第67話 燃え盛れ誠の矜持 Ϟ ᚠᛁᚱᛖ ᛊᛏᚨᚱᛏᛖᚱ Ϟ
偽りのエディウスこと戦の女神が最高司祭グラリトオーレ・ガエリオ。
周囲取り巻く空気を、猛毒のオゾンに書き換えた自決に近しい覚悟を以て、追い詰めた大気の使い手レアット・アルベェラータ。
二人と三つの意識が取り巻くレアットの故郷。
グラリトオーレが戦之女神から借りた力を元手に村ごと遺灰すら残さず滅した禁忌の奇跡『終わりなき旅路』
レアットはこれを全身に敢えて浴びながら、オゾンの毒も撒き散らして術者グラリトオーレの集中力を切らしつつあった。
『白銀の女神は、レヴァーラ・ガン・イルッゾの異能を使い、力を拓いた者を躰と意識共々奪い取る』
暗黒神ヴァイロ・カノン・アルベェリアが一番の徒、アギドから話を聞いた戦の天秤シアン・ノイン・ロッソ。
彼女には争いに勝利するべく何事にも揺れぬ戦の掟と、女性らしき仲間を思いやる気分が同居していた。
「エディウスが他人を乗っ取れるのならば次に危ないのはレアッ……ト──? な、なんだアレは?」
レアットの身を案じたシアンがラファンの山間中腹に見える決戦の舞台に紫色の瞳を見やる。
異常な景色と戦の痕跡が流れていた。村を覆う樹々は枯れ果て、上空を舞った鳥達が打ち落とされたかの如く続々と落下していたのだ。
「アギドッ! ニイナから借りた『言の葉』をレアットはッ!」
シアン絶叫の問い掛けに首を振ったアギド。「渡そうとはした。──だが彼奴は受け取らなかった」爪が刺さり血が出る程に拳を握り締めた。
ハイエルフのニイナにシアンが用意させた言の葉を使い、レアットへ連絡を取ろうと思ったシアン。アギドの応答を待たず、飛竜に飛び縋る。
「ま、待てシアンッ! レアットは俺達に『邪魔だ』と云って追い出したッ!」
レアットを助けに向かうシアンの無謀をアギドは荒げた言葉で止めに掛かった。
レアットが猛毒を使う迄は読めなかったアギドであったが、自分達を邪魔者呼ばわりしたのは『巻き込みたくない』意味だと知れていた。
聡明なシアンな事だ、現状を伝えれば今から助けに向かった処で無駄だと判ると踏んだのだ。されどシアンは、決して動くのを止めなかった。
「わ、判った。ならば俺も共に行くッ! 他はディオルの奪還を放棄、此処から飛竜で離脱しろッ!」
仲間達を率いるアギド、自らは無駄死に数える在り様を示す。自分の飛竜に跨る準備を始めながら、同時にこの作戦の終わりを叫んだ。
「あ、アギドぉ……」
「手前…ミリアを泣かせたら承知しねぇぞッ!」
例え一夜限りのゆきずりとはいえ、兄弟子アギドと愛を育んだミリア。若さ溢れる愛らしい顔が崩れ歪んだ。
そんなミリアへ未だ淋しい片思いを寄せる隣に居たアズールが青い先輩に向けて吼えた。
「な、何だお前達今さら……!」
突然降って湧いた連中相手に軽蔑の視線を送り見下すシアン。
何処からともなく蟻の様にシアン達の周囲へ群がり始めた長き棒や槍を握った白の兵士達。戦之女神に仕える底辺の僧兵に違いなかった。
「賢士ルオラと最高司祭──さらに自分達が祈り捧げる女神さえ先に出した後、今更現れるとは! 私達が血を求め暴れる悪事を働く様をそれほど喧伝したいか!」
陽光貧しきカノン──元々ただの優秀な魔法剣士であるヴァイロは、世間的に住処もろ共暗黒に干されていた。
そんな暗黒神がディオルの要求を聞かず勝手に寄越したシアン達も同様、ディオルの街を占領した戦之女神の連中よりも見た目通りの黒に世間には映る。
この僧兵達はそんな暗黒神と御使い達の立場をさらに貶めるべく今頃、姿を見せた次第。彼等へシアンは無遠慮なる糾弾の刃を振るった。
「ロッカ・ムーロ! 暗黒神の名の元に、いかなるモノも通さぬ強固な壁を──『白き月の護り手』!」
「──『爆炎』!」
ズガガァァンッ!
黒に沈む虚しさをオレンジの瞳から噴いたミリアが夜空を見上げ胸張り、防御魔法を自身の肉体強化に活かす宣言。
アズールは呪文の詠唱をミリアが成した詠唱の裏側で掻き消し、爆炎を僧兵達の真ん中で炸裂させた。
ダァンッ!
ミリアが地面を強かに蹴って飛び上がり、アズールの生じた爆風に自らの躰を乗せた大飛翔。右脚に白き月の護り手を通し、巫山戯た僧兵共へ蹴り降ろした。
ブゥンッ! ズダダダッ!
夜空を黒い翼羽ばたかせ舞った美麗な鳥人間のルチエノが羽根を硬化させ、地面へ降り注いだ。夜の闇に紛れ、刺さる音しか木霊せぬ脅威。
ミリア、アズール──そして同族の仲間を失ったルチエノ。最早我慢の限界点突破、ディオルの罪なき住民を巻き沿えにし兼ねない禁忌を遂に犯したのだ。
「ミリア、アズ、ルチエノまで……!」
もう決して時計の針戻せぬ罪の証を見たシアンだが、レアットを救うのが己に課した使命。それに自分とて同じ事を成したと思えた。
腐った雑兵共の相手は頼もしき覚悟をみせてくれた仲間達へ任せたシアンが滅びの村に向かうべく夜空を見上げた瞬間だった。
ヴァサッ、ヴァサ……。
巨大な漆黒の翼を広げた黒き神竜。
背に騎乗したテンガロンハットを被る魔導士の姿が現れた。後ろには内縁の妻に等しいリンネも連れ添う。本来護るべき故郷を捨てた覚悟の体現を世間に示した。
「遅い……遅すぎるぞヴァイ。──さぁゆくぞアギド!」
昔の友人、愛称を手向けたシアン。
僅かだが不覚にも胸込み上げるものを感じながら、自身の飛竜に着いて来るようアギドへ指示を送った。
「ラファン──いや300年前は、エトナと呼ばれた森の末裔達よ聞こえるかッ! 俺はヴァイロ・カノン・アルベェリア! この森をこよなく愛したファウナ・デル・フォレスタより魔道を承った従属神だ!」
夜空へ飛び出すシアンと擦れ違う瞬間──赤い目で合図を送ったヴァイロ。この場をシアンに代わって預かり受けた意志を無言で伝えた。
戦火に塗れたディオルの街並みへ空から飛ばしたヴァイロの激。
「護りの女神の意思を継いだ貴方達なら判る筈! 真実の白と黒は何方であるかをッ! かの場所で戦っている気高き者に後れを取っていいのですかッ!」
愛刀『紅色の蜃気楼』で山の中腹を指す。あくまで心優しきただの魔法剣士であるヴァイロ。
ラファンの人々──ファウナから受けた血の運命を訴えた煽動。
その影は、まさしく現人神そのもの。観るに徹した見物人達の本心を動かし見る者へ変えた。
バァンッ!
ブンッ!
ダンッ!
ダダダダダッ!
またもや異なる戦人達の掻き鳴らす音が深夜に静まりかえっていたディオルの街に響き渡る。
閉じ籠った家の扉を開け放った音──。
森人達が生活の糧を掴む為に本来握る木こりの斧を振るう音──。
怒号発しながら戦之女神軍へ走り込んだ足音──。
そして何より余所者より、自分達が敬愛する女神の存在をちらつかされ煽られた怒りの轟音。
我慢に我慢を重ねた誇り高き森人達の怒りが遂に爆発したのだ。無血にて街を明け渡した連中の決起を思い知った戦之女神軍の雑兵達は恐怖した。
飛竜に飛び乗り、無謀無策なるレアット救出に向かったシアンとアギド。
これまでシアンは境界線の力を思う存分空間認知へ注ぐ事で、小さき飛竜を戦闘機の様に操っていた。
だが戦之女神との戦闘にて、頼みの異能を使い切ったのだ。時間をかければ戻るかも知れないが今は満身創痍を体現した形。風に揺られた木の葉の様に危うく飛ぶしか出来なかった。
「──レアットッ!」
「な、何だこれは!?」
どうにか戦場へ辿り着き、上空から拝んだ光景に愕然とした両者の瞠目。
村そのものを飲み込んだ漆黒の穴だけが虚しく開いていた。レアットの姿はおろか、偽りのエディウスさえ影も形も見失った。
『幻影と白幻を抱いた神々の英雄譚 "ᚺᛖᚱᛟᛁᚲ ᛊᚨᚷᚨ" —Saga "Vairo" et "Edius"—』 Chapter 6 End.




