第65話 ᚱᛖᚲᛚᛖᛊᛊ χ 恋しさ滲んだ誠意(狂気)
戦之女神軍から見せしめとして滅ぼされた村の出身レアット・アルベェラータが仇を狙う。
目指すべき相手は白銀の女神自身だと思い込んでいた。村の仲間達を一斉に失ったのだ。天辺に座する神様の御業だと信じた歴然たる自明の理。
然し実際の処、最高司祭グラリトオーレが主犯であった。
その最高司祭の躰を着込んだ戦之女神が元来の持ち主であるグラリトオーレへ意識の過半を返した複雑怪奇なる争いの行方。
戦の女神と大気を自由に扱う16歳の異能者に依る戦いの裏側──。
滅びの村が在る山肌の麓付近に位置する森の都ラファン。その中でも最も栄えた街ディオル。
飛竜に跨り此処まで降って来たアギド達。ヴァイロ・カノン・アルベェリアの弟子を中心にしたうら若き者共。
山頂から振り下ろす夜風がやけに冷たく感じた。
希望を喪失した場所へ置き去りにされた気分だが、寧ろ彼等がレアットを戦場に置いて去るよう強制された何とも心侘しき事情が夜風を余分に染み入らせたかも知れない。
偽りのエディウスに敗北を喫したシアン・ノイン・ロッソの憐れな姿を空からみつけた一行。
シアンの異名、戦の天秤──その価値が大きく揺らいだ寂しさ。皆、思わず悲嘆に暮れた。
「こ、こんらぁ酷い火傷だぁ! 一刻も早く治療しなきゃ!」
背中の辺りを中心に大火傷を負っていたシアンを慌てて癒しに掛かるエターナ・アルベェラータ。頭の大きなお団子二つを揺らしながら、いつもの訛り口調にて癒しの奇跡の準備を進める。
アギドやミリアが何とも複雑入り混じった顔色を浮かべ、その様子を黙って見つめ続けた。
何しろシアンを倒した相手の力を借りる次第。エターナが此方側へ寝返り打った現状を容認しつつも、本来混ざる道理がない水と油。
回復の術を持たない暗黒神の弟子達──口惜しくとも頼るより他がないのだ。
「ま、待ってくれエターナ! シアンの容体も心配だがカネランの方を先に診てくれないか?」
今、シアンを失う訳には往かないカノン陣営。
だが状態の過酷さを論じるのなら賢士ルオラから『魂之束縛』をその身に受けたカネランの状況が深刻だとアギドには思えた。
「あ、アギド様……ぞれは無理な話だぁ……」
「何故だッ! まさかとは思うが此奴が人間じゃないからなのか!?」
困惑顔のエターナへ詰め寄るアギド──自分自身、ひと昔前なら迷わずシアンの治癒を優先する己を知っていた。
カネランと同期である鳥人間のルチエノが二人の絡みから青と赤の瞳を意図して逸らした哀しき色合い滲ます。
「ぞんなごど言っでねぇッ! レアットのごど身体を張って護っでぐれだぁッ! 良い人に決まっでるッ!」
泣き腫らした顔を以てアギドの姿を睨み返したエターナの本音。慟哭と怒りが彼女の訛りを際立たせた。
「あ、アギド様……。エターナ様の云う通りで……す。自分の事はわ、私が一番よく……」
身体から鎖を繰り出したままの満身創痍──言葉を濁らせつつ『自分はもう手遅れ』足りぬ台詞を態度で示したカネラン。これまで自分を受け入れてくれた者達への意地を伝えた。
「生命之泉は万能じゃねえんだ……活性化させる魂が生ぎ残っでなぎゃ身体がもだねぇ」
嗚咽漏らし訴えるエターナの悲壮な顔。例え涙流したボロボロでも、拳を握り締め自分が一番成すべき事柄を履き違えたりしない面構えで押し通す。
後は周囲に有無を言わさぬ仕草を以て、燃え尽きた炭を思わすシアンの灼けただれた背中に触れる。そして「良し」と頷く。シアン魂の火種は、未だ燻っていた。
アギド、蒼い頭を下げ「済まない」心静めて深謝を送る。エターナとカネラン、この戦場に向かう最中にて知り合ったばかりの間柄薄き二人だが、互いが持つべき戦意の形を貫き合っていた。
「……」
満足げに独り犬顔を緩めたカネラン。『それで良い』人族に最期まで仕えると己に課した使命。やり尽くせた言葉に出来ない想いが溢れた。
「戦之女神よ、この者にどうか貴女様の御慈悲を。湧き出よ──『生命之泉』!」
気合込めたエターナが唱えた詠唱。シアンの奥底に未だ残ると信じた生への憧れに手を差し伸べる。
「うッ!」
前のめりに倒れ気絶していたシアンの寝顔が歪んだ。
顔のみならず全身を震わす。エターナが渡した生への干渉。
被術者の魂の残り火へ新たな薪と風を送り届けた。後はシアンが生への渇望を示す番、こればかりは他人に手助けの資格はないのだ。
シアンの魂が一挙に燃え盛り、一瞬苦痛の歪みが生じた。然し心安らぐ暖炉の温かみが彼女の躰を優しく包み込んだ。
「う、うぅ……え、エターナ? アギド? 皆も?」
瞬間、眉を顰めてから紫色の瞳を開いたシアンの活目の様。周りを囲んだ優しさ滲んだ少年少女達が覗き込む穏やかな顔、顔、顔。
戦之女神に敗北した落人なる自分。全く責めない感激の雨。
「……! み、皆。有難う」
──ノイン……もう暫く待ってて。私にはまだやり残した事が……ある。
人の温かみが沁み渡りシアンは貰い涙を浮かべた。高貴を己に課した紫──今だけは色に拘る誇りを敢えて捨てた。
◇◇
滅びの村に残った女神と異能者の男──。
最高司祭グラリトオーレ・ガエリオの半身を好きにしたエディウス。グラリトオーレが自らを捧げた貢物を何故態々半分返したのか。
『ククッ……レアットとやら。よくもまあ我がルオラに恥を掻かせ、分身の竜を死に追いやったものだ』
レアットの魂に何故か直接響いた最高司祭の中身──グラリトオーレ、詠唱の中途に混じる嘲弄と憮然。
普段は少女の姿を抱きながらも、神格帯びた低い声を放ち聞く者共をひれ伏せさせるエディウス。借りたグラリトオーレの黒髪をかき上げた。
『貴様はどうせ死ぬのだから冥土の土産に教えてやろうぞ。これよりこのグラリトオーレが成す奇跡は、我に完全なる忠誠を誓った司祭に、戦之女神が力を分け与えて初めて果たせる禁呪なのだ』
「……ッ!」
立ち姿こそ生真面目な最高司祭からレアットに発せられた神の無駄口。
何も応じぬレアット、自身と等しき人間にしか見えない者が神を語る愚か相手に強かに噛んだ歯軋りだけを返答代わりに寄越した。
「……さあ神への遺言を告げよ! 逝くがよい、終わり無き道へ! ──『終わりなき旅路』!」
血に染めた白い指先を用い、夜空に描き切った印が遂にレアットに向かい牙を剥いた。
『終わりなき旅路』──それはつい今しがたエターナがシアンに施した細胞分裂強化の奇跡『生命之泉』と対成す究極の形。
被術者達の細胞分裂を永久に回し切り、魂の拠り所を奪い去る。
急速に依り代を喪失した者共は自身の死を自覚する暇さえ与えらず、黄泉路に旅立つ救世すら赦さない。これぞ滅びの村に遺体がひとつとして残らなかった秘密の答えだ。
「へッ……!」
「『なッ……!? な、何故立っていられる?』」
まるで活火山の火口に投げ込まれたかの如き灼熱地獄を全身に承ったレアット──それでもなお嗤った。
レアットの対峙が未だ続く不可能に狼狽えたエディウス、二人の声音が入り混じった。
「戦之女神の司祭が起こす奇跡は神に祈りを捧げた神聖術……アギド兄貴から教えて貰った。魔道だろうが奇跡だろうが術に集中出来なきゃ効果は半減だよなぁ……違うかぁ?」
大気すら碌に語れなかったレアットの口が流暢に滑り転がる。
全く以て解せないエディウスが初めて見せた焦燥。
自分達は終わりなき旅路に全精力を傾けている──そのつもりであった。
ポトリッ……!
「『小鳥の死骸? 何故こんなにも崩れているッ!?』」
エディウスの目前に落ちた小鳥の遺体。余りに無残で惨たらしい姿を晒した。
「『カハッ! 血ぃ!? ……ま、まさか貴様、自決するつもりか!』」
口から吐き出した物を受け止めた掌を見つめたエディウスの茫然自失。斬られも殴られた訳でもないのだ。
「へへッ……お、おぞんって云うらしいぜ……俺様が撒いた毒とアンタ等が仕掛けた術。何方が先に逝くか?」
レアット、己が嗾けた大気を自由に扱う異能と敵方が仕掛けた術を両天秤に賭け、苦しみながらも綻んだ飽くなき挑戦。
神様相手に無謀に思える果てある旅路を挑んだ。




