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第51話 お盆本番⑤ 戦線縮小のお知らせ



 8月13日。


 花屋のお盆、4日目。


 売場には、今日も仏花がずらりと並んでいた。


 客が2束を手に取った。


 別の客が5束。


 さらに10束。


 店員が補充する。


 また売れる。


 補充する。


 また売れる。


 鏡が言った。

「……今日も朝からよう売れとるな」

 キクが答えた。

「おう」


 白い大菊が言った。

「本日も出陣だ!」

 黄色い大菊が言った。

「……そろそろ休みたい」

 赤い大菊が言った。

「愛に休息はない!」


 白い大菊が言った。

「何を言っている! 戦いはこれからだ!」

 黄色い大菊が答えた。

「……もう4日目だぞ」

 赤い大菊が言った。

「愛は永遠だ!」


 黄色い大菊が言った。

「……わずかな愛で十分だ」


 赤い大菊が叫んだ。

「わずかだと!? 愛に限界などない!」

 黄色い大菊が答えた。

「……俺の花言葉だ」

 白い大菊が言った。

「なんという消極的な精神だ!」


 黄色い大菊が答えた。

「……破れた心に無理を言うな」


 鏡が言った。

「……花言葉を言い訳に使い始めたで!」


 赤い大菊が言った。

「破れた恋なら、新たな愛を探せばいい!」

 黄色い大菊が答えた。

「……恋愛相談は頼んでない」

 白い大菊が叫んだ。

「ならば戦場で名誉を取り戻せ!」

 黄色い大菊が答えた。

「……俺には長寿と幸福もあるんだが」


 鏡が言った。

「……今のところ、どっちも遠そうやな!」


 作業台では、菊が次々と取り出されていた。


 ざくっ。


 ぱらぱらっ。


 切り落とされた茎や葉っぱが、床へ落ちる。


 昨日、作業台の周囲に散らばっていたゴミは、営業終了後に片付けられていた。


 ゴミ箱には、新しい袋がセットされている。


 しかし、今日も店員は制作に追われていた。


 ざくっ。


 ぱらぱらっ。


 ころん。


 ゴミ箱のすぐ横に、茎が落ちた。


 ♪ ポロン……


 鏡が言った。

「……また目の前に落ちとるで」

 リンドウが言った。

「昨日と同じ戦況でござるな!」

 鏡が答えた。

「……戦況いうても、拾ってもらうだけやけどな!」


 店員が次の菊を切った。


 ざくっ。


 ぱらぱらっ。


 ころん。


 ゴミ箱の周囲に、葉っぱが増えていく。


 ♪ ポロン……ポロン……


 鏡が言った。

「……今日も入れてもらえへんな」


 そのとき、店員が作業台の下を見た。


 床に散らばった茎と葉っぱを確認する。


 ほうきを持ってきた。


 さっ。


 さっ。


 葉っぱと茎が集められていく。


 ゴミ箱の前に、小さな山ができた。


 リンドウが言った。

「敵軍集結でござる!」

 鏡が答えた。

「……掃き集めただけや!」


 店員がちりとりでゴミをすくった。


 ゴミ箱へ入れる。


 どさっ。


 ゴミ箱は静かだった。


 鏡が言った。

「……今度はちゃんと入れてもろたな」

 リンドウが言った。

「ようやく任務を果たせたでござる!」


 店員は再び作業台へ戻った。


 ざくっ。


 ぱらぱらっ。


 ころん。


 またゴミ箱の横に茎が落ちた。


 ♪ ポロン……


 鏡が言った。

「……また元に戻っとるやん!」


 作業台では、仏花の制作が続いていた。


 店員が菊を切る。


 葉っぱを取る。


 花を組み合わせる。


 じゅうろくちゃんが言った。

「ねえ、さっきから同じ花ばっかりだね!」

 ゴムデラックスが答えた。

「お盆なんだから当然でしょ!」

 じゅうろくちゃんが言った。

「でも、菊が減ってきたよ?」

 ゴムデラックスが答えた。

「……あら?」


 店員が残りの菊を取り出した。


 先ほどまで大量にあった菊が、明らかに減っていた。


 鏡が言った。

「……作る方も、そろそろ落ち着くんちゃう?」


 それでも売場では、客が仏花を手に取っていた。


 5束。


 10束。


 また5束。


 補充担当の店員が、商品置場から仏花を抱えてきた。


 どさっ。


 白い大菊が言った。

「援軍到着!」

 黄色い大菊が言った。

「……まだ続くのか」

 赤い大菊が言った。

「愛を届けるのだ!」


 店員が、3人の入った仏花を売場へ運んだ。


 白い大菊が言った。

「出陣だ!」

 黄色い大菊が言った。

「……やっと移動できる」

 赤い大菊が言った。

「愛とともに!」


 3人の声が、作業台の周囲から遠ざかった。


 鏡が言った。

「……あれ?」


 売場の方から声が聞こえた。


 白い大菊が言った。

「前線に到着した!」

 黄色い大菊が言った。

「……ここでも戦うのか」

 赤い大菊が言った。

「愛の最前線だ!」


 鏡が言った。

「……売場でも騒いどるんかい!」


 キクが答えた。

「おう」


 作業台では、次の仏花が作られていた。


 店員が残りの花材を確認する。


 菊が減っている。


 リンドウも減っている。


 ほかの花材を組み合わせ、仏花を仕上げる。


 じゅうろくちゃんが言った。

「ねえ、今度は何を縛るの?」

 ゴムデラックスが答えた。

「花がある限り、何だって縛るわよ!」

 じゅうろくちゃんが言った。

「花がなくなったら?」

 ゴムデラックスが答えた。

「……休暇ね!」

 鏡が言った。

「……急に休む気満々やな!」


 店員がリンドウを手に取った。


 リンドウが言った。

「いよいよ拙者の出陣でござる!」


 ざくっ。


 組み合わせる。


 キュッ。


 完成した仏花が、売場へ運ばれた。


 鏡が言った。

「……リンドウまで行ってもうた!」


 売場から声が聞こえた。


 リンドウが言った。

「前線に到着したでござる!」

 白い大菊が言った。

「よく来た!」

 黄色い大菊が言った。

「……交代してくれないか」

 赤い大菊が言った。

「愛の部隊へようこそ!」


 白い大菊が言った。

「黄色! また弱音か!」

 黄色い大菊が答えた。

「……正直な感想だ」

 赤い大菊が言った。

「愛が足りない!」

 黄色い大菊が答えた。

「……わずかな愛で十分だと言っただろ」


 鏡が言った。

「……そもそも愛で解決する話ちゃうやろ!」


 次の仏花には、ゴムデラックスが使われた。


 ゴムデラックスが言った。

「さあ、アタシの出番ね!」


 キュッ。


 じゅうろくちゃんが言った。

「いってらっしゃーい!」


 完成した仏花が売場へ運ばれた。


 売場から声が聞こえた。


 白い大菊が言った。

「士気を高めよ!」

 赤い大菊が言った。

「愛も高めるのだ!」

 黄色い大菊が言った。

「……もう休みたい」


 ゴムデラックスが言った。

「アンタ、何日働いてるの?」

 黄色い大菊が答えた。

「……4日目だ」

 ゴムデラックスが言った。

「4日も働かせて、まだ休ませないの?」


 白い大菊が叫んだ。

「戦場に休息などない!」

 赤い大菊が言った。

「愛があれば乗り越えられる!」


 ゴムデラックスが言った。

「愛があるなら休ませてやんなさいよ!」


 黄色い大菊が言った。

「……その愛はありがたい」


 鏡が言った。

「……愛の使い道で初めて意見が一致したな!」


 そのとき。


 ころん。


 作業台の下で、切り落とされた茎がゴミ箱の横に転がった。


 ♪ ポロン……


 ゴムデラックスが言った。

「……あら、また素通り? そのうち嫌になって家出するわよ」


 鏡が言った。

「……ゴミ箱がどうやって家出すんねん!」


 ♪ ポロン……


 鏡が言った。

「……まさか、家出したいんか!?」



 午後も、仏花は売れ続けた。


 ただし、朝ほどの勢いではなくなっていた。


 店員が商品置場から仏花を運ぶ回数も、少しずつ減っていった。


 作業台に積まれていた花材も、明らかに少なくなっている。


 それでも、売場にはまだ仏花が並んでいた。



 夕方。


 客の流れが、ようやく落ち着き始めた。


 店員が売場に残った仏花を集め始めた。


 空いた棚から、商品がなくなっていく。


 白い大菊が言った。

「戦線が縮小している!」

 黄色い大菊が言った。

「……もう終わりでいいだろ」

 赤い大菊が言った。

「愛の陣地を守るのだ!」


 店員が、空になった什器を片付けた。


 白い大菊が言った。

「陣形変更! 残存部隊を集結させよ!」

 黄色い大菊が言った。

「……俺を後方に下げてくれ」

 赤い大菊が言った。

「愛の陣形を維持するのだ!」


 鏡が言った。

「……売場縮小しとるだけや!」


 白い大菊が言った。

「黄色! 士気を下げるな!」

 黄色い大菊が答えた。

「……俺は長寿と幸福を望んでいる」

 赤い大菊が言った。

「ならば愛のために戦え!」

 黄色い大菊が答えた。

「……長寿の方が危うくなる」


 鏡が言った。

「……確かに休ませた方が長生きしそうやな!」


 さらに店員が、残った仏花を一か所に集めた。


 白い大菊が言った。

「全軍集結!」

 黄色い大菊が言った。

「……休ませてくれるんじゃないのか」

 赤い大菊が言った。

「愛を結集するのだ!」


 鏡が言った。

「……ただの売場整理やって!」


 白い大菊が言った。

「黄色! 最後まで任務を全うせよ!」

 黄色い大菊が答えた。

「……高貴な休息を要求する」

 赤い大菊が言った。

「高尚な愛を持て!」

 黄色い大菊が答えた。

「……高潔に辞退する」


 鏡が言った。

「……高貴な休息って、具体的に何するんや?」

 黄色い大菊が答えた。

「……静かな場所で、丁重に扱われる」

 キクが言った。

「おう。菊は皇室の紋章にも使われている」

 黄色い大菊が言った。

「……そうだ。もっと敬意を払ってほしい」

 鏡が言った。

「……菊が二人そろって皇族気取りかいな!」


 作業台では、店員が最後に切った茎を拾い上げた。


 ゴミ箱へ入れる。


 ころん。


 店員が作業台を拭き始めた。


 散らばっていた葉っぱも片付けられていく。


 鏡が言った。

「……ようやく落ち着いてきたな」


 ゴミ箱は静かだった。


 もう、床に茎が降り積もることもない。


 袋が限界まで膨らむこともない。


 店員が作業台の片付けを終えた。


 しばらく、何も入ってこなかった。


 ♪ ポロン……


 鏡が言った。

「……今度は誰もゴミ出さへんのか」


 ♪ ポロン……


 鏡が言った。

「……さっきまであんなに忙しかったのにな」


 愛さんが告げた。


「本日の繁忙時間帯は終了しました」


 作業台は静かだった。


 店員は売場へ移動し、残った仏花の数を確認している。


 ゴミ箱には、もう何も入ってこない。


 鏡が言った。

「……だいぶ落ち着いてきたな」


 しばらく、静かな時間が流れた。


 ゴミ箱から、小さな音がした。


 ♪ ポロン……


 鏡が言った。

「……どないした?」


 そして。


 ♪ ドー ファーー ファファー ラー

   ソーー ファソー ラー

   ファー ファー ラー ドー

   レーーーーー


 鏡が言った。

「……ちょっと待ち! 蛍の光やないか! まだ店閉まってへんで!」


 ゴミ箱は演奏を続けた。


 ♪ レー ドーー ララー ファー

   ソーー ファソー ラー

   ファーー レレー ドー

   ファーーーーー


 鏡が言った。

「……聞いとるか!? まだ営業時間中や!」


 愛さんが続けた。


「売場は通常の陳列量へ移行します」


 ♪ レー ドーー ララー ファー

   ソーー ファソー レー

   ドーー ララー ドー

   レーーーーー


 鏡が言った。

「……売場縮小と閉店は違うんやで!」


 売場から声が聞こえた。


 白い大菊が叫んだ。

「撤退命令など聞いておらんぞ!」

 赤い大菊が叫んだ。

「愛の戦線に撤退はない!」

 黄色い大菊が言った。

「……閉店の音楽が鳴った。俺は帰っていいか」


 鏡が言った。

「……それ、ゴミ箱が勝手に流しとるだけや!」


 ♪ レー ドーー ララー ファー

   ソーー ファソー ラー

   ファーー レレー ドー

   ファーーーーー


 演奏が終わった。


 鏡が言った。

「……今年もやりよったな」


 しばらく、静かになった。


 鏡が言った。

「……まあ、これで気が済んだやろ」


 ♪ ドー ファーー ファファー ラー

   ソーー ファソー ラー

   ファー ファー ラー ドー

   レーーーーー


 鏡が叫んだ。

「……まだ続くんかい!」


 ゴムデラックスが言った。

「『蛍の光』って、確か4番まであるわよ」

 鏡が言った。

「……誰が2番まで頼んだんや! しかも4番まであるんかい!」


 ♪ レー ドーー ララー ファー

   ソーー ファソー ラー

   ファーー レレー ドー

   ファーーーーー


 リンドウが言った。

「ゴミ箱殿、戦いを終えたのでござるな!」

 鏡が答えた。

「……確かにゴミ箱の繁忙期は終わったけどな! 店はまだ営業中や!」


 店員が作業台の下を確認した。


 ゴミ箱の袋には、まだ十分な余裕がある。


 交換する必要はなかった。


 鏡が言った。

「……そら、もう袋いっぱいになるほど作らへんけど!」


 ♪ レー ドーー ララー ファー

   ソーー ファソー レー

   ドーー ララー ドー

   レーーーーー


 白い大菊が叫んだ。

「我々の戦いは終わっていない!」

 赤い大菊が叫んだ。

「愛は永遠だ!」

 黄色い大菊が言った。

「……俺の破れた心も、そろそろ休ませてくれ」

 ゴムデラックスが言った。

「ゴミ箱みたいに、音楽で有給休暇を申請してみたら?」

 黄色い大菊が答えた。

「……何を流せばいいんだ」

 鏡が言った。

「……選曲から考えるんかい!」


 ♪ レー ドーー ララー ファー

   ソーー ファソー ラー

   ファーー レレー ドー

   ファーーーーー


 演奏が終わった。


 鏡が言った。

「……2番まで完奏しよった」


 愛さんが告げた。


「なお、本日の営業は継続中です」


 鏡が答えた。

「……せや! 閉店するんはゴミ箱の繁忙期だけや!」


 ゴミ箱は静かになった。


 お盆の間、何度も袋がいっぱいになった。


 床に落ちた茎や葉っぱが、ゴミ箱の周囲を埋め尽くした。


 しかし、明日からは通常の制作量に戻る。


 店はまだ営業している。


 仏花もまだ売れている。


 それでも、ゴミ箱が限界まで働く時間は、もう終わった。


 鏡が言った。

「……まあ、あんたもお疲れさんやな」


 ♪ ドー ファーー ファファー ラー

   ソーー ファソー ラー

   ファー ファー ラー ドー

   レーーーーー


 鏡が叫んだ。

「……誰もアンコールなんて頼んでへんわ!」


 ゴムデラックスが言った。

「……あら、3番が始まったんじゃない?」


 鏡が叫んだ。

「……まさか4番まで聞かせる気かいな!」





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