第58話 怨嗟の刃 ᛏ- ᛗᚨᛚᛁᚲᛖ -ᛏ
森の都ラファンの中心地ディオルの街並みを取り戻す争い──。
戦の天秤シアン・ノイン・ロッソに単騎ディオル側の抑えを任せ、レアットの生まれ故郷から攻勢を狙ったアギド達。
よもやな賢士ルオラの恐怖に満ちた待ち伏せを受け、どうにか自分達だけでやり抜くべく若さにかまけた全力を試すもルオラに傷ひとつ負わせられない。
敢えて子供達の遊戯に身を委ねる悦楽に浸っていたルオラ。そろそろ攻撃に転じようとした処、幾ら振り払っても消えぬ深い霧に包まれ独り苛立つ。
「これはただの霧じゃないわね……」
白い神竜の羽ばたきで起こした極地的暴風。消失した傍からルオラを再び包み込む人の異能が成した霧。
然も可愛い子供達は霧を呼び込む詠唱を行使した気配はなかった。
「デエオ・ラーマ、戦之女神よ、我が魂に潜む言の葉を捧ぐ! 斬り裂け! ──『言之刃』!」
ズガッ! ズガズガズガズガッ!
賢士が扱う中では初歩と云うべき言葉の刃を濃霧へ散らしたルオラの様子見。
可愛げある悲鳴など一欠片も届かず地面に刺さった虚しさしか返らなかった。
とっくに行方を晦ましたと思われた若さ溢れた新芽の敵達。
ブンッ! キィンッ!
「フフッ……どれだけ霧に紛れようが君の殺気と大剣が起こす風だけは隠しようがなくって……!?」
「腕を剣にしやがった!? 知った事かァッ!」
レアットの巨大な鈍二刀が再びルオラへ断頭の刃を落とすがルオラは笑みを湛えたまま容易に心之剣で受け流した。
独り「チィッ!」と本気の怒りをみせたレアット。術で具現化した剣の刃先を滑り落ち、まるで鉄製同士の火花を散らした。
然し振り下ろしたレアットの刃から何か異なる殺意が飛び立つ。気づいたルオラの色艶帯びた声音から濁りを生み出す。
──馬鹿な? あの女、初めから詠唱を終えていた? ……だが!
霧の中、身を隠したまま仲間達へアギドが指示を出す。賢士の奇跡、心之剣の詠唱をいつ終えたのか認識出来ないアギドを走り抜けた戦慄。
それに例え殺気の居所が事前に知れようとも、あの巫山戯た刃を悠々受け止めたルオラの見事な胆力。
濃霧の中、例え目に映らずとも手に取る如くルオラの動きが知れたアギドの感覚。
ルオラは絶大なる竜を僅かに退かせ、レアットから受けた決死の刃を受け留めたのだ。答えだけ語れば難題とは云い難い。然し体現するのは容易くないのだ。
「──火蜥蜴よ、その身を焦がせ! ──『破』!」
なんとレアットの鈍に跨り飛び出したるは紅の爆炎魔導士アズール。
中途迄詠唱し終えた呪文──連鎖し続ける発破をルオラの面前へ寄越した。
白い濃霧に紅の粉塵が混ざり合う牽制射撃。
本命ではないと瞬時に悟れるルオラだが挙動は乱された。今更甚だしき話──レアットの巨大剣は2本在るのだ。
ズバッ!
防御魔法白い月の護り手を転化させた手刀を振るうミリアも、レアットの二刀目から飛び立っていた。
ルオラが睨んだ通りの本命──神竜の翼、根元を斬り裂き白鳥の様な翼が吹いた赤に染まりゆく。
赤でも蒼色でもなき灰色がポニテを揺らす初太刀を決めた。
「ぐっ! よくもやってくれた!」
遂にルオラの顔を歪めたアギド達に依る真の連携。
詠唱必須の賢士ルオラは独りきり──シグノの護りを頼りつつ術を仕掛ける必然。
ならば彼女の羽根役を真っ先に捥ぎ取り地へ落とせ。暗黒神の一番弟子が授けた作戦であった。
「ウォォォッ!! アンタが女神か!?」
そんな最中──独り作戦不要の漢レアットの二刀が三度火を噴く的外れ。彼はあくまで己の地を征くのだ。
参謀役とて敢えて無法者を赦す。作戦と云う名の枷など渡さぬ方が、この男の最大火力を生み出す理を知っていた。
村の仇、レアットが忘我しながら誠心誠意を込めた剣闘を贈り届ける。彼の本命はあくまで白銀の女神。
家族を奪われたレアットの燃え上がる怒り──暁に染まる狂奔を望んだ。
◇◇
一方、戦之女神軍の混乱を狙ったシアンの単独行動。まさかな最高司祭グラリトオーレ・ガエリオとの対峙を余儀なくされた。
ブォンッ! ブォン!
風切るグラリトオーレの槍──。
飛竜に乗り僅かに宙へ浮いたシアンへ向かい、青く輝いた光束の鉾先。風切る突きを、丁寧に幾度も見舞う。
──速い! 光を束ねた槍は流石に軽い。然し振り抜く勢いがやけに重い!
グラリトオーレが孤独な槍衾を創る。たった独りで幾重にも重ね置く。
飛竜を操り鮮やかに躱すシアンの千両役者ぶり。
だが、彼女自慢の紫色の短髪が時折散り逝く。耳元で囁く戦慄。
得物の軽量さと使い手が発生させる質感に心の中のみで矛盾を語った。
然しあくまで光を束ねて成した槍なのだ。態々握った手を動かさなくとも、形状だけを伸ばし切れば勝手に届く筈。
敵に対する敬意の現れ? はたまた直接己の手を以て殺めたい野心の体現なのか。
いずれにせよ未だ本領発揮でないのは火を見るよりも明らかだ。
「そちらからは掛かって来ないのか! 戦の天秤とは口だけ達者な訳ではあるまい!」
高めの声にも関わらず神格通った凛々しき最高司祭の雄叫び、陽の落ちたラファンの山林部に響き渡る女神の代行者。
ボゥゥッ!
まるでグラリトオーレの煽りが火付け役になった様な飛竜の火吹きが最高司祭が白く艶めかしい脚を踏ん張る足下の草花を焼き尽くす。
グラリトオーレは僅かに怯み、戦之女神に忠誠を誓った自らの不信へ立腹した。
「最高司祭殿は思いの外、好戦的だな。流石に戦を掲げる女神の忠臣といった処か」
飛竜の火吹きと言葉による扇動を合わせ重ねたシアンの狡猾。
緑の瞳が紫に燃え揺らぐ。無論、手をこまねいている訳ではない。
対レイシャ戦の時にも用いた亡き夫から継いだ境界線の能力。敵方グラリトオーレの体温等が検知出来うる最も冷静極めた状態。
──全く気負った様子が……それにあの光束の槍、温度が尋常じゃない。
精密な機械の様にシアンがグラリトオーレの戦力を計測してゆく。己の手槍を素のまま光の槍と交えようものなら、溶解する結実がみえた。
──あの槍自体の性能なのか、或いはグラリトオーレの能力が成せる御業か?
心だけ天を仰ぐシアン。レイシャの時と同様──またしても自分の底力だけ使った処で淋しき勝敗が知れた。
──ノイン……また貴方を借りるわ。私はまだ其方へは逝けない。
魂に願いを掛けた女性の本質。声音も気質とて男を打ち負かすシアンが真心込めた大層稀有な女性言葉──心音だけで密やかに呟く。
ボッ!
「……!」
紫だったシアンの瞳が本気の赤に転じた。鍔の付いた手槍が紫色に染め上がる。
瞬時、グラリトオーレの顔つきが色を変えた。さっき迄の敵とは別物へ転身したのに気づいた険しさ。
「此処から戦の天秤──私の真価をお見せしよう。さて、準備はいいかな?」
紫色帯びた槍を天へ突き出し何やら芝居じみた態度。シアン・ノイン・ロッソが戦火の最中、哀しみ乗り越えた笑みを零した。




