第62話 風の煽動 ᚷᚨᛚᛖ ∬ ᛁᚾᚲᛁᛏᛖᛗᛖᚾᛏ
己の身の丈より巨大で刃こぼれした二刀を風力の助力により軽々振るう豪傑レアット・アルベェラータ。
大気すら読めない頭の足りない漢だが血沸き肉躍る戦闘の最中、相手を倒したい一心のみで濃霧を撒き散らした。
それに乗った形のアギドが思いついた作戦。
空を飛べる駒と、目に頼らずとも敵の位置を把握可能な駒に賢士ルオラの監視役を担わせた。
さらに濃霧の中からレアットの武器に目方の感触を変える呪文『枷の鎖』を施す。
そして誇大な煽り声を敢えて発し、可愛い子供達の相手に油断し切ったルオラを呼び込んだ。
レアット、天性の無能が飛び込み、ルオラが白銀の女神から借り受けた白い神竜の首を捌いた。
「ぐっ! 可愛いくないクソ餓鬼だわ!」
シグノの血を全身に浴びたルオラが珍しく怒りに歪んだ顔を手向ける。
腕を剣に成した『心之剣』を扱いレアットの巨躯なる剣とシグノを介さぬ直接対決で次なる詠唱の時間稼ぎを試みた。
キャシャーンッ!
「……重いっ!?」
「上等、上等! 可愛いとか俺様の性に合わねぇんだよッ! あ……悪い悪い。何しろ加減が効かなくってよぉ。さらに破廉恥な格好にしちまったな」
アギド先輩が勝手に賭けた術式なぞどこ吹く風、連撃を繰り出すレアットの嘲た嗤い。
このやたら煩い青年と剣を幾度か交え躰に感触を刻んだ筈のルオラが交えた剣で競り負け、滑り落ちたレアットの刃が遊女の如き白い衣服を斬り破る。
さらに皮一枚だがルオラの太腿をレアットの鈍が掠め遂に傷物と化した。
これ迄大きな白い竜にレアットの放つ重みを任せ、ルオラ自身は受け流す事に専念すれば良かった。
シグノが殺られた分は彼女の脳裏に計算が成されていた。されどアギドが付与した魔法の分は加算出来ていなかったのだ。
その身を晒され屈辱に満ちたかと思われたルオラが後方へ跳ねる。
面前のレアットにこそ効かぬ天然の色仕掛け。だがアギドやミリア、アズール──第二次性徴期真っ盛りの子供等が頬を染める僅かな隙を生んだ。
ルオラはこんな状況すら狙った上で、あられもない姿形を晒して戦場に赴いた?
そんな錯覚を抱かせる程、効果が絶大に発揮されたのだ。
──私を傷物に! そんな巫山戯が赦されるのはエディーだけ、もう遠慮はしない!
「デエオ・ラーマ! 戦之女神よ! 地獄の番犬ケルベロスの鎖をもってかの者に潜む魂の鎖を具現化せよッ!」
悔しさに囚われたルオラの忘我──。妖艶を辞めた彼女の唇、血の口紅を滲ますほど前歯で強かに噛んだ。
「……! や、やんばい! あ、アレだけは駄目だぁ!」
ずっと物陰に潜んだまま──戦之女神の袂を離れた司祭エターナ・アルベェラータの顔が凍りつき、大きなお団子頭を盛大に揺らす。
それ程に賢士ルオラの詠唱術は狂気の火種なのを彼女は痛い程に知っていた。
「……その身、自らの罪に縛られる運命を呪うがいいっ! フフッ、醜い肉塊に成り果てろこのクソ餓鬼! ──『魂之束縛』!」
何処まで詠唱なのか、レアットに向けた罵詈雑言であるのか判別不能なルオラの術が手で宙に描いた印と共に完成をみた。
魂之束縛──この奇跡を成せる賢士は極僅か。
然も本来ならば下準備が必須。術者自身が心の鎖を外し相手に投げつける術式が別に存在する。いきなり行使出来るのはルオラただ独りだ。
憤怒抱いたレアットの魂が縛り首に処される裁きを心持ち早く脳裏に描いたルオラの愉悦。
なんと在り得ぬ邪魔が割って入る──。
ルオラの好きな愛らしい生き物とは真逆。
身長2mを超えた狼男を彷彿させるコボルト族の長カネランがレアットの身代わりに為るべく魂之束縛をその身に受けたのだ。
「「なッ!?」」
術者と狙われた被術者──同時に瞠目の叫びを上げた。
魂之束縛の詠唱に刻まれた『魂の鎖を具現化』これは飾りではない。
ルオラを怒りに震わせたレアット──彼は恐らく巨大な得物を扱い数多の罪悪を成したと思えた。
依ってルオラ怒りの留飲が存分下がる拘束の鎖が拝めるものと彼女は信じていた。
「ぐ、ぐおぉぉぉ……」
「おぃ犬、何勝手に邪魔してやがる!」
軍服の胸を押さえ苦しみに悶えるカネラン。
自らの命を救いつつある恩人へ向かい『犬』と怒気荒げたレアット。
彼は喧嘩が三度の飯より好物、さりとて他人の命を無駄に削れる罪人ではなかった。
「し、シアン殿に頼まれたので……す。ヴァイロの子供達を宜しく頼む……ぐっ!」
「知った事かよォッ! 犬っころが変な根性見せてんじゃねぇ!」
苦痛に足掻きながらも亜人族の誇りを捨てぬカネランが末路滲ます震えた台詞。
実は心根穏やかな青年レアット。自分より大きなカネランの肩を掴み揺さぶる。言葉に涙が入り混じった。
「……!?」
そんなやり取りを脇から見ていたルオラの喫驚呼び込む。
敵のコボルト、最初の賢士ルエラから放った生粋の魂之束縛。
その身に受けたにも関わらず未だ苦しみ藻掻く時間が残存している現実が在り得なかった。
◇◇
戦の天秤シアン・ノイン・ロッソ──人並み外れた彼女が恐れ入るほど激しき槍の突きを見舞う司祭姿のエディウス。
冷や汗を胸の谷間に落としながら紙一重にて躱しきる俊敏鮮やかなるシアンの動き。
──まだだ、まだ足りない。
「光束の槍、まるで当たらないな! 戦を掲げた女神など恐るるに足らんッ!」
「ほぅ……女狐がよく吠える。よかろう、ではくれてやる」
偽りの女神がシアンから承ったよもやな『もっと寄越せ』的な煽動。一体何が足らぬのというのか。
グラリトオーレが捧げた姿見を以て浮かべた冷笑──。
白銀の女神と等しき凍った青に変わった瞳の色を細めた。
より蒼の輝きを増したエディウスが握る光束の槍。光を纏いさらなる加速度を増した神格の槍衾。
蒼き光が流れ音速を超えた錯覚──音の波風を思わす。
抱いた恐怖を抑えたシアン、亡き夫が残した境界線を超えた真骨頂を使い切る覚悟を固めた。
▷▷──『シアン、ルオラにどうにか一太刀浴びせた。此方を気にせずやってくれ』
寸刻前、シアンは風の頼りが寄越したアギドのこんな声色を聞いていた。
この場に於ける争い、シアンの生きた懐刀ハイエルフの子供ニイナとレイチは、フォルデノ王国の山林に張り巡らせた陣を守護する留守番役を負わせた。
ニイナから借用した風の精霊術『言の葉』を帯びた木の葉がアギドの報告を仲介したのだ。
──あのルオラ相手に? 流石暗黒神の弟子達。中々やるものだ。
頼もしき小さな獣達。本気を出して忌まわしき戦の女神とやり合う──シアンの腹はこうして決まった。
ドガンッ!
「じ、地震?」
シアンとの闘争に己の全精力を傾けた偽りのエディウス。不意に揺れた地面、僅かに足元をすくわれ動きを止めた。
シアンの空飛ぶ騎馬──飛竜がエディウスの背後に回り強かに地面へ降り立つ随分巫山戯た落とし所。
「そこッ!」
ダンッ!
ディオルの街並みを包む石畳を全力で踏み蹴ったシアンが手槍を突き出した野性味溢れた形。地を這う低空で飛び掛る全身全霊。赤い熱気が夜景に尾を引いた。
「このエディウスを舐めて貰っては困…る!?」
直ぐさま光束の槍を構え直して迎え撃とうと動いたエディウス仰天。何故か踏ん張りきれずに仮初の躰が揺らいだ。
答えは戦之女神が散々踏み鳴らした足元──石畳の地面が微少に波打ったが故、腰を落とす下半身の踏ん張りが封じられた。
ジグザグには進まぬシアンの猪突猛進。だがエディウスの降りたグラリトオーレの躰を直に狙わず、波打った地面に渾身の槍を叩き込んだ。




