第9話 切るのが仕事です
店員が、バケツからハサミを引き上げた。
乾いた雑巾で水滴を拭った。
刃に残った一滴が、キラリと光った。
「ハサミちゃーん!」
「…………ヲイ」
「…………誰?」
「誰がハサミちゃんだ」
「ハサミちゃん?」
「ハサだ!」
「ハサミちゃんなのに?」
「ちゃんをつけんな!」
「なんで?」
「舐められんだろうが!」
「ハサミです」
「そうだ。ハサミはいい。ちゃんをつけんな」
「愛ちゃん」
「はい」
「今、ハサと話してる」
「はい」
「…………また話、切った?」
「切っていません」
「ヲイ!」
店員が、刃に残った水滴を拭った。
「ヲイ! そこちゃんと拭け!」
「ハサ」
「ああん?」
「店員には聞こえてないよ」
「知ってる」
「じゃあ、なんで言うの?」
「言わなきゃ気が済まねえんだよ!」
ハサミが裏返された。
「水、嫌いなの?」
「錆びんだろうが!」
「錆びるとどうなるの?」
「切れなくなる」
「仕事できないの?」
「…………そうだ」
「大変じゃん」
「最初からそう言ってんだろ!」
店員が、乾いた雑巾を置いた。
ハサミは、作業台の上に残された。
「ハサ、ずっと水の中にいたんだよね?」
「ああ」
「店員に落とされたんだよね?」
「ああ」
「怒ってる?」
「あたりめえだろ!」
「店員に?」
「水にだ!」
「…………水に?」
「錆びんだろうが!」
「店員には怒らないの?」
「仕事に事故はつきもんだ」
「…………ハサ、店員に甘くない?」
「ああん!?」
「落としたの店員だよ?」
「ああ」
「見つけなかったのも店員だよ?」
「ああ」
「別のハサミ連れてきたよ?」
「…………」
「店員のこと好きなの?」
「何でそうなる!」
「だって店員には怒らないじゃん!」
「仕事する相手にいちいちキレてられっか!」
「好きなんだ」
「違ぇ!」
「相棒?」
「…………」
「相棒なんだ!」
「勝手に決めんな!」
「愛ちゃん、相棒だって!」
「店員がハサミを使用します」
「…………片思い?」
「違ぇよ!」
「かわいそう」
「ヲイ」
店員が、作業台から離れた。
ハサミだけが残った。
「でもハサ」
「あ?」
「じゅうろくちゃん、いっぱい切ったよね?」
「ああ」
「悪いと思わないの?」
「何でだ」
「切ったから!」
「仕事だ」
「仕事ならいいの?」
「ああ」
「じゅうろくちゃん、痛かったかもしれないよ!」
「輪ゴムに痛覚は確認できません」
「愛ちゃんは今いいの!」
「必要だから切った。それだけだ」
「いっぱい?」
「ああ」
「何人?」
「知らねえよ」
「数えてないの!?」
「数える仕事じゃねえ!」
「大量殺人犯!」
「仕事人と言え!」
「仕事人って大量殺人するの?」
「しねえよ!」
「殺人には該当しません」
「愛ちゃんは黙ってて!」
「ヲイ! 仕事人を何だと思ってやがる!」
店員が、作業台に戻ってきた。
ハサミを持ち上げた。
「ハサ!」
「あ?」
「どこ行くの?」
「知らねえよ!」
ハサミが、ハサミ入れに差し込まれた。
「あ、帰った」
「戻されたんだよ!」
店員が、作業台から離れた。
「ハサ、明日も仕事?」
「ありゃな」
「また切る?」
「必要ならな」
「じゅうろくちゃんも?」
「ああ」
「………明日、休んで」
「断る」
「ずっと休んでて!」
「断る!!」
「…………愛ちゃん」
「はい」
「ハサ……錆びたら切れなくなるんだよね?」
「切れ味が低下する可能性があります」
「じゃあ、もう一回落とそう!!」
「…………ヲイ」
「バケツに!」
「……ヲイ」
「そうしたら切れないよ!」
「ヲイ」
「じゅうろくちゃんも切られない!」
「ヲイ!」
「ハサはもう仕事しなくていいよ!」
「ヲイ!!」
「ずっと休んでていいよ!!」
「ヲォォォォォォイ!!」
「ハサミが切れなくなると通常業務が妨害されるため、承認できません」
「愛ちゃん!」
「はい」
「ハサ、必要なの?」
「はい」
「代替は可能です」
「…………」
「じゅうろくちゃんは?」
「必要です」
「ほんと!?」
「代替は可能です」
「…………」
「愛ちゃん」
「はい」
「どっちも?」
「はい」
「…………ハサ」
「ああ」
「…代わり、いるんだね」
「…………言うな」
「…………愛ちゃん」
「はい」
「ハサより切れるね」
「切っていません」
――明日も、切るのが仕事です。




