第60話 冷徹なるᛝ自由の枷ᛝ =ᚠᛖᛏᛏᛖᚱ≄
森の都ラファンの中心地ディオルの奪還作戦にてディオル側にシアン・ノイン・ロッソは、自分と空飛ぶ騎馬──飛竜単騎を以て潜入を果たす。
これに対し戦之女神軍もたった独りの最高司祭グラリトオーレ・ガエリオと、蒼き光を束ねた槍を得物にした存在を充てた。
戦の天秤シアンは亡き夫ノインから受け継いだ境界線の異能を扱いグラリトオーレを圧倒。勝敗は決したかにみえた。
然しグラリトオーレは己が盲愛した女神──エディウスを自らの躰に降臨させた。シアン自身、戦之女神と1対1で争うのはこれが初。
何よりこのシアンが恐れを抱いている最大級の理由それは──他人であるグラリトオーレに自己の意識を落とし込めた白銀の女神の真実。
以前暗黒神ヴァイロ・カノン・アルベェリアが推察した『エディウスとは人に非ず。そんなエディウスの影を依り代に錬成した白い神竜も同様』推論が正論にすり替わった帰結をそこにみた。
グラリトオーレは如何にも外連味帯びた、血と自分の躰を媒介にしたエディウスじみた物の召喚を果たしたかに見受けられる。
──がっ、これこそ偽りの可能性が大なり。恐らくエディウスの意識は、依り代になる事さえ望めば誰でも移せる。神聖じみた御業は見せ掛けに過ぎぬ可能性が非常に高いのだ。
◇◇
一方、戦之女神軍もう独りの雄、賢士ルオラ・ロッギオネ・ルマンドを相手取る暗黒神の弟子アギド達とカノンの義勇兵レアット・アルベェラータ等。
大気使いレアットが繰り出した深い霧に身を隠して争う一見優位な展開。なれどその実、薄氷を踏む思いを抱えた状況の中、闘争を繰り広げていた。
賢士の最上位ルオラの術──賢士の扱う奇跡の御業は術者当人の心の在り様を元手にするものと、被術者の心に端を発する術に分かれる。
特に後者は酷く惨悽を極める。
例えばルオラとの初戦に於いて自分達の神ヴァイロが秘めた不安を無理矢理引き出す阿鼻叫喚に堕ちた『心澱の誘い』
ルオラは現状自らの心の片隅に棲む茨を刃に変えた『心之剣』や、人間の言葉は刻として刃に成り得る『言之刃』だけに留まっている。
されど一度相手の心に宿る罪の形を引き合いにする術式に切り替えたが最後。最悪ただのひと吹きを以て骸に届き果てるのだ。
悪い事柄は重なりゆくもの。
音使いリンネは地元カノンの護りを抜けておらず不在。ルオラに取って天敵と云うべきリンネの異能がひとつ『音の波』は彼女の術を全て無効化出来るのだ。
従って幾ら奇声上げたレアットが大気に依るひと押しを借用した超巨大な鈍二刀を振るったり、防御魔法を攻撃に転化したミリア・アルベェリアが拳を用いた処でルオラ当人は涼しい顔をしていられた。
──全く腹立たしい相手だ。ルオラの嗤いを先ず崩さねば何も始まらん!
この闘争に於ける仮置きなる指令官アギドの蒼き瞳から焦りが消えぬのはそうした理由だ。
唯一与えた攻勢、ミリアが白い神竜の片翼を叩き落とした事。
飛べなくなったシグノだが血塗れになりながらも、神匂わす竜の火炎を吐き続ける脅威の移動砲台と化した。
アギド等が連れた蜥蜴の親類的な飛竜では太刀打ちなど到底出来ぬ。
境界線の安定を扱えるシアンだけが弱体なる飛竜でも相手出来るのだ。
「おぃ、アンタッ! えでうすじゃないんなら下の奴と変われッ!」
独り戦場の空気を一切飲まない異端な大気の使い手レアットが戦之女神すら上手く言えずキレる。
彼が望む喧嘩の相手はあくまで総大将エディウスのみ。ディオル側を護る最高司祭にその総大将が乗り移った今。不利も優位すらガン無視した雄叫びをルオラにぶつけた。
「あら、あらあらぁ? 随分と私も嫌われたものねぇ。そんなにエディーがお望みぃ?」
白い霧中からキレた台詞を吐かれたルオラ超安定の笑顔交えた返答。
漢レアットさえ所詮16歳の少年扱い出来る大人女性のゆとり。冷静な舌戦を使い常に優位を保とうとするシアンとは一味違う口達者ぶりだ。
「こんなやたらスケベな格好した女の相手なんかしてられっかよォォッ!」
神の御使いとは到底思えぬ破廉恥極めたルオラの服装をなじるレアット。
徹底して空気を読まないレアットの重鈍なる一閃が霧中から現れルオラを襲うも、地上を歩む巨大な白くて主人に従順な盾に転じたシグノが邪魔した。
「……」
冷や汗垂らしながらも独り戦局を推し量るアギド。
冷静さを必死に取り繕う。こうしたどちらへ天秤が傾いているのか判断し辛い戦いこそ先にぼろを出した方が負けるのだ。
実際ルオラは戦局を図る局面に於いてシアンに劣っていた。深い霧の最中、敵の攻撃がやたらと届く不自然に気づくべき状況。逆説──これぞアギド側の生命線だと云えた。
「暗黒神の名に於いて命ず! 火蜥蜴よ、その身を焦がせ! ──『破』!」
此処で誰もが忘れ掛けた男の子の詠唱がやはり濃霧の中から響いた。
爆炎をこよなく愛するアズールの破。
但し普段と異なる術の変遷。深い霧を裂いた矮小だが続けた発破が直線を描きルオラを強襲。まるで機関銃を立て続けに撃った赤の軌跡。
──一々煩いのよあの子の術。
ルオラ、またもや己の神竜を前面に押し出しこれを防ぐ。
然し自分へ近寄る音に少し苛立ちを感じた。
さらにこの攻撃も寸分違わず自分を狙い澄ました一撃。例えマッチが如き扱いであろうとも、いい加減注意を向けるべきであった。
なれどレアットが自然に仕掛けた深い霧にルオラが囲まれて以来、誰がこの戦局から消え失せたか脳裏へ回せたかと云えばこれは難題かも知れなかった。
闇に失せる黒い翼が背中に在り、夜空から戦局を俯瞰で見られる美しき亜人族、ルチエノの存在を。
さらにもう独りの亜人族──。
純粋な人族より明らかに鼻の利く犬族。人族でも女子供ですらない者は、濃霧が掛かる以前──ルオラの興味枠から完璧に外れていたのだ。
夜空からの偵察、地上に潜む臭気の探知。実の処、子供騙しも甚だしき落とし穴。己の力を過信しないシアンであれば決して堕ちはしなかった。
そして今度こそ最後の余り者──。
白い標敵が出現した途端、その身を完全に晦ました危険過ぎる少女。ルオラと等しくエディウス様を敬愛していた裏切り者の司祭エターナ・アルベェラータ。
愛くるしい女性が嗜好品のルオラが匂い掴めぬ天性の隠者。同じ司祭グラリトオーレの様な槍の扱いなぞ全く知らない戦力外。
されど暗黒神の黒魔法しか知らぬアギド達に取って唯一の切り札。Jokerは最後まで切らぬのだ。
「ペソ・クアンティア、暗黒神の名の元に、全ての物の拘束を具現化せよ──『枷の鎖』」
アギド少年──アズールが造った爆音の間隙を縫う隠蔽の詠唱。
重量を増幅した様に感じさせるアギド独自の呪文。元来、己が扱う武器の軽さを補うべく自らを被術者にする。
この呪文をこの中で最も不要に思える最重量級の武器を扱う者に敢えて投じる。
蒼い仕掛が徐々にルオラの自由自適な笑みを浸食し始めた。




