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第52話 お盆本番⑥ 通常営業に戻ります



 8月14日。


 花屋のお盆、5日目。


 昨日まで仏花で埋め尽くされていた売場には、ぽつぽつと空きができていた。


 店員が残った仏花を一か所に集める。


 空いた什器が片付けられていく。


「……ようやく普段の売場に戻ってきたな」


 売場から声が聞こえた。


 白い大菊が叫んだ。

「全軍、撤収準備!」

 赤い大菊が続いた。

「愛を届ける準備はできている!」

 黄色い大菊が言った。

「……俺は帰る準備しかしていない」


「……まだやっとるんかい!」


 昨日、縮小された仏花売場。


 その一角に、白い大菊、赤い大菊、黄色い大菊が並んでいた。


「長きにわたる戦いも、ついに終結した!」

「……昨日から終わっている」

「だが、愛に終わりはない!」

「……頼むから終わってくれ」


 そこへ、客がやってきた。


 仏花を一束、手に取る。


「出陣だ!」

「愛を届けるのだ!」

「……やっと休めるのか…」


 客は、その仏花をかごへ入れた。


 店員が会計を済ませる。


 仏花が店の外へ運ばれていった。


「……あの三人、ようやく行ったな」

「おう」



 しばらくして。


 店員が売場の空いた場所を確認した。


 奥から、鉢植えを抱えて戻ってくる。


 ベンジャミンだった。


「……おお、ベンジャミンやないか!」

「ねえ、僕の場所、ちゃんとある?」

「……あるで。今、空いたところや」

「よかった! また取られてたらどうしようかと思った!」

「……鉢植えの場所取り合戦なんかせえへんわ!」

「……僕たち、空のバケツに場所取られたんだけど」

「……そ、それはお盆の間だけや!」


 店員がベンジャミンを元の場所へ置いた。


 続いて、背の高いパキラが運ばれてきた。


「いやー、ようやく戻れたな」

「……パキラもお帰りや!」

「おう。ただいま。俺がいなくて寂しかったろ?」

「……それどころちゃうかったわ!」

「ま、そうだろうな」


 店員がパキラを元の場所へ置いた。


「お、日当たりは変わってないな。やっぱここが落ち着くわ」

「僕のところにもお日さま来る?」

「大丈夫だろ。前と変わってないみたいだな」

「よかった!」

「……あんたら、戻ってきたら日当たりの話ばっかりやな!」

「そりゃそうだろ。あの野外ステージ、日陰だったからな」

「……野外ステージ?」

「うん! 僕たち、外にいたんだよ!」

「屋根付きの鉢物置き場な。観客ゼロの野外ステージだ」

「……それ、ただの置き場やないか!」

「愛さんによれば、店舗敷地内らしいぜ」

「……売場とは言うとらんやろ!」

「ま、販売は可能らしいからな」

「……可能なだけやないか!」

「僕、誰か見に来てくれると思ったのに」

「次は歌でも披露するか。リクエストがあれば歌うぜ」

「……誰にも聞こえへんけどな!」

「俺の美声が聞こえないなんて、世界の損失だな」

「……どんだけ自信あんねん!」

「僕、パキラの歌聞いてみたい!」

「お、いいねえ。何がいい?」

「……そもそも何歌うねん?」

「俺のオリジナル曲、『日陰のスター』」

「……ただ日陰に置かれとっただけやろ!」


 パキラがゴミ箱に声をかけた。


「なあ、ゴミ箱ちゃん。伴奏頼めるか?」


 ♪ テレレレレーン!


「……ちょっと待ち! 今、何も起きとらんやろ!」

「お、やる気は十分だな」

「……ゴミ袋も替えとらんし、穴も開いとらんで!」

「頼めば演奏してくれるんじゃないか?」

「……そんな機能、今まで聞いたことないわ!」


 ベンジャミンが尋ねた。

「ねえ、ゴミ箱ちゃんって名前なの?」

「……そういや、ずっとゴミ箱ちゃんやな」

「じゃあ、僕たちで名前つけてあげようよ!」

「いいねえ。デビューするなら、伴奏者にも名前が必要だ」


 ♪ ジャジャジャジャーン!


「……今度は何も頼んどらんのに鳴ったで!」


「僕、かわいい名前がいいと思う!」

「例えば?」

「ポイちゃん!」

「……ゴミをポイするからかいな!」

「うん! 呼びやすいでしょ?」

「悪くないな。ポイちゃん、どうだ?」


 ♪ テレレレレーン!


「……回復したで」

「喜んでるんじゃないか?」

「……どうやって判断したんや!」

「じゃあ、ポイちゃんで決まり!」

「おめでとう、ポイちゃん!」


 ♪ ジャジャジャジャーン!


「……また運命かい!」

「自分の名前が決まるんだ。運命だろ」

「……それはちょっと納得してもうたわ!」


「よし、ポイちゃん。今度こそオープニング頼むぜ」

「……ちょっと待ち。ほんまに演奏できるんか?」

「さっきも鳴ってただろ」

「……あれはいつもの音や。曲を選べるとは限らんで」

「じゃあ、試してみようぜ」


 パキラが改めてポイちゃんに呼びかけた。


「ポイちゃん、開幕だ!」


 しばらく、何も起こらなかった。


「……ほら、やっぱり無理やろ」


 そのとき。


 ♪ レードーレーミーソーミーレー


「……君が代やないか! そんな持ち曲まであったんかい!」

「よし、ベンジャミン。売場返還式を始めるぞ」

「返還式?」

「五日間、バケツに占領されていた売場が、ついに俺たちの手に戻った」

「……いつからバケツと戦争しとったんや!」


 ♪ ミーソーラーソーラー


「僕たち、勝ったの?」

「長く苦しい戦いだった」

「……あんたら、日陰で休んどっただけやろ!」

「敵は強大だった。数十個のバケツが売場を占領していたんだ」

「僕、怖かった!」

「……あんた、バケツの何が怖かったんや!」


 ♪ レーシーラーソー


「ここで戦友を紹介しよう。ベンジャミン!」

「はい!」

「よくぞ五日間、耐え抜いた!」

「ありがとう!」

「……何に耐えたんや! 日陰か!」


 ♪ ミーソーラー


「続いて、最大の功労者を紹介しよう」

「誰?」

「バケツだ」

「……さっきまで敵やったやろ!」

「五日間、売場を守り抜いた」

「僕たちの場所を?」

「そうだ」

「……敵を表彰するんかい!」


 ♪ レードーレー


「しかし、バケツにも事情があったんだろう」

「……事情?」

「お盆は仏花が主役だからな」

「……まあ、そこは間違っとらんな」

「つまり、俺たちは主役の座を譲っていたわけだ」

「僕たち、偉かったんだね!」

「……なんか話がきれいにまとまってもうたな!」


 ♪ ミーソーラーソーミーソーレー


「では、バケツに感謝を込めて」

「ありがとう、バケツさん!」

「鏡、感謝状の代読を頼む」

「……なんで俺が読むねん!」

「ほら、もう時間がないぞ」

「……何の時間や!」


 ♪ ラードーレー


「感謝状。あなたはお盆期間中、売場の維持に尽力し……って、なんで俺が読んどるねん!」

「上手だぞ、鏡」

「僕も聞いてるよ!」

「……あんたらが読ませたんやろ!」


 ♪ ドーレーラーソー


「さて、来月はお彼岸だな」

「僕たち、また外に行くの?」

「第二回売場返還式の準備が必要だ」

「……お盆ほど忙しないし、さすがに出されへんやろ!」


 ♪ ラーソーミーレー


「どうだろうな」

「僕、次も表彰されたい!」

「じゃあ、今度は鏡に司会を頼もう」

「……今回も司会なんかやっとらんわ!」

「そうだったな。感謝状を読んだだけか」

「……それもあんたが頼んだんやろ!」


 ポイちゃんの演奏が終わった。


「よし、次は俺の『日陰のスター』だな!」

「僕、聞きたい!」

「……まだ歌う気やったんかい!」


 店内には、いつもの賑やかさが戻っていた。



     * * *



 作業台には、キクが残っていた。


 通常価格で売られた。


 売れなかった。


 お買い得品になった。


 それでも売れなかった。


 半額になった。


 やはり売れなかった。


「開花の進行により、通常価格での販売が困難と判断されました」


 愛さんの声が響いた。


「おう」

「その後、お買い得品および半額販売を実施しましたが、購入には至りませんでした」

「おう」

「本日、墓花として使用されます」

「おう」

「なお、廃棄予定ではありません」

「……ほかに言い方はないのか」


 店員が、残った花材を整理していた。


 昨日までとは違い、大量の仏花を次々と作る必要はない。


 店員が花材を選ぶ。


 キクを手に取った。


 ざくっ。


 茎が切られた。


 葉を整理する。


 ほかの花と組み合わせる。


 店員が墓花を束ねた。


 包装紙を巻く。


 仕上がった墓花が、会計台の近くへ置かれた。


 ベンジャミンが言った。

「あれ? キク、どこか行くの?」

「おう」

「どこに行くの?」

「墓だ」

「そっか……僕、帰ってきたばっかりなのに」


 パキラが言った。

「入れ違いか。ま、そういうこともあるさ」

「おう」


 鏡が言った。

「……あんた、ずいぶんあっさりしとるな」

「花屋にいる以上、いつかは出る」

「……まあ、それはそうやな」


 客が墓花を買いに来た。


 店員が会計を済ませる。


 墓花が持ち上げられた。


「キク! 元気でね!」

「おう、達者でな」

「……ほな、元気でな」

「おう」


 墓花が店の外へ運ばれていく。


 キクの声は、もう聞こえなかった。


「……行ってもうたな」

「……なんか寂しいね」

「ま、そういう仕事だからな」

「……せやな」


 店員が、空いた作業台を片付け始めた。


 ハサミが元の場所に戻される。


 床に落ちた葉が掃き集められる。


 仏花で埋まっていた売場には、いつもの鉢植えが並んでいた。


「ねえ、明日もここにいられる?」

「さあな。また何か始まるかもしれないぜ」

「ええっ! また引っ越し?」

「……しばらくは通常営業や!」


 ♪ ジャジャジャジャーン!


「……なんでそこで運命が鳴るねん!」

「どうやら、そう簡単にはいかないらしいな」

「……不吉な予告すな!」



     * * *



 そのころ。


 店を出た墓花は、車に載せられていた。


 キクは包装紙に包まれたまま、揺られていた。


 しばらくして、車が止まった。


 ドアが開く。


 墓花が持ち上げられた。


 外には、墓石が並んでいた。


「……着いたか」


 墓花が墓前へ運ばれる。


 古い花が取り除かれ、花立てに水が注がれた。


 キクたちが生けられる。


 風が吹いた。


 キクの花びらが、わずかに揺れた。


「……ここが次の持ち場か」


 目の前には、墓石が並んでいた。


 花屋にいた頃は、朝から晩まで騒がしかった。


 鏡のツッコミ。


 ベンジャミンの元気な声。


 パキラの軽口。


 売場からは、いつも誰かの声が聞こえていた。


 静かにしてほしいと思ったことも、一度や二度ではない。


 だが、ここには何もなかった。


 ハサミの音も。


 レジの音も。


 店員が花を束ねる気配も。


 聞こえてくるのは、遠くの鳥の声と、風の音だけだった。


 さわさわと、風が草を揺らしていた。


「……静かだな」


 返事はなかった。


 キクは、しばらく待った。


 いつもなら、誰かが何かを言ってくる。


 だが、何も聞こえない。


 花屋では、黙っていても誰かが話しかけてきた。


 ここでは、自分が黙れば、それきりだった。


 遠くで、鳥が鳴いた。


 風が、花びらを揺らした。


 キクは、もう一度だけ声を出した。


「……まあ、悪くない」


 その言葉にも、返事はなかった。


 不意に強い風が吹き、キクの花びらが大きく揺れた。


 風が、墓地を静かに通り抜けた。





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