第66話 無謀滾らす篝火の行方 ζ ᛒᛟᚾᚠᛁᚱᛖ ζ
大気を操る16歳の青年レアット・アルベェラータ──。
正確には大気の原理などまるで知らぬ。
暗黒神ヴァイロ・カノン・アルベェリアから『大気ってのは空気……お前の周りにいつも在るコレだ』実に適当な指導を受けて以来、『周りに在るんなら、好きにやりたい放題じゃねぇか』酷い過大解釈を下した。
従って自身と仇である戦之女神の最高司祭グラリトオーレ・ガエリオの周りを全部毒──オゾンに変えた。地球の平穏に欠かせぬオゾン層だが、生物に取って最悪級の猛毒である。
おぞんの理を全く知らぬレアットでも、無垢な少年の様に『俺と彼奴を取り巻く空気よ、毒に変われ』望んだ結果が引き擦り出した最凶。
「『こ、これでは貴様とて死ぬぞッ!』」
最高司祭の躰を半分間借りした白銀の女神と依り代の女、両方を恐怖のどん底に叩き落とした。
オゾンの毒が臓器に回り吐血を強いられたエディウス。二人共々初の体験、生命の危機に吐いた言葉がのたうつ。
「へッ! そいつはどうだかな。アンタ達が仕掛けた『終わりなき旅路』? それを喰らってまだペラペラ喋ってられる俺様。──既に計算外じゃねぇのッ!」
女神相手に唾を飛ばす恐れ多き威嚇を吹いたレアット。
終わりなき旅路がレアットの体組織を崩すと同時に、自らが成したオゾンの毒牙さえも承った。
苦悶に顔歪めながらも、戦の女神とやり合えている自分を称え嗤うレアットの脅威。
黒髪が砂の如く崩れ、自分から飲んだ毒に吐き気を催す。だが此処に立っていられる己に誇りを抱いた。『これぞ俺様のやりたかった喧嘩だ』
レアットの故郷、滅びの村は森深き山中に在る。憐れな巻き添えを喰った小動物達が泡を吹いて続々倒れ落ちる叫喚地獄。
「アアッ! ぐはッ!」
『た、耐えろ! 堪えるのだ! グラリトオーレ!』
腐り落ちた地面に倒れ這いつくばる屈辱を晒したグラリトオーレ。着実に忍び寄る死への恐怖。
グラリトオーレの躰を依り代にしている戦之女神。酷く狼狽えた自分を見ながら畏怖の念を抱いた。
──我に捧げたグラリトオーレの躰が離れるのを感じるとはッ!?
戦之女神が普段扱い倒している自身の肉体は死の恐怖をまるで知らない。
なれど今、好きに憑依しているこの身体はただの人間。このままでは、憎たらしいにも程ある巫山戯た男よりも、此方が先立つやも知れないのだ。
──こ、こんな無様……冗談ではないッ!
戦之女神のさらに奥深くに居る本心。己に仕える女性の躰を借りた遊びが呼んだまさかな死へ繋がり逝く序曲。
身体を借り受けたこの女性が旅逝けば、自分の魂は拠り所を失う必然。恥辱の巻き添えを喰らう。
「へッ! エディウス様が大層な慌てぶりだなッ!」
最高司祭の躰に棲み憑いた女神のことなど知る由ない筈の愚かなレアットが鼻血を啜る破顔一笑。理屈通らぬ勝機を悟った。
──どうする? いっそこの男の身体と意識を乗っ取るべきか?
遂に舌出すエディウスの本性──。だがグラリトオーレとレアット、何れも危うき揺れ動く命の火種虚ろな者同士だ。
しかし今の器が碌に働けぬ以上、他の術を知らなかった。グラリトオーレの身体と司祭の能力を以て成した終わりなき旅路。
術に対する意識集中が成せず、レアットの振り撒いた毒蛾の鱗粉に死を以て敗北しかけているのだ。今にも旅路が終わりそうだ。
──いや! 僕の欲するべきはカノンの暗黒神! こんな所で妥協してたまるか!
彼に取っては、白銀の少女の姿形でさえ、世を忍ぶ仮の器だ。
カノンを守護するヴァイロに宣戦布告を嗾けた本音が彼の心の中だけで話す孤独滲んだ独り芝居。
ダンッ!
「……ッ!?」
「エディウスさんよぉ……こんなに弱っちろいとは思わなかった……ぜ。アンタ白の竜騎士なんだろ? だったら最後までコレで殺るのが剣士の流儀だろうが」
ズタボロな身体を押して自身のより大きな鈍を握り地面へ叩きつけたレアットの豪胆。神様相手に純粋な剣での勝負を挑んだ。
◇◇
一方──裏切りの司祭エターナ・アルベェラータの祈りし奇跡『生命之泉』のお陰で九死に一生を得たシアン・ノイン・ロッソ。
だが複雑な気分に駆られ、口紅要らずの自然な唇を噛む。自分達の前で鎖に巻かれた無慚を晒したコボルト族の長カネラン。
シアンが息を吹き返したのとほぼ同刻。まるで身代わりの死へ堕ちたかの如き天寿を全うしたのだ。
「カネラン……お前」
言い淀むシアンの手向け。
冷たくなったカネランの両目をエターナが静かに閉じさせ、アギドは両手を胸の上に合わせて置いた。
賢士ルオラがレアット目掛け繰り出した『魂之束縛』身代わりに飛び出しカネランがその身に受けた。被術者の罪の重さがそのまま魂縛る枷に成り得る狂気の術。
されどカネランは最後の最期まで足掻き続け、自らを縛る鎖をなんと具現化。術者ルオラにそのまま跳ね返した。
死中に活──死に際に異能を見出したかに思えたカネランであったが刻、既に遅し。彼の魂は限界の拘束を受けていたのだ。
「り、立派な最期だったよ……」
すすり泣く鳥人間の女性ルチエノ。蒼と赤の瞳から絡め落とした涙の離別。
フォルデノ王国の異端なる貴族、人間より亜人族に心底愛傾けるバンデに依って見出された同族なのだ。
身長2m──群れる犬族より孤高の狼男が似合いの勇壮なる者の見事な最期であった。
「暗黒神の名において命ず! 火蜥蜴よ、その身を焦がせ! ──『破』!」
歯を食い縛り、魔法の炎を借りて葬送の送り火と成した爆炎の魔導士アズール。
火葬には強過ぎる発破だが此処は敵地。戦之女神の手の者にあらぬ反意を抱かれては堪ったものではないのだ。
「犬の癖して格好つけやがって……!」
火をこよなく愛するアズール、この場ばかりは自身が撒いた火種に悔やむ遺憾の態度を寄越した。
「カネラン……済まなかった。もう誰も貴方と従う者共を悪くは云わせない」
加担した側を勝利へ導く天秤シアン。自分と死人同然であったカネランの何方をエターナの癒しに導くか揺れた始終を知り抜く。
誉れ高き戦人の死だ。だから決して涙は見せぬシアン。
燃え尽き灰へ転化果たし、星空に昇る煙を相手に、戦で穢れた右手の人差し指、中指、親指の先を合わせ十字を切る祈りを捧げた。
「ア……ギド。エディウス、私にトドメを刺さ……なかった」
空に上がり星に至れたと思いたい無骨だった犬族の戦士へ馳せる想いを少し名残り惜しんでから切り、アギドにらしくない呟き声を掛けたシアン。
「いっそ殺して欲しかった……そういう顔じゃなさそうだな」
「何故……だと思う?」
いつも勝気で女らしさを表に出さないシアンをみれた。ちょっぴり得した気分に浸るアギドの流し目。
我ながら意味のない事柄を気にして、少年に態々尋ねる大人女性の揺れる想像。
「貴女の考えてる通りじゃないかな。アレも意識は人……気紛れがあってもいいと思う。──ってそうした答えは求めてない様ですね」
「……少し変わったかアギド? 君はもっと合理的な物の見方をするのだと思っていた」
シアンは自分の胸に手を充てる。アギドの答えは半分くらい自分が望んだものだ。
「どうかな……何しろ僕等は、まだ若いんで」
絶やさぬ笑顔を弟達に向けたアギド。特に変わる切欠を与えてくれたミリアへ青い瞳孔を傾けた。
「ふふっ……違いない。歳を重ねると余分な疑りが増える」
「年は関係ないと思いますよ。──俺に貴女が聞きたい事を答えます。所詮は子供の浅知恵だけど」
若い思考に片寄りがちだった生真面目な少年が、柔らかさを持ち得たのを喜び、シアン自身も死したカネランに悪いと知りながらも釣られ綻ぶ。
女めいた気分を引き出したシアンを置き去りに普段の自分へ帰るアギド、真剣な眼差し。
「ファウナ・デル・フォレスタは戦之女神の中に居る。そして恐らくレヴァーラ・ガン・イルッゾも」
「護りの女神とアドノスの創設者。然しどうやって?」
暗い顔に戻されたシアン。『どうやって?』の思いが尽きない。それはこれ迄の経緯から漏れた結果論に過ぎないのだ。
「エディウス・ディオ・ビアンコは、恐らくレヴァーラの異能を扱い、他人の力を意識毎、自分のものに出来る。シアン……貴女の異能だって狙われてるかも知れない」
「……!」
視線だけでなく身体の向けをシアンへ変えたアギドの転身。
瞠目するシアン、漸く想像通りの答えを引き出せた。
「だからこそ150年前に死した筈のファウナ神を内に飼っていられる。然も二人だけじゃないかも知れない。あらゆる異能者達の力を根こそぎ借りながら生きて来られた」
仮説だが確信に近しいアギドの推論。
シアンは山間に沈むレアットの故郷へ危い気分を向けた。




