第61話 愚直に沈めた計略 / ᛋᛏᚨᚢᚾᚲ \
──ひ、酷く頭が痛い。ノインの力を使い過ぎたか。
戦之女神に仕える最高司祭グラリトオーレ・ガエリオと相対するシアン・ノイン・ロッソが紫色の短髪を揺らして頭痛に抗う仕草。
地上で待ち受ける者──外面だけ血塗れのグラリトオーレ、中身は全て己が敬愛する女神に捧げた狂気の成れ果て。
得物も相変わらず蒼に輝く光を杖先から放ち束ねた光束の槍。だが溢れ出る雰囲気が別人。
ラファン・カノン・フォルデノ王国の境界付近にて白黒つけた最初の戦争。あの時、直接対峙しなかったとはいえ、戦之女神の殺気に違いなかった。
「……ッ!」
中身がグラリトオーレの時と同様、神速の槍衾を繰り出した偽りのエディウス。されど先程と異なる攻勢にシアンの表情が凍りつく。
まるで光を物体化したかに思えた蒼き槍から分離し放たれた青の熱線。トリガーを引き続ければ自動で銃弾を撃ち出す光線銃を彷彿させた。
最高司祭から引き継がれた蒼き槍から分離した青の熱線が、夜空に幾筋もの軌跡を刻む。地上から立ち昇る流星群。
蒼い光の描く軌跡がディオルの街並みから怯えつつ戦局を見上げる民草の怖れを裂き、尾を引きながらシアンを追尾する。
飛竜の手綱を引き砲撃を避け続ける戦闘機の如きシアンの動き。視界最悪な夜空を飛竜の身を捩らせながらどうにか回避。
境界と天秤の能力を組み合わせた力の形だ。
これ以上疲弊したくない異能の再現、されど出し惜しみなど決して出来ない焦燥。飛び散る焦り帯びた汗が照らされ不安なシアンを煌めかす。
「ククッ……相変わらず最初は逃げ打ち相手の力量を推し量るのだなシアン。対レイシャ戦、よく拝ませて貰ったよ」
戦之女神の神格滲んだ低音と、魂毎捧げた筈である人間の慟哭めいたグラリトオーレの残り香が沁み出た声色で、逃げ打つシアンを煽る司祭服のエディウス。
二度に渡った修道騎士レイシャ・グェディエルとの直に観戦してたかの様に悠々告げた戦慄をシアンに注いだ。
「ぐっ!」
近頃敗北の味を知らないシアンが悔やみ美麗な顔を歪めた。
偽りのエディウスが吐いた台詞は半ば正解。然し実の処、手出しのやり口に苦悩しながら取り敢えず避ける屈辱が夜空に描いた軌跡なのだ。
──このままでは何も出来ないままジリ貧……あの世でノインに合わせる顔がない!
グラリトオーレの扱う槍の刃だけ飛ばせる様に成れただけの敵相手に焦りの色が拭えぬシアン。
超高熱の攻撃をこれ程絶え間なく飛ばされては、先程最高司祭に用いた飛竜の火吹きによる牽制とて役に立たない。空を自由に舞える優位性をまるで活かせぬ苛立ち募る。
ヴァサ……。
「ほぅ……敢えて地上に降りるか」
司祭服のエディウスがシアンの次なる覚悟の形に思わず感嘆の唸りを捧げた。
シアンは自分の手足同然に扱っていた飛竜を地上へ降ろし、地面に自らの脚を立たせた。空を主戦場にするべく飛び続けるには境界線の力を消費する。従って空の舞踊を捨てた。
スッ──。
何も応じないシアン、柄の在る手槍を前に突き出す構えを以て答えに変えた体現。
血染めだが白服のエディウス、地上へ降りたシアンを目掛け光束の槍を繰り出す地を這う様な最下段の構えに転じた。
続けざま、ただ槍を風切る勢い以て突き始め、高熱線を飛ばすのは即座に止めた。シアンの間合いが届く距離感に寄せ付けない。
──戦之女神……やはりただの戦闘狂ではないのだな。
自分の脚力と最低限の紙一重でエディウスが繰り出す槍を躱すシアンの狡猾ぶり。ディオルの街並みを無血で手中に収めた戦之女神。
街並みへ飛ばした熱線をぶつけて戦之女神の神格を落とす愚かしさをただの不可抗力では片付けたりしないと読んでいたのだ。
無論シアンとて気の休まる暇がない。
シアンとエディウス──両者、戦には無関係のディオルに住まう人間達を人質にしている状態を重々承知していた。
蒼き光の槍を振るうエディウスの有利は相変わらず緩るがない。
されどたった独りの女戦士を殺るには誇大思わす攻勢と化した。一歩違えれば槍がディオルの民を殺す巻き沿いを喰らう。勘定に入れた上でのシアンなのだ。
──全く……人の動きとは思えない、呆れたものだ。
シアン、依然冷や汗垂らすのも禁じ得ない。
己の体力を極力減らさずエディウスの独り槍衾を避け続ける。
シアンの印と云うべき紫色のマントだけ槍に当たり、焙煎された悪臭が鼻をついた。
例えエディウスが戦の女神を名乗ろうとも所詮は人間の肉体を借り受けしているのだ。
人間の限界値を超える機敏な動きを続ければ依り代側が破綻をきたす帰結をひたすら待ち望む。
実の処、シアンが仕掛けた本命の罠は別に存在し得る。勝ち確と強敵シアンと争える二重のお愉しみに浸り切った戦之女神の足元をジワリッと蝕み始めていた。
◇◇
一方、戦之女神の一番弟子ルオラとレアットの故郷にて対峙していたアギド達一行。
大気使いレアットが投じた濃霧の最中、夜空からはハーピー族の長ルチエノがルオラの位置を把握。
地上ではコボルト族の長、狼男と見紛うカネランが嗅覚による二重の囲い込み。
賢士ルオラからは全く視認出来ない相手から一方的に受ける理不尽な攻勢。但し白い神竜を生きた盾として扱いその多くを退けていた。
此処でアギドが投じた呪文──あらゆる物の重さの感じ方だけを変える『枷の鎖』これを最重量級の武器を握るレアットを被術者にした。
だがレアット当人が戦之女神以外を相手取るのに全く以てやる気を見出せない様子。
無理もなき事──故郷の村民達を根絶やしにしたのが戦之女神直々手を下したのだという思い込みであった。
「──大馬鹿レアットッ! そんなに戦之女神を殺りたきゃ先ずは目の前に居るルオラの首を獲るんだッ! 何しろ戦之女神軍のNo2だッ!」
濃霧の最中、冷静沈着を地で往く蒼いアギドが突然の大声を張り、エディウスばかり付け狙うレアットを容赦無用で馬鹿にした。
ヌッ……。
「あららッ? 意外とお馬鹿さんだったのね君?」
白い霧を裂いてやはり白き衣を纏うルオラと蒼い目とミリアにやられた翼の血染め以外、白が在り得ぬシグノ。濃霧が保護色な両者がアギドの大声を聞きつけ姿を現す。
常日頃から嘲た笑顔が真顔であるルオラ。かくれんぼの鬼が子供を見つけた一際喜び溢れた表情を覗かす。
遂にこの争い、最初の犠牲者──アギドがルオラの前に堕ちるのかと思われた次なる一刻。
ビュウゥゥッ……ズバッ!
人の目方で測ると余りに巨大過ぎて適切な形容詞が浮かばぬ白い神竜より、粗暴と猛然を武器に己を誇大化する漢レアットが霧をも晴らす竜巻を連れ出現。
盾と成したシグノの首元を面前で斬り落とされ、竜の血を全身に浴びたルオラ茫然。
白鬼がまんまと子供の張った網に掛かった愚鈍。
レアットは狂犬、アギドの袂で息を殺して待ち受ける企てに乗った訳ではなかった。
単純明快──自らが撒いた霧が晴れた先に見えた敵、狂犬が牙を剥き噛みついたのだ。
然も敵がえでうすだろうがルオラとか、また己の剣が相手に取って重さを増したなどまるで興味を抱かぬ。喧嘩相手が見えたら忖度抜きの即斬を決め呵々と笑い飛ばした。




