りでもミリアと交じりを持った気分含んだ苛立ちに爪噛む仕草を体現した。
「アギド君? 何を企むとは、そりゃまた不思議な物言いだねぇ……」
「何ぃ? どういう意味だエルメタ?」
桃色の髪と医者の白衣をなびかせた半身が人間の女性、エルメタが肩を竦め、蒼い15の少年に声だけ送り、少々煽る。
アギドは何処にもぶつけられない怒気の混じる眼鏡越しの冷たい視線を、人と亜人の中間に位置する観測者を気取ったエルメタへ詰りつける。
エルメタの気分はアギド自身にも粗方知れていた。然も本来の悩みと、ミリアについ焦がれた想いを同一に並べた自分の品性を恥じた。
「ふふ……いや、企むと云ってる時点で大方予想がついてるんじゃないの? 君の想像通り今頃、さも嫌らしい話をしているさ。如何にも人類らしい欲に塗れた話をね」
エルメタ、ピンクの瞳を閉じる苦笑交えた回りくどい云い様。例え聞かずとも自分達の雇用主同士の会談が見えると言い切った。
「君がさっき云った事が全てだよ。バンデに仕える私達亜人達は、君等の神様へ着いて行く以外の選択肢がないんだ。み~んな仲良く揃って闇に堕ちるしかないって話さ」
バンデを『雇い主』に落とす呼び捨て。
白衣のポケットに突っ込んでいた手を表に出した両手を広げ『み~んな』の声に合わせ、上に掲げた両腕をぐるりと回したエルメタの話。バンデの代弁者を勝手に熟す。
さらに続けて「君も同じ人間だろ? なら思考回路は同じ筈だ」詰る視線をアギドへ向け、医者というより科学者じみた発言に転じた。
「ま、そういう自分も半分は人間の血。その上、父親の真似事をしているのだから、誰も笑えやしないのよ」
エルメタ、ずっと苦笑交じりの話を〆る。
バンデの悪巧みと、それに同調しているヴァイロ達の様子が透けて見える自分も、アギドと等しく薄汚い人間の一部だと貶め嗤い飛ばした。
◇◇
何の力も持たぬ貴族バンデより『白幻の女神』に堕とされた戦之女神。
自らを祀った白の神殿にて、暗黒神側の一兵卒──レアット・ウィニゲスタと膝を突き合わせた。
「俺様は頭が悪ぃんだ……。早い話、アンタに寝返れって話かぁ?」
己の故郷にて敵の本丸と本気で戦った後、結果的に敵の仲間に命を救われたまま、碌に風呂にも入れず、穢れた頭をボリボリ掻いたレアットの悩み。
「そんな単純な話ではないのだ。貴様が自分の底に眠る能力の本質さえ見極めれば、誰に就くかなぞ些細なること……」
武器を捨てレアットと対峙した戦之女神。『我が元へ来い』そんな適当は決して叩かぬ。ただ純粋な好奇心を抱いた様子。
「それに真の愚者なら、『自分は頭が悪い』などと決して云わぬものだ」
優しみ込めた眼差しを向けた補完すら付け加えた。
「判らねぇ……判らねぇよ。アンタの云ってる話が」
ファサ……。
「フフッ……大いに悩むが良かろう。貴様がどの様な答えを出した処でこのエディウス、好意に値する」
汚らしい頭や身体を掻いたレアットの憂鬱な気分。
レアットより一回り以上背丈の低い白銀の少女が立ち上がると、妾に用意させた柔らかいバスタオルとバスローブを頭の上から被せた。『先ずは躰を清めよ』無言の誠意を与えた。
──ククッ……『好意に値する』我ながら随分と懐かしい響きだな。
戦之女神──自身の捧げた言葉の意味に、思わず苦笑せずにいられなかった。




