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第54話 お墓参り② 役職は退職後も有効です



「それでねえ、キクさん!」

「おう」

「あたしが嫁に来た頃は、朝から晩まで働きっぱなしでねえ!」

「……そうか」

「お義母さんがまた厳しい人で!」

「……さっきも聞いたな」

「そうだったかい?」

「おう」

「じゃあ、息子たちの話をしようかねえ!」

「……おう」


 8月14日。


 墓地には、強い日差しが降り注いでいた。


 供えられたばかりのキクの隣で、なつは楽しそうに話し続けていた。


「長男はおとなしくて、次男は頑固で、三男は甘えん坊!」

「おう」

「3人とも家を出ちまったけど、米寿には帰ってくるって言ってたんだよ!」

「……そうだったな」

「それでねえ、長男が小さかった頃なんか!」

「おう」


「待て! 話が長い!」


 突然、低い声が響いた。


「おや、源ちゃん!」


 なつが振り向いた。


 墓石の脇に、1人の老人が立っていた。


 背筋をぴんと伸ばし、胸を張っている。


 きっちりと整えた髪に、仕立てのよさそうな背広。


 その向こうには、墓石が透けて見えた。


「源ちゃんではない! 源蔵さんと呼べ!」

「はいはい、源ちゃん!」

「人の話を聞いておるのか!」

「聞いてるよ!」

「ならば源蔵さんと呼べ!」

「そうだったねえ、源ちゃん!」


 源蔵は、大きくため息をついた。


「まったく! 話には要点というものがある!」

「そうだねえ!」

「結論から話せ!」

「それでねえ、あたしが嫁に来た頃は!」

「なぜ最初に戻る!」


 なつは、からからと笑った。


 キクは、2人を見ていた。


「……また幽霊か」

「またとは何だ!」


 源蔵が、キクの方を向いた。


「む? 誰だ、お前は」

「……キクだ」

「キク?」

「おう」

「ふむ。新入りか」

「……新入り?」

「まずは所属を聞こう」

「……墓花だ」

「墓花? それは部署名か?」

「……花だ」

「職務内容は?」

「……供えられてる」

「…………」


 源蔵は、腕を組んだ。


「勤務時間は?」

「……あと2日くらいだ」

「2日で退職するつもりか!」

「……枯れる」

「…………」


 なつが、嬉しそうに割り込んだ。


「源ちゃん、この子は生きてる花なんだよ!」

「……そういうことは先に報告せんか!」

「今、言ったじゃないか!」

「報告が遅い!」

「そうかい、そうかい!」


 源蔵は、キクをじっと見つめた。


「……本当に花なのか」

「おう」

「生きておるのか」

「おう」

「それで、わしらの声が聞こえると?」

「おう」


 源蔵は、しばらく考え込んだ。


「……ふむ」


 やがて、満足そうにうなずいた。


「よかろう。では、わしが指導してやる」

「……指導?」

「そうだ! わしは生前、大勢の部下を率いておった!」

「おう」

「人を動かすことにかけては、誰にも負けん!」

「……そうか」


 源蔵は、背筋を伸ばした。


「まず、なつ!」

「はいはい!」

「お前の話は長すぎる!」

「そうかい?」

「要点を3つにまとめろ!」

「3つ?」

「そうだ!」

「じゃあ、1つ目はお義母さんの話でねえ!」

「うむ」

「2つ目はうちの人の話!」

「うむ」

「3つ目は息子たちの話だねえ!」

「よし! それでいい!」

「じゃあ、1つ目から話そうかねえ!」

「なぜそうなる!」


 なつは、楽しそうに笑った。


「だって、まだ話してないことがいっぱいあるんだもの!」

「まったく! これだから管理というものは難しい!」


 源蔵は、キクに向き直った。


「菊!」

「おう」

「お前はどうだ! 何か意見はあるか!」

「……聞いてる」

「何をだ!」

「……話を」

「…………」


 源蔵は、咳払いをした。


「ふん。聞くことも仕事のうちだからな!」

「おう」

「わしも部下の話はよく聞いておった!」

「……そうか」

「報告、連絡、相談! これを徹底させたものだ!」

「おう」

「わしの部下は皆、優秀だった!」

「……そうか」

「何しろ、わしが育てたのだからな!」


 なつが、何かを思い出したように手を叩いた。


「あら、源ちゃん! そういえば娘さんが2人いたねえ!」

「……なぜ今、娘の話になる!」

「人を育てたって言うからさ!」

「部下の話をしておるのだ!」

「うちは息子が3人だったけど、源ちゃんのところは娘さんが2人だったろう?」

「……うむ」

「女の子2人なんて、可愛かっただろうねえ!」

「……まあな」


 源蔵は、少しだけ顎を上げた。


「小さい頃は、2人ともわしによく懐いておった!」

「そうかい!」

「だが、わしは仕事が忙しかったからな!」

「そうだったねえ」

「子育ては妻に任せておった!」

「……そうか」

「わしには大勢の部下がおったのだ!」

「おう」

「家庭のことまで手が回るものか!」

「そうかい」


 なつは、首を傾げた。


「それで、娘さんたちは今、何をしてるんだい?」

「……知らん」

「知らないのかい?」

「2人とも、もう立派な大人だ!」

「そうだけどねえ」

「親がいちいち口を出す年齢でもあるまい!」

「……そうか」


 源蔵は、腕を組んだ。


「まったく、生意気になったものだ!」

「娘さんたちがかい?」

「そうだ! 昔はあれほど懐いておったというのに!」

「……そうなのか」

「大きくなるにつれて、ろくに口も利かなくなった!」

「……そうか」


 キクは、なつを見た。


「……なっちゃん」

「はいはい!」

「……息子は結婚したんだったな」

「そうだよ! 長男と三男がねえ!」

「……孫もいる」

「3人もいるんだよ!」

「……ひ孫も生まれる」

「そうそう! 楽しみにしてたんだけどねえ!」

「……会えなかったんだな」

「そうなんだよ」


 キクは、源蔵に向き直った。


「……源ちゃん」

「源蔵さんだ!」

「……娘は結婚したのか」

「…………」

「……子供は?」

「……知らん」

「……そうか」


 源蔵は、背広の襟を直した。


「2人とも、もう50を過ぎておる!」

「おう」

「結婚していようが、子供がいようが、わしには関係ない!」

「……そうなのか」

「そうだ!」


 キクは、少し考えた。


「……なっちゃんは、会いたかったそうだ」

「……何?」

「……ひ孫に」

「…………」

「……源ちゃんは、会えたか」

「…………」


 源蔵は、答えなかった。


「……娘たちに」

「…………」


 しばらく、風が吹いていた。


「……会っておらん」


 源蔵が、ぽつりと言った。


「……そうか」

「もう何年もな」

「……そうなのか」


 なつが、口を開いた。


「でも源ちゃん、娘さんたちの写真、大事にしてるじゃないか」

「な、何の話だ!」

「前にお墓の前で見てたろう? お財布に入ってた小さな写真」

「……見ておったのか」

「可愛い女の子が2人、並んで笑ってたねえ」

「……昔の写真だ」

「ずいぶん小さかったねえ」

「幼稚園の頃だ」

「今も大事なんだねえ」

「……たまたま、持っておるだけだ!」

「そうかい、そうかい!」


 キクは、源蔵を見た。


「……今の写真はないのか」

「…………」

「……娘たちの」

「……ない」

「……そうか」


 源蔵は、墓石の方を向いた。


「……昔は、ずいぶん騒がしかったのだ」

「……そうか」

「上の娘など、わしが新聞を読んでおると、決まって背中によじ登ってきた!」

「背中にかい?」

「そうだ! 人の背中を山か何かだと思っておったのだ!」

「そりゃ大変だったねえ!」

「新聞を広げれば登ってくる! 座り直せばまた登ってくる!」

「……そうか」

「しまいには、落ちるから動くなと言い出す始末だ!」

「ははは! そりゃ新聞も読めないねえ!」

「まったくだ!」


 源蔵は、呆れたように首を振った。


「下の娘は下の娘で、2歳を過ぎた頃から、朝から晩までしゃべっておった!」

「おやまあ!」

「しかも、ボール遊びが好きでな!」

「……ボール?」

「わしが新聞を読んでおると、足元に転がしてくるのだ!」

「……そうか」

「無視しておると、今度は直接ぶつけてくる!」

「ははは! 遊んでほしかったんだねえ!」

「わしは新聞を読んでおったのだ!」

「そうだねえ!」

「上は背中、下は正面! 挟み撃ちだぞ!」

「……大変だな」

「まったくだ!」


 源蔵は、少しだけ笑った。


「まったく、家に帰っても休まる暇がなかった!」

「そうかい、そうかい!」

「夜になれば、今度はわしの布団に2人とも潜り込んでくる!」

「おやおや!」

「しかも、枕元には人形がずらりと並んでおってな!」

「ははは!」

「わしの寝る場所がないではないか!」

「それで、どうしたんだい?」

「人形をどかしたら、上の娘に怒られた!」

「どうしてだい?」

「……人形も一緒に寝るのだそうだ」

「そうかい、そうかい!」


 源蔵は、懐かしそうに目を細めた。


「……毎日、パパ、パパとうるさいくらいだった」


 キクは、静かに聞いていた。


「……楽しそうだな」

「何?」

「……娘たち」

「…………」


 源蔵は、しばらく黙った。


「……まあ、あの頃はな」


 そして、ぽつりと言った。


「……いつからだったか」


 キクは、黙って聞いていた。


「新聞を読んでいても、誰も邪魔をしなくなったのは……」


 源蔵は、しばらく動かなかった。


 やがて、大きく咳払いをした。


「ふん! 年頃の娘とは、そういうものだ!」

「……そうか」

「わしは仕事が忙しかったのだ!」

「おう」

「何不自由ない暮らしをさせてやった!」

「……そうか」

「父親としての責任は果たしたのだ!」

「おう」


 なつが、静かに尋ねた。


「源ちゃん、奥さんは?」

「…………」

「娘さんたちと、仲よくしてたんだろう?」

「……妻は、よくやってくれた」

「そうかい」

「家庭のことは、すべて任せておった」

「……そうか」

「……最期までな」


 源蔵は、仕立てのよい背広の襟を直した。


「……最期?」

「……妻が倒れたとき、わしは仕事をしておった」

「……そうか」

「連絡は来ていた」

「おう」

「……間に合わんかった」


 なつも、何も言わなかった。


「娘たちには、ずいぶん責められたものだ」

「……そうか」

「わしにだって、事情というものがあったのだ!」

「おう」


 源蔵は、それ以上話さなかった。


 しばらくして、突然、胸を張った。


「とにかくだ! わしは仕事に人生を捧げた男なのだ!」

「おう」

「長年の功績を認められて、表彰もされた!」

「……表彰?」

「そうだ! 式典では大勢の人間が拍手をしておった!」

「……そうか」

「実に見事なものだった!」


 なつが、にこにこと笑った。


「源ちゃん、嬉しかったんだねえ!」

「当然だ!」

「よかったねえ!」

「……うむ」


 源蔵は、満足そうにうなずいた。


「それでな、菊!」

「おう」

「わしの話を聞いて、どう思った?」

「……どう?」

「立派な人生だったと思わんか!」

「……そうだな」


 源蔵は、目を輝かせた。


「そうだろう!」

「おう」

「もっと聞きたいか?」

「……おう」

「よし! では、わしが初めて部下を持った頃の話からだ!」


 なつが、ぱっと顔を上げた。


「あら、源ちゃん! あたしも若い頃の話をしてたんだよ!」

「お前の話はもう十分だ!」

「まだ終わってないよ!」

「わしの話が先だ!」

「じゃあ、交代で話そうかねえ!」

「なぜそうなる!」


 2人は、同時にキクを見た。


「キクさん!」

「おい、菊!」


 キクは、静かに揺れた。


「…………おう」


 どうやら、墓地には順番待ちというものはないらしい。





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