第57話 異彩と偉才 ᛖᚲᚲᛖᚾᛏᚱᛁᚲ ✠ ᛈᚱᛟᛞᛁᚷᛁ ⚚
ラファンの中心地ディオルを解放すべくこの街を見下ろせる場所に存在する全滅した山間の村。
レアット・アルベェラータの故郷に降り立ったアギドやレアット達一行。
建造物は綺麗に残っている奇妙な村跡に首を傾げた一行。出身者レアットですら、この現状が意味する答えを知らなかった。
労せずしてディオル攻略の足掛かりを掴めたと思われた矢先。
白い神竜とそれを駆る最上位の賢士ルオラ・ロッギオネ・ルマンドが手ぐすね引いて待ち構えていた。
ディオル側へ単騎煽動に出向いたシアン・ノイン・ロッソと亜人族以外、成人以下のさぞ可愛らしい早熟の果実を見つめるルオラの目が自然に細くなる。
──ルオラ……独りなのか?
剣を交えた経験のあるアギド──。
詠唱必須な賢士が神竜に跨っているとはいえ独り切り。不利な状況を自ら望んだ形だが、それがかえってアギドに不気味さを走らせた。
「喰らいやがれぇッ!」
ズガァァンッ!
レアットの振り抜いた鈍二刀。異能で起こした竜巻に身体を預け、ルオラより高い位置から無造作に振り抜いた天剣。
ルオラは首裏に感じた殺気を妖しい微笑を湛えたゆとりを秘め、白い神竜毎、純白のドレスを羽織る踊り子の様に鮮やかに躱した。
「嗚呼……なんてひりつく緊張。ゾクゾクしちゃう、もっともっと私を楽しませて頂戴」
「……その息を我に与えよ! ──『爆炎』!」
レアットが怒りに身を委ねた剣閃を態々紙一重で躱したルオラが顔を赤らめた吐息と腰くねらす歓喜の悦び。
続けざまを狙った爆炎の魔導士アズールの爆炎呪文。なれどこれはシグノが吐いた炎の息が相殺する。
「……いかなるモノも通さぬ強固な壁を我に与えよ! ──『白い月の護り手』」
申し合わせた訳ではないのだがアズールに続き、詠唱を重ね時間を縮めたミリア。
盾を鉾に転じさせ、シグノの白鳥の如き翼を狙い、命煌めく白い手刀を振るう。されど、これも難なく避けられた。
──いかん! まるで連携がなっちゃいない!
レアットの一閃から連続したアズールとミリアの魔道。いずれも綺麗に繋がった様に誰もが思える攻勢。いや、むしろ余分に美し過ぎたと心で独り舌打つアギド。
詠唱術の弱点を補うため連携を絶やす事なく続けるのは基本中の基本。
賢士ルオラを相手取った争い、これは初回ではない。そもそも敵とて味方が居れば同様の動きをするのが必然なのだ。
悩める中間管理者のアギド。
何しろルオラがひとたび攻勢に転じれば必殺の術式が想像容易い。
本音の処、未知数であるレアットの爆発力に勝手な期待を抱いていた。
──ふぅ……やっぱり活きの好い子供相手は燃えるわ。特に灰色の子! 是が非でも私の玩具にしたい。それから黒い翼の鳥族も捨てがたいわね。
この期に及んで同性の品定めに余念がないルオラの視線。流石己が女神を遊具と成す女。
魔法仕込みの無手を扱い襲撃してきたミリアと、鳥人間にしとくのが惜しい赤と青の瞳のルチエノへ、舐め這わせる視線──隈なく流す悦楽に酔いしれひと呼吸すら惜しんで飲んだ。
己を成した天性の美学がさらなる上位種を探究し尽くしたく彷徨うが故、生娘ばかりを追い求めるのか。
「例の音使いが居ないのも好都合──ん……? こ、これは!?」
そんな罪深いルオラの視界を邪魔する白く深い影。
突拍子ない濃霧が敵味方構わず周囲を遮り始めた。
不意の転機に不快感をきたすルオラの苛立ち。シグノの羽ばたきを用い吹き飛ばすのを試みるも晴れた傍から再び曇りゆく。
攻め込んだ側は誰の仕業か自ずと知れた。
誰も魔法を使ってなどいないのだ。山間部の目まぐるしき天候変化を大気の使い手が呼び込んだ。
◇◇
たった一騎の飛竜を用いディオルを強奪した戦之女神軍の囮を自らに課したシアン・ノイン・ロッソの瞠目。
敵の頭領──白銀の女神は見当たらぬディオルの街側から瞳煌めかせ子供達を襲う地獄を見やる底辺。
「──白い神竜があんな場所に潜んで? 私達は敵に嵌められた!?」
敵地を見下ろす村が無人──なんの気兼ねもなく此処を占拠した上で遠距離魔法中心に依る攻勢を仕掛ける手筈だった暗黒神側のアテが外れた。
ディオルの街並みには絶つ事が虚しいと思える僧兵や司祭級ばかり。何よりこの街に元来住まう人々が居るのだ。下手に手を出せばシアンが逆賊呼ばわりされかねない。
──ならば!
騎乗している飛竜共々身を翻し、対ルオラ戦へ向かおうとした矢先。
これ迄知らぬ殺気に杭を打たれたシアン。自分の動きを止めるべく故意にぶつけた殺意。自分が背負わねばならぬ違う覚悟に腹を括った。
「戦の天秤シアン・ノイン・ロッソ! 我は戦之女神が最高司祭グラリトオーレ・ガエリオである! 貴女程の秀才が無知な王族の口車に耳を傾けるとは!」
叩き起こされた寝巻から外で堂々着替えた純白の司祭服。服装だけで推察する愚昧なる者ならば駆け出しの司祭と見紛う可能性。
然し相反する存在感を引き出す太腿から黒ストッキングを吊るす危いガーダーベルト。
そして何より術不要で相手を縛れる背から溢れ出す無尽蔵な気配。
十字を切った杖の先──宝玉から解き放たれる刃なき光で成した長槍を握り絞め、地上からシアンを指した漲る闘志。
──グラリトオーレ……出来る! アレはただの司祭ではない!
数々の戦を潜り抜けた者ならば決して無視出来ぬ存在感を感じ取ったシアン。司祭の最上級と向き合わねば己が先に消される狂気──否応なしに気づかされた。
ヴァサッ……。
シアン、緊張の面持ち崩さず飛竜に跨る制空権をかなぐり捨て、地上と擦れ違うギリギリまで降下した。
悠々夜空を舞う愚かを続けようものなら、最高司祭の握りし光束の槍がシアン自身を軽く蹴散らし、子供達が潜む山間部すら貫く誇大な裁きの葬送を抱かせたのだ。
──然しレイシャの次は女性の最高司祭……何とも心地良き戦意か。
またしても我ながら馬鹿を思うシアン──天賦の才が魂揺さぶらずに要られなかった。自らも鍔の付いた異形な手槍を引き抜き構える。
「グラリトオーレ殿、司祭でありながら随分と仰々しい得物をお持ちだ」
低空とは云えど未だ飛竜に跨り、僅かばかりの優勢を以て手槍で指差す煽りを欠かさぬシアンの舌戦。
ズサッ……。
「馬鹿にしないで貰いたいもの……槍の扱いなら我等司祭は僧兵の遥か上を征かねば大恥を掻くのです」
杖を槍に転じた異形を構えたグラリトオーレ、シアンの指摘に小耳すら貸さぬ殺意を返した。両脚を大きく広げ、地上を這う様相──馬上槍扱う騎士さえ制した。
「成程……大変失礼した。最高司祭殿、これは楽しめそうだ」
レイシャと幾度も剣を交えたシアン──若輩ならではの圧力とはまるで異なる偉才放つ相手に思わず心震えた。




