番外編・ファンクラブ会長モブリーの追憶
私はモブリー・スカーラ。
スカーラ男爵家の次女で聖マルタ学園の三年生。
そしてゴリアテッサ様ファンクラブの会長でございます。
私があの方に心奪われる切っ掛けになったのは二年前。
彼女が聖マルタ学園に転入してきたのがきっかけでした。
休学していただけという話もありますが、プライベートの為調べることはしていませんわ。
彼女は誰もが一目見たら忘れられない威容を持つ公爵令嬢でした。
力強く巻かれた豪華な金の髪。優美かつ剛健な鉄仮面。
見上げる程の体躯は気安く触れることを許さない気高さと同時に大地のような包容力を感じます。
ふふ、でも当時弱虫だった私には彼女のその強さが恐ろしさに思えました。
悪名高い悪役令嬢養成学校からの転入生という噂も私の怯えを加速させましたわ。
けれど私は地味な男爵令嬢。
ゴリアテッサ様の視界に入ることなど無いままやがて彼女の存在にも慣れて行きました。
ただあの方の後ろの席になると黒板が一切見えなくなる為席の移動を教師にお願い致しましたが。
そう、私は当時彼女の同級生だったのです。
私モブリーは地味で目立たない令嬢と申し上げましたが、実は一つだけ変わった部分がございました。
実は私の手の甲にはそれなりに目立つ怪我の痕があるのです。
これは昔避暑地で水遊びしていたところ、いつのまにか潜んでいたレイク・シャークに弟が襲われた時に庇ってついた傷です。
この程度の傷で弟を守れたので良かったと当時の私は笑っておりました。
けれど私の婚約者、ルーカス・モーラ伯爵令息様は手の傷を原因に私を傷物と呼び笑うのです。
何度止めるように言っても止めて下さらない。彼の御両親に私の親が抗議をしてても
「モブリー嬢が可愛すぎて貶してしまうだけ」「男の子ですから不器用なのよ」と笑うだけでした。
相手は伯爵家で私の男爵家より身分が高く、婚約解消も受け入れて貰えない状態。
常に手袋で傷を隠しながら、私は死ぬまでこの傷が原因でルーカス様に罵倒され続けるのかと内心絶望しておりました。
そんなある日です。
学園の廊下でルーカス様はいつものように私の手袋を強引に取り上げました。
きっと私が少し前に彼の遅刻癖を注意したからでしょう。先生に頼まれて仕方なくでしたが、後悔しました。
「お止め下さい、ルーカス様」
「はっ、こんなので隠さず皆に見せびらかしてやれよ」
「手袋を返して……!」
「うるさい、傷物令嬢ごときが俺に意見するブァッ」
その時、何が起きたかわかりませんでした。
ルーカス様は綺麗さっぱり目の前から居なくなっていて。
そして突然空の青が私の視界に入りました。ここは二階なのに。
当時の学舎は四階建てだったというのに。
青く輝く空と、太陽のように光り輝く彼女の金の髪。
月の光のような白銀の仮面とその下の凍り付く様な瞳。
きっと彼女は怒っていたのでしょう。デリカシーの無いルーカス様と情けない私のやりとりに。
「何故こうしない?」
「そ、それは……私は貴方のように強くないから!」
当時の私は何を考えていたのでしょう。
婚約者にはろくに言い返せなかったのに助けてくれた彼女にあんな口を叩けるなんて。
でもゴリアテッサ様はそんな私をルーカス様のように吹っ飛ばすことは致しませんでした。
「哀れだな、お前に期待されていないお前の強さが」
それだけを言うとゴリアテッサ様は去っていかれました。
その夜モーラ伯爵邸が何者かに壊滅させられ伯爵夫妻もルーカス様は今でも行方不明です。
ゴリアテッサ様相手に傷物女と暴言を吐いたのが原因だと噂になっておりますが、皆半信半疑です。
もし本当ならそうなっても仕方が無いという納得と、あの相手にそんなことを言える命知らずが居るのかという疑念。
「王家の人間でも無理だよなあ……」
私は誰かが言ったその言葉にこの国の第一王子が数年前から人前に姿を見せないことを何故か思い出しました。
確か第一王子の当時の婚約者は。
でもすぐ忘れることにしました。
それどころでは無かったからです。
「私の強さ……」
そんなもの無いと最初は否定致しました。でもそれでも彼女の言葉が私の中から消えず、そして思い出したのです。
両親に事情を話し、私は一か月間学園を休学しました。
そしてある日の午後、既に生徒会長になっていたゴリアテッサ様にある物を献上致しました。
「先日のお礼です。こちらサメ皮で作ったドレス用コートですわ」
「ほう……仕留めたのは?」
「勿論、私です」
私は頬に貼った絆創膏など気にせず満面の笑みで返しました。
湖に潜んでいたあの巨大なサメ。
幼い頃の私は弟が攫われないようにするだけで精一杯だった。
けれどゴリアテッサ様の言葉を励みに山籠もりをして鍛えた結果、今の私は苦戦の末討伐することが出来た。
「これが、私の強さ……」
動かなくなった巨大サメを前に呆然としながら呟いた次の瞬間、泣きたいほどの喜びで胸がいっぱいになった。
もう二度とルーカスのような男の言いなりになったりしない。そう強く決意したのです。
「コートに仕立てたのも私です。お裁縫が得意でしたので」
そんなこともずっと忘れていました。
暴言を吐く婚約者に何もかも支配されていた時間が切なく悔しい。
でももう後悔は致しません。私は私の生きたいように生きます。
「ゴリアテッサ様、貴方をお慕いする権利を私たちに下さい」
「フン……好きにしたらいいわ」
けれど我の邪魔をした日には容赦なく潰す。
仮面の下の鋭い眼光と共にそう言われ私は恐怖と高揚を感じました。
彼女はきっとルーカスの傷物と言う暴言に反応しただけ。
私を救おうと思ったわけではないのでしょう。
(それでも、私は貴方の光に焼かれ生まれ変わったのです)
もし、神をも恐れぬ不遜な願いが許されるなら。
(……ゴリアテッサ様がいつかその仮面を外す日が来たらいいのに)
私はそんなことを思いながら、すっかり修繕が済んだ校舎を足取り軽く歩きました。
これから学園長とゴリアテッサ様ファンクラブ会員番号一番の座を賭けて戦う必要があるのです。
もう私は負けたり致しません。
少なくともゴリアテッサ様への想いだけは。
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