十一話 聖女の追放と悪役令嬢の消失
「アンジェリーナを退学させるだとッ……?!」
声と共に大理石の授業机が粉々に砕ける。
石煙を吸わないように立ち回りながら紫髪の教師は溜息を吐いた。
「落ち着いてくれ生徒会長殿、まだ本決まりじゃない」
ジューダスは乱れた自らの髪を手櫛で直す。
職員室で聞いた話。
内容が内容だけに慌てて彼女に報告しようとしたが失敗したかもしれない。
ゴリアテッサの怒りの余波を受けたのは机だけでは無い。
その下の床も細かくヒビが入っている。
修復魔術が使える業者を入れて修復が必要だろう。
別に彼女は思いっきりその剛腕を机に叩きつけた訳では無い。
寧ろ微動だにしていないように思えた。
しかしその瞬間にも凄まじい圧が大理石の机を襲い突如霧のように存在を散らしたのだ。
「換気をさせてもらうぞ」
そう言いながらジューダスは窓を開ける。
すると校庭から賑やかな歓声が聞こえて来た。
放課後だ。遊びに部活動に生徒達は好きにはしゃいでいる。
一際楽しそうな声に視線を向ける。
リボンが特徴的な美少女が学友と拳の打ち合いに勤しんでいた。
蹴りも良いタイミングで織り交ぜ、手加減していながらも相手を圧倒していた。
アンジェリーナ。平民でパン屋の娘と聞く。
美少女であることに間違いはないが素朴で質素な彼女は良くも悪くもこの学園で浮いていた。
それを特別と好意的に考えるか、異端と排斥しようと考えるかは人によるだろう。
そして彼女の退学を目論む者は、恐らくは後者だ。
「理由と、首謀者を吐け」
「理由の一つは暗黒教団メリーバが壊滅した為だ」
「……何?」
「闇の組織に対抗し首魁を打倒してくれる光の聖女を確保する必要が無くなった」
光の魔力を持つとはいえ少女一人に随分過度な期待をしたものだと思う。
そして恐らくアンジェリーナ本人はその意図を知らされてすらいない。
けれど上の人間がそう企んでいたのは事実だ。
だからこそメリーバ側の刺客だったジューダスはアンジェリーナを特別視し殺害するよう命を受けていたのだ。
(つまり情報が教団側に筒抜けだったということだが……)
そう言いながら元暗殺者だった教師は椅子に座る美嬢婦を見つめる。
彼女はゴリアテッサ・アイアンローズ。
アイアンローズ公爵家の長女で、この国最強の悪役令嬢だ。
何せあの悪役令嬢養成学校を入学と同時に仕切り、そしてもうやることはなくなったとあっさり転校していった。
戦力として最上級であることは間違いない。
しかし彼女が暗黒教団メリーバを壊滅させると予想した者はこの国にはいなかった。
何故ならゴリアテッサ・アイアンローズは弱者を省みることなど無い。
その筈だった。
(俺だって、そう思っていた筈なのに……)
けれど予想は外れゴリアテッサは教団を即日壊滅し首謀者に永遠の闇を与えた。
最早ゴリアテッサアイアンローズこそが救国の聖女と持ち上げる者さえ出てきている。
悪役令嬢と恐れられていた事実さえ無かったように。
あれだけ国の上層部があれこれと教団潰しの為の手段を何年も話し合っていたのが笑い話のようだ。
(そしてその手段の一つが、光の魔力を持つ娘を聖女として祭り上げ教団と対決させることだった……)
だが最早その必要が無くなった。
だから用済みとなったアンジェリーナを退学させ、ただの平民に戻してやるというわけだ。
薄汚さはどの組織も変わらないなとジューダスは内心で唾棄した。
「……愚かな素人どもめ、悪の組織が一つだけだと思っているのか」
「何だと?」
心底蔑むようなゴリアテッサの呟きにジューダスは急に不安になった。
それは崇める神に見捨てられそうな恐怖にも似ている。
そんな心の弱さを見透かしたのかゴリアテッサは仮面の向こうから鋭い一瞥をジューダスに寄越した。
そういえば最近は仮面を外すことが増えたのに、ここ数日はずっと素顔を見ていない。
他の教師や生徒も同じだろう。
何故なら毎日のようにあった彼女の尊顔を見て気を失うという騒ぎが起きていないのだから。
「愚か者どもに伝えろ」
「……何をだ」
「我がこの国を、いや世界を滅ぼそうとした時誰が止められるかということをな」
そう言うと彼女は教室を出て行った。
一瞬で消えた訳では無い。だがジューダスは動作でも声でもゴリアテッサを引き留めることが出来なかった。
「……国を滅ぼすなんて、ハハッ悪い冗談だ、そうだろう?」
俺たち兄妹を地獄から救ってくれた貴女が。
その弱々しい声を聞くものはいなかった。




