第55話 アルベェリアの続き
リンネとミリアの元へ向かったヴァイロ。リンネは遠慮なくその右腕を取り、身体の半身を密着させる。
ヴァイロは同伴しているミリアが気になったが、存外にも落ち着いて後ろを付いて来るのであった。
(何処へ往くのか………)
そう思うヴァイロであったが、実にあっけなく自分とリンネのために用意した天幕に入っていくだけだ。
ただミリアも共に三人というのが、この上なく予期せぬ事態である。戦いにおける相談といった雰囲気ではない事くらい、この朴念仁にも察せられた。
中に入ると既に寝袋と毛布の類が三人分、ご丁寧に準備が整っている状態が視界に飛び込んできたので、いよいよ仰天せずにはいられない。
「ほら、膝の上に頭を乗っけて。耳かきするから……。どうした? 早くしなよ」
「全く……。やっぱりリンネは、ヴァイと二人きりの時ですら、可愛げがございませんのね」
「いやいやいやいやっ! ま、待てっ! これ色々とおかしいだろっ!?」
カノンの住居にいるときと同じ様子で正座して誘って来るリンネ。いつもと同様で嫁らしさの欠片も感じない言葉遣いに思わず苦笑するミリア。
ヴァイロの扱いに関しては水と油だった筈の二人が、完全に同調しているこの状況に一人同調率0%なヴァイロが大声を上げる。
「アハハハハッ………」
「ウフフフッ………」
夫の動揺っぷりに堪え切れなくなる二人。笑い転げるリンネと対照的に、手の甲を口に当てて気品の高い笑いを見せるミリアである。
「………ご、ゴメン。でもまさかここまで分かりやすいとは」
「わ、私達二人で話し合ったのでございますわ………」
リンネとミリアは事の成り行きをヴァイロに説明した。互いにヴァイロのことを愛する気持ちは譲れない。
けれども今はそんな言い争いをしている時ではないし、二人とも決して互いを嫌う所かむしろ好きだなあと繋がってしまったのである。
特にミリアが内緒でアルベェリア姓を名乗る事を決めてしまった件を、本人から聞いたリンネは、その一途な想いに好感すら抱いてしまったのである。
「だからね私達勝手に決めちゃった」
「二人でヴァイのお嫁様になりましょう……ですわってね」
話の締めくくりには二人の口調が逆転するという、まるで事前打合せでもしていたかのような遊びを見せた。
トドメに二人揃って互いの頭を軽く小突いて舌を出し、照れ笑いするおまけ付きである。
互いに見つめ合ってくだけるリンネとミリア。長年二人を見てきたヴァイロにとって信じ難い光景であった。
とても楽し気でこちらまで気を抜くと浮かれてしまいそうになるが、紆余曲折があった上での結論を出してくれたに違いない。
自分より10歳も若い少女達が、様々な互いの想いを清濁併せ呑もうと、腹を決めた結果なのだろう。
「ほ、ホントにいいのか? そんなんで!?」
この状況大変ありがたいが、笑えばいいのか泣けば正解か、判別不能なヴァイロである。
「だからぁ~、それが一番幸せだって言ってんの。で……今夜の寝床はミリアが用意してくれたんだけど、これ見てたらそういや近頃耳かきしてないなあって思ってさ」
「い、いや…今はそれどころじゃ………」
「あっ! 音だけの奴じゃなくてホントの耳かきっ! アンタ無精だから溜まってんじゃないかと思った訳」
ペシッと自分の膝を叩いて「早く来なさい」と続けるリンネ。その敷かれっぷりにミリアはまたも笑ってしまう。
ここはもう言われるがまま、まな板の上の鯉になるしかない何とも情けない神様である。
そして耳の穴を覗いたリンネは、その詰まりっぷりに思わず無い袖を捲る仕草をするのであった。
◇
一応戦闘配備状態なので就寝時という言葉自体使うのがナンセンスなのだが、とっくに日付が変わってしまった頃、ようやく三人は眠ることに。
しかし寝袋だと思っていたソレが、繋がって一枚の布団のようになっていたことにヴァイロは驚きつつも、もうどうにでもなれと潜り込む。
すると予定調和の如く、右隣にリンネが入り、左隣にはミリアが入ってそれぞれ横になる。
そして暫く何も起こらない時が流れた。虫の調べすら聞こえぬ程に静かな夜、流石に有り得ないのだが、互いの心拍の音が聞こえそうな気さえする。
分かり合えた………というか開き直ったに近しい三人の関係だが、言葉でいくら着飾ろうともこの状況を簡単に飲み込める程、人は器用に出来てはいない。
「お………起きてございますか?」
「あ、嗚呼………起きてるよミリア」
「流石に寝られないよな………。手ぇ……握るよ?」
沈黙を破ったのは少々震え声のミリアであった。彼女は15年という人生においてこうして意中の男性と同じ床につくのは初めての行為だ。
あのツリーハウスの外で交わしたことを例外にすればの条件付きだが。
そして手を握ると言った筈の第一夫人は、夫の手を握ったかと思いきやそのまま腕を絡ませてきた。
「あ………そ、それは流石にズルいですわ」
明らかに右側の布団が膨らみを帯びたことに気づき、もう躊躇するのが馬鹿馬鹿しいと感じた第二夫人。
身体を真横にして夫の左胸を枕にしてしまう。
「お、おぃ……ふ、二人共………」
「大丈夫でございますわ、ここはあくまで戦場………」
「………そう、流石にこれ以上は不可侵にするよ」
「フゥ………」
本当に互いの鼓動が伝わり合う位置取りになってしまった。なれどやがて左右から寝息が聞こえてきた。
一人取り残された神様が息を幾度も飲みこみつつ、左右に目を向ける。
グレーで長くサラサラなミリアの髪を弄ってみたり、ミリアよりも背格好が小さなリンネの頭を撫でてみたりしたものの何れも応答がなかった。
「こ、この状況で心穏やかになれるってのか? 女って生き物は凄いな………」
自分だけは到底眠れそうにない。その大人気ない興奮を恥じらいつつも、二人の女神が触れている所から、言葉に出来ない力が注ぎ込まれていることを確信する。
「この二人こそ女神様ではなかろうか………。そうかノヴァン、確かに俺は意地を通すよ。二人も勝利の女神がいるのだからな」
この言葉を最後にヴァイロも取り合えず両目だけは閉じる事に。寝落ちてこそいないが、その顔は安らぎに満ちていた。




