第56話 お墓参り④ 覚えていることはあります
源蔵がキクを部下に任命したところへ、ひとりの老人がやってきた。
「おお、賑やかじゃのう」
「あら、もきっちゃん!」
「おう、なっちゃん。何の集まりじゃ?」
「このキクさんとお話ししてたんだよ」
「キクさん?」
「そうだよ。珍しいだろう?」
「ほう。どなたじゃ?」
「そこにいるよ」
「どこじゃ?」
茂吉は周囲を見回した。
「……墓花だ」
キクがつぶやいた。
「ん? 今、誰かしゃべったか?」
「ああ、キクさんだよ」
「お墓に供えてある菊だよ」
「……菊?」
茂吉は墓に供えられた花を眺めた。
「花じゃないか」
「そうだよ」
「花がしゃべるんか?」
「しゃべるんだよ」
美津代が口を挟んだ。
「だから、本人に聞いてみなよ」
茂吉はキクに顔を近づけた。
「お前さん、しゃべれるんか?」
「……おう」
「おおっ!」
茂吉が驚いて後ろへ下がった。
「本当にしゃべったぞ!」
「だから言っただろう!」
源蔵が胸を張った。
美津代が呆れた。
「人の話を聞かない連中ばっかりだねえ」
「いやあ、長生きはするもんじゃのう」
なつが笑った。
「私ら、もう死んでるよ」
「そうじゃった」
茂吉は笑った。
「ところで、お前さんは何という名前じゃ?」
「……キクだ」
「ほう。菊だからキクか」
「……おう」
「覚えやすくてええのう」
茂吉は満足そうにうなずいた。
なつがキクに説明した。
「もきっちゃんはねえ、生きてた頃のことを覚えてないんだよ」
「……覚えていないのか」
「そうじゃのう」
「名前もか」
「茂吉じゃ」
「……覚えているじゃないか」
「昔、ここにおった男がつけてくれた名前じゃ」
「……男?」
「うむ。名前がないと不便じゃろうと言われてのう」
「……それで?」
「兄貴に似とるから、茂吉でええじゃろうと」
「……兄貴?」
「そう言うとった気がするのう」
「……その男は?」
「もうおらん。ずいぶん昔のことじゃ」
茂吉は少し笑った。
「顔はよう思い出せんが、名前だけは残っとる」
「……昔のことは?」
「さっぱりじゃ」
「……何もか」
「何もじゃなあ」
茂吉は首をかしげた。
「気がついたら、ここにおった」
なつが茂吉を眺めた。
「もきっちゃんは、うちらの中じゃ一番若そうに見えるんだよ」
「60代くらいかねえ」
「ほう。そう見えるかのう」
「でも、ここでは一番の古株なんだよ」
「……そうなのか」
「うむ。ずいぶん長いことおるのう」
源蔵が腕を組んだ。
「つまり、勤続年数は一番長いということだな!」
「給料は出るんか?」
「出ん!」
「それは残念じゃのう」
茂吉は笑った。
「……ここに来てからは?」
キクが尋ねた。
「そりゃ覚えとるよ」
「……そうか」
「なっちゃんも、みっちゃんも、源ちゃんも知っとる」
「源蔵さんだ!」
美津代も口を挟んだ。
「美津代だよ!」
「そうじゃった、そうじゃった」
茂吉はキクを見た。
「それに、今日からお前さんも知っとる」
「……おう」
茂吉は嬉しそうに笑った。
「またひとつ、覚えることが増えたのう」
「……前にもいたのか」
「何がじゃ?」
「……俺みたいな花だ」
「いやあ、初めてじゃのう」
「……そうか」
「長いことここにおるが、花と話したのは初めてじゃ」
茂吉は少し考えた。
「じゃが、昔はもっと話せる者がおったんじゃ」
「……幽霊か」
「うむ。いつの間にか姿が見えなくなってのう」
「……どこへ行った」
「さあのう。それがわからんのじゃ」
茂吉は墓地を見渡した。
「……他にもいるのか」
「うむ。わしらを入れて、8人くらいかのう」
「……8人?」
「じゃが、こうして話せるのは、わしら5人だけじゃ」
「……5人?」
なつが答えた。
「あたしと、源ちゃん、みっちゃん、もきっちゃん。それから、ふうちゃんだよ」
「……ふうちゃん?」
「ほら、あそこで女の子に話しかけてるおばあちゃんがいるだろう?」
なつが墓地の奥を指さした。
「あの子、ずっと泣いてるんだよ」
「……そうなのか」
「ふうちゃんが毎日話しかけてるんだけどねえ」
「……返事は?」
「一度もないんだよ」
「……それでもか」
「そうだよ。あの子だけじゃないんだ」
なつは続けた。
「ぐるぐる歩いてる男の子にも、ぶつぶつ言ってる若い人にも、毎日声をかけてるんだよ」
「……返事は?」
「誰からもないねえ」
茂吉がうなずいた。
「それでも、ふうちゃんはやめんのじゃ」
「……どうしてだ」
「前に聞いたことがあるんじゃがな」
「……おう」
「いつか返事があるかもしれん、と言うとった」
美津代が墓地の奥に目を向けた。
「あの人、今日もずっと話しかけてるねえ」
なつが少し笑った。
「そうだねえ。優しい人なんだよ、ふうちゃんは」
キクは黙って聞いていた。
「……みんな、いなくなるのか」
「さあのう」
「……もきっちゃんもか」
「それもわからん」
茂吉は少し考えた。
「わしは昔のことは覚えとらんのに、いなくなった連中のことは覚えとる」
「……そうか」
「妙なもんじゃのう」
しばらく沈黙が続いた。
「……いなくなる前に、何かわかるのか」
キクが尋ねた。
「さあのう」
「……そうか」
「消えた連中も、何も言わんかったからのう」
「……言わなかったのか」
「言えんかったのかもしれん」
茂吉は少し考えた。
「わしも、いつまでここにおるんじゃろうなあ」
「……そうか」
「じゃが、ひとつだけ思うことはあるぞ」
「……何だ」
「見ておれば、そのうち何かわかるかもしれん」
茂吉は笑った。
「ここにおる連中のことも、自分のこともな」
「……おう」
キクは短く答えた。
「お前さんも、ここにおる間は何か見つかるかもしれんぞ」
「……そうか」
「うむ。何しろ、花がしゃべるなんて初めて知ったからのう」
茂吉は楽しそうに笑った。
「まだまだ知らんことがあるもんじゃ」
源蔵が腕を組んだ。
「茂吉! お前が一番の古株だったな!」
「そうじゃのう」
「ならば墓地の案内係を任せよう!」
「ほう。何をするんじゃ?」
「新しく来た者に墓地のことを教えるのだ!」
「それなら、いつもやっとるぞ」
「何だと!」
「今もキクに教えとったじゃろう」
「……そうだったな!」
源蔵は少し考えた。
「では、正式に案内係に任命する!」
「給料は出るんか?」
「出ん!」
「なら、今までどおりでええのう」
茂吉は笑った。
「そうだ! キクにも役職を与えよう!」
美津代が呆れた。
「また勝手なこと言い出したよ」
「……いらん」
「お前は墓地案内係補佐だ!」
「……動けない」
「では、墓地案内所長だ!」
「……墓花だ」
どうやら、墓地では仕事を増やさなくても、役職だけは増えていくらしい。




