第56話 羨望と絶望 <ᛖᚾᚢᛁ × ᛞᛖᛊᛈᛟᛁᚱ>
森の都ラファンの中心街ディオル──。
今宵は月明りが望めぬ新月。普段よりも静まり返った囚われの街並み。
ウォォォォォォォン……!
カンカンカンカンカンッ……!
「て、敵襲ぅぅッ!」
狼狽えたエディウス側の僧兵──。
見張り小屋からけたたましい叫びと警報を掻き鳴らす。山林を切り拓いたこの街にも電機が供給されてた事実を照らし出した。
バッ!
照明が一斉に灯り大胆不敵な敵の影を映し出す。
「ば、馬鹿なッ!?」
最高司祭グラリトオーレ・ガエリオ。
寝巻きから司祭の装束へ着替える間すら惜しみ、宿舎扱いしていた町長の家から外へ飛び出す凛々しき所作。
前日の昼間、賢士ルオラへ報告したフォルデノ王族の愚かな企み。よもや日付が1日だけ変わった夜。星が瞬く間に現実と化した。
然も見える敵は僅か一騎──。
暗黒神軍、総大将ヴァイロ・カノン・アルベェリアの次に控える最強の傭兵シアン・ノイン・ロッソが駆る飛竜。
紫色滲んだ飛竜──騎乗しているシアンの色艶が反映されたかの如き艶やかさに染まる。
追い縋ろうと回る警告灯を振り切りながらディオルの上空を旋回し続け『寄らば燃やす』云わんばかりな火吹きを散らした。
──幾ら戦の天秤とはいえ飛竜単騎で攻め込むとは? 偵察か、或いは陽動?
「見張り役は一体何を呆けていたの!? いきなり敵が現れた訳ではあるまい?」
姿こそ寝起きだが最高司祭の品格溢れたグラリトオーレの立ち振る舞い。戦之女神様の御前でアタフタしていた女性とは別人の声を唸らす。
「そ、それが……まるで幻が実体化したかの様に」
すっかり怯えた喉を震わす見張りの兵達。我ながら意味の通らない発言だと知った上の愚行を晒した。
「ば、馬鹿な事を……?」
顔を伏せたまま戯言を吐いた僧兵。この場で刑罰を執行されそうな恐れをみせる。
部下を指摘しながら天を仰いだ最高司祭──ある事に気づいた。
──厚い雲? 私が寝る前こんなに淀んでいたかしら?
実際の処までは思い出せぬグラリトオーレの苛立ち。
自分の脚元で怯え歯の根が合わない部下の無能加減を認めるしかないと思えた。
シアンの駆る飛竜、あの曇に自らを潜伏させる奇術が如き不意を突いた進撃を果たした──他に思考が及ばなかった。
「エディウス様の尖兵がこれしきのことで狼狽えるなッ! 他にも潜んでいるに違いない! 隈なく探せぇ!」
長い黒髪が取り巻き乱れたグラリトオーレ。女性とは思えぬ抉る一喝。男が過半を占める底辺なる僧兵達のどよめきを声音ひとつで統率した。
──既に居るのか……其処に?
喧騒の最中──黒い視界の頂き。最高司祭御自ら手を下し滅した例の哀れな村跡を思わず見上げる。
そして同時──昼時にフラリとまるで散歩の様に此処へ姿をみせた一番弟子ルオラ。
決してただの気紛れでなかったと思い知るグラリトオーレの戦慄を呼んだ。
◇◇
数刻前──。
シアン・ノイン・ロッソが駆る飛竜を先頭に10騎の飛竜と若輩だが一騎当千なる者達が厚くもたれた雲の中へ飛び出した出陣。
亡き夫ノインが残した異能──。
身体能力や平衡感覚を極限まで引き出すシアンが飛竜で雲海の中、渦巻く風を斬り裂く。境界線の力がシアンの竜を紫色に燃やす生きた篝火と化した。
背後に数珠繋ぎで連なるアギド達は、シアンと飛竜が生み出す空気の波に乗るだけで勝手に引かれた。
「この雲──あのレアットが全部これを?」
蛮勇レアット・アルベェラータは大気の使い手だと事前に聞かされていたシアンだが、ほぼ快晴の夜空に分厚い雲海を呼んだレアットの異能に舌を巻く思いだ。
然も当のレアットは、たった一騎。別枠にて自身が飛行する方へ逆転の嵐を巻き、単騎で悠々空で嘲を浮かべた。
「速い速過ぎッ! 誰か止めてくんろぉぉッ!」
レアットの背中に縋るは彼の同郷出身者で姓が偶然重なった回復役、エターナ・アルベェラータだ。
斯くして先導こそシアン任せとはいえ、レアットが召喚した雲海の迷彩の中を飛行した彼等。こうして奇術を熟した次第。
後はシアンが単騎、ディオルの街並みの上空を猛禽類が如く旋回すれば目指すディオルの街並みが上から狙える村へ隙を突いた着陸を果たした。
「──なんて薄気味悪い村だ」
戦之女神軍がディオル制圧前、見せしめとして消した村。されど消した割に建物類がすべからく綺麗に残っていたのだ。
なれど人の気配は全く以て感じられない。これがアギドに『薄気味悪い』と言わしめた結実。
「レアット……これは一体?」
「聞くな、知らねぇんだよ俺様も……。俺が帰って来たらこうだった。死体処か牛馬一頭、塵ひとつ残っちゃいねぇ」
この村出身のレアットへアギド先輩が疑問を投げるも苦虫を嚙み潰した顔だけ返すに留まるレアットの難色。
ミリアやアズール、コボルト族の長カネランやハーピー族のルチエノとて困り顔。故郷を失ったレアットの哀しみは余りあるが、それ以上に異端な有り様だと思えた。
ガツンッ!
「もぅいいだろ……。ホレッ、下の街が敵の居るディオルだ。こんだけ楽で最高の舞台、他に在り得ねえだろうが……」
巨大な鈍二刀を村の地面へ突き立てたレアットの言い淀み。
──親父……帰って来たぜ。アンタの墓標に最ッ高の華を添えて殺るからよ。
ヴァサッヴァサッ……!
「──ッ!?」
「翼の音!? まさか!」
敵地ディオルを見下ろす最高の配置。然も遠距離攻撃を得意とした魔導士擁する遊撃部隊。然もご丁寧に身を隠せる無傷の家が在る地図には未だ残りうる村。
遠距離も近距離も自在なレアットや防御魔法を肉体強化へ転じた超近接格闘を得たミリアなど、最早敗北の要素が見当たらないと高括りした若者達を絶望へ叩き落とす白い羽根。
「うふふ……可愛い子供が選り取りみどり……残さず私がいただくわ」
白い神竜──自分達の駆る蜥蜴に翼を生やした竜の出来損ないとまるで異なる理不尽。白鳥の如き翼から決して鳥に非ずな巨大過ぎる羽根を散らした。
神竜シグノに乗り手ぐすねを引き、待ち受けていた攻撃特化の奇跡を扱う賢士の最上級。ルオラ・ロッギオネ・ルマンドが最上の笑みを子供達へ手向けた。




