第53話 黒い思惑
「エディーッ!! お願いだから返事してぇぇ!!」
「いけませんよルオラ! 内臓を痛めて可能性があるのです!」
山中に取り残されていたエディウスの周囲にいつの間にやら、最高司祭グラリトオーレや最強の賢士ルオラ等が囲っている。
泣きながら訴えるルオラに対し、不本意ながら数人の司祭の力で押さえつけさせるグラリトオーレ。
「うっ………。こ、これは………?」
「あ、目覚めたぁぁ!! よ、良かったぁぁ!!」
「私の声が届きますかエディウス様? グラリトオーレでございます。敵の男は詳細不明でございますが、急に輝いて消えてしまいました」
「そ、そうか……。お前達はどうやって……?」
「私の黒い刃が作る影の中に取り込んだのよ。咄嗟の判断だったし、そもそも攻撃以外でこの力を使ったことなかったからホントに賭けだったけどさ」
ゆっくりと目を開けるエディウスに、ルオラをはじめとした周囲の歓声が沸き起こる。
そんな中、一人冷静に状況を説明しようとするグラリトオーレ。レイシャが頭の後ろで手を組んで得意げに応じる。
「しっかし危なかったわあ。影の中と言っても所詮ただの異空間。おぞん? とかいう毒がないのは良いけど、そもそも酸素も何もない所だから、ギリ延命って感じ? アイツ消えてホッとしたわ」
「な、成程……。とにかく息災で良かった」
「聞いてよエディー、レイシャに何でエディーは取り込まないんだ? …って聞いたらさ、あんな馬鹿そうな男に殺られる訳ないって……酷くないっ!?」
「皆さんどうか静まり下さいっ! 奇跡の盾の効力が消えるまでエディウス様に生命の泉が使えないから、絶対安静にするより他ないのですよっ!」
いつも影が薄く尚且つコミュ障のようにおどおどした態度でしか話せないグラリトオーレが、力強い口調で周囲を諫める。
ド正論なので皆、口を閉じて従うしかない。
「さあエディウス様。少しでも眠って自己回復に努めて下さいませ……」
「す、スマンな。そうさせて貰おう」
グラリトオーレは泥まみれになったエディウスの衣服の内、外せるものは慎重に脱着して、無理そうなものは泥を拭きつつ落としてゆく。
今はそれしか出来ない自らの無能さに苦悩しながらだ。
エディウスは笑みを返礼として寄越すと、目を閉じてあっという間に寝息を立てた。
レアット・アルベェラータ、あの男一人に現存100騎だった量産型白い竜39騎を亡きものにされ、賢士32名、司祭29名、修道騎士48名も犠牲となった。
何れも総兵力の1/3ほどを失ったことになる。
一番下っ端の僧兵に至っては、半分以上にあたる112名が還らぬ者となった。
総勢500人程だったエディウス軍は、300人位に減少した。
さらにエディウスがこれまでずっと乗騎してきた最初の白い竜すら、エターナによる終わりなき旅路の前に消されてしまった。
オリジナルのシグノが消えた以上、レプリカを生産するのは困難である。
なれどエディウスの中で共に眠っている者にとっては、蚊に刺されたこと程に、どうでも良きことなのだ。
◇
再びヴァイロ軍が駐留している場所に戻そう。唯一の司祭であるエターナ自身もオゾンの酸化に相当やられている模様。
この場は一応医者の体であるハーフエルフのエルメタが二人を診ている。
「こりゃ酷いよ。二人共良く生きてたもんだ……」
「そんなに酷いの?」
「竜の嬢ちゃん、金属って錆びるでしょう? 生き物の身体だって同じなんだ。内臓の至る所がボロボロだよ。特にこの男の子は生きているのが不思議な位だ」
「そう……なんだ」
簡易的に増設した天幕の中でレアットとエターナの様子を見ているエルメタとリンネ。
リンネは腫物に触る慎重さで、レアットとエターナの手に優しく触れる。
「何してんの?」
「音による麻酔効果……。この間、貴女にシアンを診せる前にも施したやつよ」
「へぇー……。そんなことも出来るのか。大したもんだねえ」
「そんな大層なもんじゃない。私の力はどれもこれもまやかしばかりよ……」
素直に感心するエルメタに対し、冷やかな態度で応じるリンネ。エルメタは「そういうもんかねえ……」と付け足しつつ、森の精霊による回復術を緩々《ゆるゆる》と行い始めた。
◇
「ヴァイロ……。お前はバンデという男の行いをどう見る?」
「どうって……?」
ヴァイロ、シアン、そして黒き竜達は、断崖絶壁のさらに上に在る小さな岩山に登頂してラファン側の様子を窺っていた。
40km以上離れた場所に戦の痕跡が充分過ぎるほど視界に映る。黒く焼け焦げた山肌は広く、未だ燻ぶっている場所すらある。
現在の関心事と言えば間違いなくそこにいる筈のエディウス軍なのだが、シアンが今更感しかない事柄を質問するから、ヴァイロは返答に苦慮している。
「私はお前とあの男に風の精霊を付けさせてもらった」
「…………??」
「悪いが私は、何より友人に預けている我が子の元に帰ることを人生の最重要事項としている。よって素行の気になる者へ風の精霊を付与することでその行動を監視させて貰った」
「ハハハッ…………。信用ないのな俺って」
悪いがと言っている割に口調に謝罪の色が伺えないシアンに対し、ヴァイロは苦笑しつつ、もみあげの辺りを指で引っ掻くしかない。
「まあお前の行動は大抵予想の範疇だ。問題はバンデの方だよ。アレの行動すら私はお前が初めて会談を交わしていた時から把握していた」
「ちょっと待て……。では……」
「そう言うことだ。もし彼が怪しい行動を起こせば即座に私は感知出来る筈だった……。それにも関わらず恐らくはエディウス側に通じていたことも、ましてや砦における勝手な決起すら判らなかった」
バンデの奇怪な行動に気づけなかったもシアンは謝るつもりがないようだ。とにかく事実だけを淡々《たんたん》と述べる。
「全ては万能ではないというただそれだけのことだ。人間やハイエルフとて間違いを起こすし、その意識も実に虚ろで危ういものだ」
人間達の会話にさも上位種のような傲慢さで割って入るノヴァンである。
「黒き竜殿、確かに貴殿の能力は個の人間を超越しているが、その魂はこの男から創られしモノでは?」
「………フンッ」
それに対して氷の表情を崩すことなく、目で制しながら答えるシアン。
単純な怒りより余程迫力がある。面白くないと言わんばかりに、黒い竜は大きく鼻を鳴らす。
「まあ気づけなかったのは、こちらの落ち度と片付けて貰って構わない。私が気になるのはあの男の真の目的だ。今アレはフォルデノ王国に幽閉されている。当然の帰結だ」
シアンの言葉に逐一相槌を打ちながら、腕組みするヴァイロ。
意地の悪い話だが、シアンとて正直答えを期待していた訳ではなかった。
「…………これは俺独断の何の根拠もない意見だ。けれどもこれしかない………とも思う」
「「ほぅ?」」
何やら面倒臭そうに口を開く我等が暗黒神に、女戦士と黒い竜は驚きつつ目を見張るのである。




