第46話 小さくても揺るがない勇気
(黒い刃………! 此奴があのレイシャ!)
レイシャの二刀をさばいたレイチ。そのやり取りを眼前にしたミリアは、相手の刃の色を見てシアンから聞いた話を思い出す。
二人共つい注意力がレイシャの方に向かってしまう。
「おぃっ! ガキばかり寄越して自分はかかって来ないのかシアンっ!」
レイシャはそんな二人がかりを相手にしながら、意識は後方のシアンへ向ける。冷静なのか頭が悪いのか………。
彼女は黒い刃なんかよりもその存在自体がトリッキーだと言える。
「ホホッ……私は年寄りですから暫し様子を見させて頂きますね……」
「ば、ババァッ! 馬鹿にしてっ!」
明らかにシアン目当てでこんな所までやって来たレイシャを小馬鹿にした態度を取るシアン。
わざわざ老婆の声色すら出して、取り合えず精神的優位だけは主張している。
(……に、してもやはりこの洞窟の存在は既に相手にも知られていた。ロッギオネと繋がっていることすら)
実は違う意味で心の余裕などないシアンである。
(これでは不意討ちどころかむしろこちらの不利だ……。私の嫌な勘はどうして的中するのだ?)
心中は全く穏やかではない。もっともグダっていても始まらないので建設的な行動に移る。
—アギド、私の声が聞こえるな?
「………っ!?」
突然アギドの脳内に直接働きかけるシアンの声。流石と言うべきかやはり冷静を装っているように聞こえた。
―これは私の『接触』という能力だ。君にはこんな回り道をせずとも心の中が読めるらしいな。では私の考えを勝手に読み取って、今すぐ従って欲しい。
何とか平静を装うアギド。やはり彼は隠密行動に長けていると感心しつつ、今置かれている状況を心の中だけで説明するシアン。
それを聞いても顔色一つ変えない彼の存在が本当に頼もしい。
(確かに………。敵がここに来てる以上、この作戦は完全に詰みだな。了解した)
―これより私の力でお前の姿を消す。『不可視化』
「………なっ!? き、消えたっ!?」
アギドの姿がスーッと静かに消えてゆく。彼を背に敵と戦闘しているミリアとレイチは気がつかなかった。
こちら側を見ているレイシャ含む敵陣営には、流石に消えたことを気づかれる。
「グラビィディア・カテナレルータ、暗黒神の名において命ず。解放せよ、我等を縛る星の鎖よ『ヴァレディステラ』」
アギドは小声で重力から解放される魔法を使うと、宙に浮いて仲間達に背中を向けて行ってしまった。
先程アギドが黒い雲の魔法で操ったコボルト達は未だそのままなので、魔力が残留している以上、まさかこの場から彼がいなくなったとは、知恵が回らぬレイシャ達。
むしろこれから目に見えぬ攻撃をされることに注視しなければならないと感じていた。
レイシャが消えたアギドに動揺の声を上げたことでレイチとミリアも状況の変化に気づく。
当然二人も驚いている。シアンはアギドが消えた理由を接触で伝えるのは止めにした。
二人の集中力を乱したくはなかったし、何よりアギドが逃走した真の理由を伝えてしまうと、特にミリアは戦いに支障をきたすと配慮したのだ。
もっともレイチの方は、状況から察したようである。
―レイチ、熱くなってはいけない。まず冷静にレイシャの刃に対処しつつ、賢士の動きを引き続き牽制しなさい。
―ミリア、私の声が聞こえますね。貴女が最初に落すべきは最後方にいる司祭だ。殺らねば回復されてしまう。
―そして二人共、とにかくレイシャから伸びる影に気をつけるのだ。
接触を使ってシアンは二人に簡単な指示を送る。不可視化を二人に付けたい所だが、シアンの能力値でこの力が使えるのは一人に限定される。
レイチは早速レイシャに向き合い、まるでボクシングでいう右ジャブの如き速射砲で、ナイフを幾度も突き付け牽制する。
後方に潜む賢士を睨みつけることも忘れない。
ミリアには流石にそこまでの駆け引きが出来ない。指示通りに司祭に向かって足元にスライディングで飛び込む。
「バレバレなんだよォォ!」
ニイナが放った光の精霊が各々《おのおの》の頭上に浮遊しているので、影が伸びないのが実に鬱陶しいレイシャ。
だが彼女とて左手の剣を司祭の側に伸ばして、決してミリアの好きにはさせない。
「デエオ・ラーマ! 戦の女神よ! 心に潜む茨の刃よ! 我は剣也、神の剣也、裂けよ全てを! 『心之剣』!」
ここで相手側の賢士が勇気ある行動に討って出る。レイチが投げてきたナイフに刺されつつも、詠唱を完遂させる。
賢士の両手に光の刃が形成される。術者に潜む対抗心を剣とする術式である。
(い、いかんっ、これではっ!)
慌ててナイフを宙に放るシアン。これで賢士も詠唱なしで攻撃に転じることが出来る。
『操舵』でナイフを操り、早速二人の援護を開始する。レイチの後方からナイフが通り抜けようとした瞬きしかない時間であった。
「愚策だねぇ、それはっ!」
ナイフが洞窟の石畳に作った矮小な影をレイシャは見逃さなかった。4本のナイフの影から瞬時に黒い棘が飛びだして、レイチとミリアを襲う。
「グッ!?」
「ハァァ!」
その棘に下から両足の大腿部を撃ち抜かれるレイチ。驚きと苦痛にその綺麗な顔が歪む。大出血で自身も床も血塗れになる。
一方、まだ相手に詰め寄れていなかったミリアは、足元に防御力を集中させて、運良く難を逃れた。
「アハッ、エディーちゃんの言った通りだ。先ずは小僧から仕留めてくれるわっ!」
シアンの能力をエディウスから聞かされていたのであろう。レイシャは実に楽し気な顔でレイチに実体の刃を振り下ろす。
自らの顔に付着した返り血を舌で舐め取る。
「まだだぁ!!」
ナイフを握る手ではなく、機動力を削いだレイシャ。
普通の相手ならこれで確かに終わるところだが、レイチは勇気の精霊をフルに活かし、あえて前に討って出る。
(トドメを刺しに来る瞬間にこそ最大の好機っ!)
相手が振り下ろす剣より先に、喉元に飛び込むレイチ。彼はレイシャより背が低いことも近接戦においては優位に働く。
上からの攻撃より下からの特攻が上回った。勇気の精霊の化身が如き、レイチの動きであった。




