第46話 お盆前哨戦⑤ 配属希望調査を実施します
菊1,800本の人物評価が終わった。
鏡が言った。
「……これで終わりやな」
キクが答えた。
「まだ希望を聞いていない」
「……さっき面接終わったやろ」
「おう」
「全員合格にしたやろ」
「おう」
「もう終わりや」
「配属希望調査だ」
「…………」
白い大菊が言った。
「俺は真実を伝えたい」
黄色い大菊が言った。
「俺は失恋した者に寄り添いたい」
赤い大菊が言った。
「俺は愛を伝えたい」
小菊が言った。
「俺は元気を届けたい!」
スプレー菊が言った。
「俺は気持ちを探りたい‼」
「…………」
鏡が言った。
「……最後のやつ、何の仕事希望しとんねん」
キクが答えた。
「適性だ」
「適性って便利な言葉やな!」
お盆の繁忙期を前に、普段は出番の少ない輪ゴム#260も作業台にたっぷりと出されていた。
ゴムデラックスだった。
「ちょっと待ちなさいよ」
鏡が言った。
「……ゴムコ、何で参加しとるん?」
「人生相談よ」
「花生相談やろ」
「細かいわね!」
リンドウが言った。
「皆、志が高いでござる」
「志が高いだけじゃ食べていけないのよ」
鏡が言った。
「……花は食べていかへんけどな」
「だから細かいって言ってるでしょ!」
ゴムデラックスは、白い大菊に声をかけた。
「あなた、何がしたいの?」
「俺は真実を伝えたい」
「いいじゃない。具体的には?」
「本当のことを伝える」
「例えば?」
「花はいつか枯れる」
「…………」
ゴムデラックスが言った。
「……あなたね、正しいことを言えばいいってもんじゃないのよ」
「真実だ」
「真実にも言い方ってものがあるでしょ!」
鏡が言った。
「……贈り物に添えたらあかんやつや!」
黄色い大菊が言った。
「俺は破れた恋を慰める」
ゴムデラックスが向き直った。
「失恋した人に寄り添いたいのね」
「おう」
「いいじゃない。優しいのね」
「おう」
「で、あなた自身は失恋したことあるの?」
「ない」
「……ないのね」
「おう」
「でもね、同じ経験をしていなきゃ、人を慰められないわけじゃないのよ」
「おう」
「大事なのは、相手の気持ちを考えることなの」
「おう」
ゴムデラックスが言った。
「失恋したことないけどね、この子」
鏡が言った。
「……最後にそれ言う必要あったん?」
赤い大菊が言った。
「俺は愛を伝える」
ゴムデラックスが答えた。
「愛ね。いいじゃない」
「あなたを愛しています」
「……アタシに?」
「おう」
「初対面よね?」
「結婚してください」
「…………」
ゴムデラックスが言った。
「……あなた、ちょっと距離感おかしくない?」
「俺の愛に問題があるのか」
「愛じゃなくて順序の問題よ!」
鏡が言った。
「……さっきの面接でも同じこと言うとったな」
小菊が言った。
「俺は元気を届ける!」
ゴムデラックスが答えた。
「元気なのはいいことよ」
「どこへでも行く!」
「でも、あなた歩けないでしょ?」
「おう!」
「……そこは元気よく返事するところじゃないのよ」
スプレー菊が言った。
「俺は相手の気持ちを確かめたい‼」
ゴムデラックスが聞いた。
「何で?」
「本当に俺を必要としているか知りたい‼」
「……なるほどね」
「採用理由が知りたい‼」
「…………」
ゴムデラックスが言った。
「あなた、相手の気持ちを探る前に、自分の不安と向き合いなさいよ」
「俺は不安なのか‼」
「それをアタシに聞かないで!」
鏡が言った。
「……人生相談、意外と大変そうやな」
ゴムデラックスが答えた。
「人の話を聞くって、そういうことよ」
「花やけどな」
「もう黙ってなさい!」
リンドウが言った。
「しかし、希望を持つことは悪いことではござらん」
「そうよ。希望は大事なのよ」
ゴムデラックスは菊たちを見渡した。
「ただね、希望と現実は別なの」
白い大菊が言った。
「俺は真実を伝えたい」
黄色い大菊が言った。
「俺は失恋した者に寄り添いたい」
赤い大菊が言った。
「俺は愛を伝えたい」
小菊が言った。
「俺は元気を届けたい!」
スプレー菊が言った。
「俺は気持ちを探りたい‼」
ゴムデラックスが言った。
「みんな立派じゃない。でもね、まず現実を確認しましょう」
鏡が聞いた。
「……何を?」
ゴムデラックスが言った。
「愛さん、この子たち、何のために仕入れたの?」
愛さんが答えた。
「お盆の仏花用です」
「…………」
白い大菊が言った。
「真実を伝えるためではないのか」
黄色い大菊が言った。
「失恋した者に寄り添うためではないのか」
赤い大菊が言った。
「愛を伝えるためではないのか」
小菊が言った。
「元気を届けるためではないのか!」
スプレー菊が言った。
「気持ちを探るためではないのか‼」
愛さんが答えた。
「お盆の仏花用です」
「…………」
鏡が言った。
「……配属先、決まっとるやん」
キクが答えた。
「おう」
「お前は知っとったん?」
「おう」
「何で言わへんかった!」
「聞かれなかった」
「…………」
ゴムデラックスが言った。
「でもね、配属先が希望どおりじゃなくても、それで全部終わりってわけじゃないのよ」
鏡が聞いた。
「……どういうことや?」
「同じ仏花でも、組み合わせは違うでしょ。誰と一緒になるかで、仕事の意味も変わるのよ」
リンドウが言った。
「まこと、縁とは不思議なものでござる」
鏡が言った。
「……急にええ話になってきたな」
キクが答えた。
「おう」
ゴムデラックスが言った。
「それに、希望を聞いてもらえたからって、全部叶うわけじゃないの」
白い大菊が言った。
「俺の希望は通るのか」
「知らないわよ!」
黄色い大菊が言った。
「俺の希望は?」
「知らないって!」
赤い大菊が言った。
「俺の愛は?」
「それはさっき断ったでしょ!」
小菊が言った。
「俺の元気は!」
「元気なのは分かったわよ!」
スプレー菊が言った。
「俺の気持ちは‼」
「だから自分で考えなさいって!」
鏡が言った。
「……相談員、もう限界やん」
ゴムデラックスが答えた。
「1,800人も相手にできるわけないでしょ!」
愛さんが告げた。
「配属は商品の用途に応じて決定します」
鏡が言った。
「ほら、愛さんが決めるんや」
「私は決定していません」
「……え?」
「仕入れ目的に基づき、店員が制作します」
「……ほな、誰が人事担当なん?」
「人事担当者は存在しません」
「…………」
鏡が言った。
「……俺、何してたん?」
キクが答えた。
「希望調査だ」
「…………」
ゴムデラックスが言った。
「アタシは人生相談よ」
「誰にも頼まれてへんやろ!」
「相談ってそういうもんでしょ!」
作業台では、仏花の制作が始まっていた。
店員が白い大菊を取り出す。
「俺は真実だ」
黄色い小菊が加えられる。
「俺は純情だ!」
赤いスプレー菊も加えられた。
「俺は愛だ‼」
3本が、同じ仏花に収まった。
鏡が言った。
「……真実と純情と愛か」
キクが答えた。
「おう」
鏡が言った。
「なんや、少女漫画の主人公みたいやな」
ゴムデラックスが言った。
「純情だけで愛が続くと思ったら大間違いよ。最後に残るのは真実なの」
「……急に最終回になったな」
別の仏花が作られた。
赤い大菊。
黄色い小菊。
白いスプレー菊。
「あなたを愛しています」
「破れた恋だ!」
「清らかな愛だ‼」
「…………」
鏡が言った。
「……告白した瞬間、失恋しとるやん」
ゴムデラックスが言った。
「清らかな愛があるなら、身を引くのも愛なのよ」
「……三角関係なん?」
「三角関係にするから面倒なのよ!」
「……花は3本やけどな」
キクが答えた。
「おう」
リンドウが言った。
「愛の形は一つではござらん」
ゴムデラックスが答えた。
「そうよ。相手がどう思うかも大事なのよ」
鏡が言った。
「……アンタら、意外と話合うんやな」
店員が、完成した仏花を売場へ運んでいく。
鏡が言った。
「……なあ、キク」
「なんだ」
「結局、希望どおりの仕事やなくても、誰かのためにはなっとるんやな」
「おう」
白い大菊が言った。
「真実は変わらない」
黄色い小菊が言った。
「純情も変わらない!」
赤いスプレー菊が言った。
「愛も変わらない‼」
ゴムデラックスが言った。
「そういうことよ。配属先が人生のすべてじゃないの」
鏡が言った。
「……花生やけどな」
「最後まで細かいわね!」
少し静かになった。
そこへ、愛さんが告げた。
「明日も菊の入荷予定があります」
「…………」
鏡が聞いた。
「……何本?」
「500本です」
「…………」
キクが言った。
「新入りだな」
鏡が言った。
「……まさか、また希望調査する気ちゃうやろな」
白い大菊が言った。
「新人にも公平な評価を」
小菊が言った。
「希望を聞くべきだ!」
スプレー菊が言った。
「本人の意思を尊重しろ‼」
「…………」
ゴムデラックスが言った。
「ちょっと待ちなさいよ。明日も500人の人生相談するの?」
鏡が答えた。
「……希望者はおるみたいやで」
「…………」
ゴムデラックスが言った。
「……アタシ、有給休暇いただくわ」
愛さんが答えた。
「輪ゴムに有給休暇制度はありません」
「……労働環境どうなってんのよ!」
鏡が言った。
「……もう、人事部ごと閉店したい」
愛さんが答えた。
「人事部は存在しません」
「知っとるわ!」
菊1,800本の希望調査が終了した。
希望はさまざまだった。
配属先は、すでに決まっていた。
なお、翌日入荷する500本についても、希望調査の実施を求める声が上がっていた。
相談員のゴムデラックスは、有給休暇を申請した。
申請先は存在しなかった。




