第10話 ひまわりは夏を譲らない
バケツに、黄色いひまわりが入っていた。
「夏だァァァァァ!!」
大きな声は、ひまわりからだった。
「見ろ! この色!」
返事はなかった。
「この輝き!」
返事はなかった。
「咲けばそこが夏になる!」
返事はなかった。
「真夏を照らす、黄金の太陽!」
返事はなかった。
「ひまわり! サンリッチオレンジだァァァァァ!!」
返事はなかった。
「花屋で俺と握手!」
「握手はできません」
愛さんが言った。
「そうだ! 夏といえば俺!」
「はい」
「つまり!」
「はい」
「夏の主役は俺だァァァァァ!!」
「主役という統計区分はありません」
声が止まった。
「なんだそれは!」
「統計上の分類です」
「そういうものがあるのか!」
「あります」
「教えてくれ!」
「何をですか」
「俺がどのくらい主役なのか!」
「主役は確認できません」
「じゃあ何が分かる!」
「取扱数量です」
「それを見よう!」
「東京都中央卸売市場の切花取扱数量を確認します」
「おう!」
「2025年の年間取扱数量では――」
「ひまわりは!?」
「18位です」
声が止まった。
「…………18位?」
「はい」
「夏の主役が?」
「年間です」
「年間か!」
「はい」
「ならまだ分からん! 今は7月だ!」
「はい」
「7月を見よう!」
「2025年7月の取扱数量を確認します」
「来いィィ!」
「ひまわり、237万1247本」
「おう!」
「10位です」
声が止まった。
「…………10位?」
「はい」
「年間は18位?」
「はい」
「7月は10位?」
「はい」
「8つ上がったァァァァァ!!」
「順位は上昇しています」
「やっぱり夏だ!」
「はい」
「だが10位!」
「はい」
「俺より下はいないのか!」
「います」
「いるのか!」
「はい」
「教えてくれ!」
「ケイトウ。85万4505本。7月16位です」
少し離れたバケツには、赤いケイトウが入っていた。
大きく波打った花穂が、鶏の鶏冠のように広がっている。
「ケイトウ!」
「なんだ」
「16位だぞ!」
「聞いた」
「俺は10位!」
「そうか」
「俺の方が上だ!」
「そのようだ」
「よし!」
「何がだ」
「勝った!」
「そうか」
「もっと悔しがれ!」
「なぜだ」
「順位だ!」
「興味はない」
「16位だぞ!」
「うるさいぞ」
「見ろ! この鮮烈な色!」
「黄色だな」
「オレンジだ!」
「黄色に見える」
「サンリッチオレンジだぞ!」
「名前はな」
「見ろ! この山吹色に近い鮮やかな花びら!」
「黄色じゃないか」
「細かいことはいい!」
「よくない」
「真夏の太陽をそのまま閉じ込めたような、この色!」
「暑苦しい」
「太陽より太陽らしい、この姿!」
「意味が分からん」
「夏のエネルギーを全部ここに詰め込んだ!」
「入りきらないだろう」
「詰め込んだ!」
「そうか」
「そして見ろ! この完璧な花びら!」
「見えている」
「均整の取れた、この花姿!」
「整っている」
「一輪で夏を連れてくる、この存在感!」
「暑苦しい」
「もっと褒めろ!」
「存在感はある」
「そこだ!」
「うるさいぞ」
店内に、大きな声が響いた。
「今度はお前だ!」
「何がだ」
「アピールだ!」
「必要ない」
「なぜだ!」
「見れば分かる」
赤い花穂の表面の細かな起伏に、光が当たる。
「この鶏冠を見ろ」
「見てる!」
「息をのむほど深い、緋赤」
「おお!」
「くすみのない、この赤」
「おお!」
「波打つ曲線」
「おお!」
「緻密に詰まった、この厚み」
「おお!」
「重厚な花姿」
「おお!」
「なんか脳みそみたいだな!」
「そうか」
「赤い脳みそだ!」
「そう見えるか」
「いいのか!?」
「脳は人体の指令を司ると聞いた」
「おお!」
「複雑に入り組んだ、この重なり」
「おお!」
「緻密な造形」
「おお!」
「つまり、知的ということだ」
「そうなのか!?」
「悪くない」
「脳みそすげェェェェェ!!」
「うるさいぞ」
赤い花穂には、細かな起伏が幾重にも重なっている。
「そして、この質感」
「おお!」
「ベルベットのようだろう」
「おお!」
「気品があるだろう」
「ある!」
「圧倒的なクラス感だ」
「あるぞォォォォォ!!」
「緋赤に輝く、ベルベットの鶏冠」
「おお!」
少し、間があった。
「ケイトウ。サカタプライドだ」
「プライド!」
「そうだ」
「いい名前だ!」
「そうだろう」
しばらく、店内に大きな声が響いた。
「…………待て」
「なんだ」
「俺は何の話をしてた?」
「知らん」
「順位です」
愛さんが言った。
「そうだ! 順位だ!」
「俺は16位だ」
「そうだ! そして俺は10位!」
「聞いた」
「俺の方が上だ!」
「そのようだ」
「なのになんで俺が、お前の鶏冠を褒めてるんだ!」
「ベルベットのようだからだ」
少し、間があった。
「そうだったァァァァァ!!」
「うるさいぞ」
赤い花穂には、光が当たっていた。
「刮目せよ。この鶏冠を」
「おお!」
「この厚み」
「おお!」
「この曲線」
「おお!」
「この質感」
「おお!」
「光を受けて際立つ、この起伏」
「おおォォォォォ!!」
「気品があるだろう」
「あるぞォォォォォ!!」
「そうだろう」
少し、間があった。
「…………俺もあるぞ!」
「何がだ」
「気品だ!」
「そうか」
「見ろ! この鮮烈な色!」
「黄色だ」
「オレンジだ!」
「黄色に見える」
「サンリッチオレンジだぞォォォォォ!!」
「名前はな」
「一輪で夏を連れてくる、この存在感!」
「暑苦しい」
「そこを褒めろ!」
「存在感はある」
「そうだろォォォォォ!!」
「うるさいぞ」
店内に、大きな声が響いた。
通常営業に支障はなかった。
【参考】
東京都中央卸売市場「市場統計情報(月報・年報)」




