十八話 ドブよさらば
どうしてこうなったのだ。
本人以外はそりゃなるだろとしか思わない疑問をドブールは抱く。
突然壁が割れ、レンガが額に当たり昏倒した。
その後、気が付くと逆さ磔になっていた。
しかも超高速で驀進する鉄戦車の上でだ。ドブールは再び気絶した。悪い夢だと思いたかったのだ。
そして次に気づいた時は見知らぬ校舎の屋上だった。
再び磔にされていたが今度は逆さでは無い。
なので自分を囲む面々の顔が良く見える。
いや別に囲んではいなかった。
女性陣たちは風が心地よい屋上でティーパーティーを楽しんでいた。
「こちらデーモンフラワーの砂糖漬けになります。少し痺れますけど紅茶にとっても合うんですよ」
「痺れるってマリア……これは食べて大丈夫なものなの?」
「はい、私がいる時は大丈夫です」
「ふむ、舌の鍛錬に丁度良いな」
「流石ですゴリアテッサ様、召し上がった直後でも普通にお話できるんですね。兄さんでさえ最初は痺れて治療するまで喋れなかったのに」
「成程、拷問や口封じにも使えるということか」
「ねえ、私普通のお菓子が食べたいんだけど……」
女生徒三人、いや女生徒二人と女怪が一人が近いだろうか。
鉄仮面をつけたままどういう仕組みかわからないが紅茶を飲んでいる化け物がいる。
しかもティーパーティーに似つかわしくない竜の爪が厳つい椅子でだ。
そしてその人物にドブールは見覚えがあった。
「ゴリアテッサ・アイアンローズ……!」
「おや、目覚めたか」
ドブールの憎悪を込めた声にゴリアテッサは一切動じない。
代わりにドブールを見張っていた男二名が警戒するように前へ出た。
「よくも王太子であるこの僕を誘拐したな、死罪だ!」
「それは楽しみだな、やれるものならやってみるがいい」
そうゴリアテッサは言う。
鉄仮面の奥の鋭い瞳が楽し気に細められていることにドブールは気づきゾッとした。
「貴様、狂っているのか?!」
「狂っているのは君だよドブカス殿下」
そう眼鏡をかけた二人の内、額に傷のある学生服の男が言う。
「誰だ貴様は」
「僕はカイン・アイアンローズ。アイアンローズ公爵家の人間さ」
「フン、男の名前なんて覚える価値がない」
自分から誰何しておいてそんなことをドブールは言う。
「別に構わないよ。君が覚えておくべきことは自分の末路だけだからね」
「何……?」
「諸外国の貴族令嬢や更に姫、諸々三十人の貴人に手を出した君はこの場で処刑される」
あっさりとカインに告げられドブールは目を見開いた。
「何だと?! 僕が何をしたっていうんだ!!」
「罪状については今言ったけれど」
呆れながらカインは告げた。
「当たり前だけど超国際問題だよ、だからキレータ嬢は君を殺しケジメをつけることで国を守ろうとしたんだ」
「嘘吐くな、愛する僕に浮気されたショックで狂っただけだ!」
「狂ってるのは君だろ、色狂いが。彼女の覚悟も知らなかった癖に」
「覚悟……?」
「もし義姉さんが介入しなければキレータ嬢は周囲を破壊し君を殺した後自決するつもりだったそうだよ」
派手な惨劇を起こし、他国からの怒りを少しでも萎えさせる為にあえて悪役を買って出たんだ。
そうカインは珍しく同情を浮かべる。
「でも安心していいよ、彼女はこの国で楽しくやっているから」
「キレータは僕の婚約者だぞ、返せ!」
「貴様の婚約者は別の女人よ」
そう今まで黙っていたゴリアテッサが告げる。
その場にいる者の視線が全て彼女に集中した。
「ドブール、貴様が手を出した姫の一人が子を孕んだらしい」
「えっ、だ、誰だっ?!」
「オラウータ姫だ」
「マジで誰!?」
叫ぶドブールをカインは冷たい目で見た。
「全く……自分が手を出した相手すら覚えてないとは、男として最低だね」
「そ、そう言われても」
「たとえ彼女がお忍びで変化の薬を使いちょっと毛深めでワイルドな姿から童顔美少女の姿に変化していたとしても」
「そんなの分かる筈無いだろ?!」
「でもブッシュール帝国の姫と名乗った低身長で童顔だけどグラマーな美少女に手を出したことは覚えているよね?」
「うっ……」
カインに圧をかけられてドブールは黙った。
確かにキリよく三十人斬りをしようと最後ら辺は雑に手を出したのは覚えている。
その中になんとか帝国の姫と名乗る美少女がいたことにも。
「君が死にたくないというなら方法は一つ、オラウータ姫の入り婿となり誠心誠意彼女に尽くし続けることだ」
「何、だと……」
「その条件を飲むならブッシュール帝国皇帝は他国へのとりなしをしてやっても良いと仰せだ」
溺愛している娘の心と経歴に傷を付けたくないらしいね。
少し呆れたようにカインは言う。しかしドブールにとっては破格の条件だ。
「わ、わかった……俺は入り婿になる」
変化の薬を使えば毛深い女でも美少女になる。
ならばドブールとしては特に問題無い。寧ろ小国の王太子より帝国の姫の夫の方が贅沢できるだろう。
キレータのことなどすっかり忘れてドブールはにんまりと笑った。
「良かった良かった、じゃあレディたち後は頼むよ」
「はい」
「わかりましたわ」
そうアンジェリーナとマリアが立ち上がる。
マリアは可愛らしいジャム瓶を抱えていた。
「では私から……迷惑女神の呪いよ去れっ!!」
「ぐぶぅっ!?」
アンジェリーナの拳が神々しく光り、次の瞬間にはドブールの腹を強打する。
白目になり泡を吹く男を前にアンジェリーナとマリアは顔を見合わせた。
「……これで呪いは解除された筈だけれど」
「この方へのおぞましい不快感は消えませんね~」
「……俺が視る」
そう今まで見守っていたジューダスが言う。
彼は気絶するドブールに手をかざし目を閉じる。
「呪いは消えている、おぞましく感じるのは人間性が原因だ」
教師然と結論を述べるとアンジェリーナとマリアは良かった成功だわと微笑み合った。
「女性から生理的嫌悪を抱かれる呪いが消えないままだと妻となるオラウータ姫が気の毒だからね」
「そして帝国側から突き返される可能性がある。だからこそユルサーン国王夫妻も取引に応じたのだろう」
息子への情けか、国を維持する為の決断か。
だとしてもそれをカインたちが気に掛ける必要は無い。
どちらにしろドブールの愚行の尻拭いにアンジェリーナの学費程度なら安いものだ。
「でもオラウータ姫は体質が合わなくて二度と変化の薬使えないんだよね、こいつ文句言いそうだな」
「大丈夫だ、マリア」
「はい、召し上がれ」
「どぶっ?!」
兄に呼ばれたマリアは天使のような顔でジャム瓶の中身をドブールの口に突っ込んだ。
「この量のデーモンフラワーなら私が解毒魔法を使わない限りもうお喋りできません♪」
「君そんなえげつないものお茶うけに出してたの?!」
突っ込みを入れるカインを尻目にゴリアテッサが立ち上がる。
そしてドブールを縛り付けていた丸太杭を軽々と持ち上げた。
「愚弟、ブッシュール帝国の方角は」
「ここからなら南東だね」
「マリア、防御魔法を」
「はい」
白目を向いたままドブールの体が光り輝く。
ジューダスの妹マリアもアンジェリーナ程ではないが聖なる力を持つ娘だった。
だからこそ暗黒教団メリーバに攫われたのだ。
「でも海に落ちてしまったら溺れてしまうかもです」
「そのような誤りを悪役令嬢である我がするとでも?」
「義姉さんは投擲も嗜んでいるからね、一番得意なのは扇子を投げることだけれど」
「婿入りということで着飾らせてみたが、扇子よりも華やかさには欠けるな」
そうゴリアテッサが若干失望したように言う。
ブッシュール帝国の婚礼衣装である黄金のタキシードをドブールは着せられていた。
「せめて新天地では輝くと良い……出なければ今度こそ惨めに死ね!」
そう慈悲深くも無慈悲にも思える言葉を告げ、ゴリアテッサはドブールを空へと投げた。
まだ昼だった為、太陽の光に金色の衣装が輝く。
それは偶然空を見上げたものの目を一瞬だけ楽しませた。
悪役令嬢養成学校の一人の生徒の目も。
「まあ、昼なのに流れ星」
「ちょっとキレータ、この黒チワワをなんとかしなさい! なんでこの犬は妾にだけやたら狂暴なのだわ?!」
「あら駄目よベリアル。マルグレーテさんの羽なんて齧ったら喉を傷めるしお腹を壊すわ」
「女神の羽に対して不敬が過ぎるのだわ!!」
女生徒二人と魔神だったチワワがじゃれあう上空をかって婚約者だった男は群れからはぐれた渡り鳥のように孤独に飛んで行った。




